※ 追跡 ※
「ポップ君ね〜、犯人は!」
近習達の報告を聞きながら、レオナは押し殺した声でつぶやいた。
まだまだ近習達の報告は続いている。
「魔道士の塔でも問題は深刻だそうです。魔道士ギルドの長でもあるポップ様が消息不明、という事になりますと、決済を仰がねばならない様々な問題や、進行中のプロジェクト等が滞ります。応急処置として、三賢者のアポロ様が臨時にギルド長代理を努めておりますが、やはり、大魔道士であるポップ様でないと……」
「ポップ様の強大な魔法力があってこそ、睨みが効いている部分もございますし」
「この上はどのような手段を用いてでも、ダイ様とポップ様にお戻りになって頂かなければ……」
王宮では、パプニカの重鎮達が集められ、緊急会議が開かれていた。
議題はもちろん、『勇者様&大魔道士様失踪について』である。
ダイ付きの側仕えがいつものように朝、ダイを起こす為に部屋のドアをノックした所、返事がない。いつもなら既に起きていて、明るく挨拶を返して下さるのに……と不審に思った側仕えは、不敬と思いつつもドアを開けて部屋に入った。
ダイはいなかった。寝台には使った痕跡もない。
側仕えはすぐさまダイの侍従長に報告した。事態を重く見た侍従長はレオナのもとに注進に及んだ。
レオナはすぐに変わったことがないか調べさせた。
普段であればまずレオナの耳に入ることのない、貯蔵庫の食料が減っていることや、手持ちのドレスが数枚紛失していることなども報告させた。その他に、魔道士の塔でも似たような騒ぎが持ち上がっていると聞き、レオナは推理するまでもなくダイとポップが共謀して出て行ったことを突き止めた。
「……マリン! ルーラの出来る者は、今、魔道士の塔に何人いるの!?」
レオナはアポロの代わりに魔道士の塔を代表して出席していたマリンに聞いた。
「それが……魔道士の塔に集まっているのは主にパプニカの者なので、他の国に行ったことのある者が少なく……皆、知識はあるのですが、回復呪文や解毒呪文などは得意なのですが、記憶を頼りに移動する瞬間移動呪文、ルーラとなると……」
申し訳なさそうにマリンは答えた。
実は、魔道士の塔はその名前に反してそれほど魔法使いが所属しているわけではない。
いわば大学や大学院のようなものだ。魔法を学びたい者には相応のコースがあるが、それ以外は普通に勉学を学ぶための機関として、パプニカ中から才能のある若者が集まってくる。次代の官僚を育てるための、政治的配慮も多分にある。
他に古代文字の解明や今に伝わる魔法のアイテムの管理、といった純粋に学者を目指す青年達もいる。魔道士の塔はただの魔法使い育成学校ではないのだ。
「そうね……せっかく見つけても、またルーラを使われたら同じだわ。あいつらはほとんどの国に行ったことがあるから、こっちも同等の者を送りこまないと意味が無いし。いいわ、今すぐ塔から優秀な者を選んで、気球で出発させなさい。ええと……どこから行けば効率がいいかしら? マァム」
マァムもまた、勇者パーティの中で大戦後はパプニカに残った一人だった。
今は武神流拳法の道場を開いているが、今日は危急ということで呼び出されて来ていた。
「ベンガーナね」
マァムは即答した。
「レオナのドレスを盗み出したのは売って、お金に替える為だわ。以前、そうやってダイの装備を揃えたんでしょ? きっと同じように、ベンガーナのデパートで売ったのよ。そこからはデルムリン島かランカークスか、それともテランか……いずれにせよルーラが使えるから、距離の近い遠いは関係ないわ」
マァムの発言を容れて、各国を回る使者団が結成された。
他に、細かい取り決めをして、会議は解散した。
「大丈夫……レオナ?」
深く椅子に腰かけたまま動こうとしないレオナにマァムは声をかけた。
「……マァム。うん、ちょっとショックね……ダイ君が、私に黙っていなくなるなんて思わなかったから」
レオナは憔悴して見える顔を上げ、無理に笑みを浮かべてみせた。
「やっぱり、今の生活が嫌だったのかしら? それはまあ私も、ダイ君が余り笑わなくなってきたことには気づいていたんだけど……」
「そんなこと、ダイに聞いてみなくちゃわからないじゃない。一体、ダイとポップのどちらが城を抜け出そうと言ったのか、それさえ私達にはわからないんだもの。でも……実権を握っているのはポップの方ね、間違いなく。貯蔵庫から食料を調達したりドレスを持っていったり、こんな用意周到、と言えば聞こえはいいけど、セコい真似はダイには出来ないわ」
「どちらが先に言い出したのか、そんなことはどうでもいいの、マァム」
レオナはいつになくしんみりした口調で言って、爪を噛んだ。
「重要なのは、『二人で』抜け出した……ってことなのよ。私には言えないことでも、ポップ君になら打ち明けられるんだわ、ダイ君は。……私、イヤなの。ポップ君がダイ君の側にいるのが、嫌なの。我儘だとはわかっているけど──どうすればいいのかしら。私、今、ものすごく下世話な不安で一杯なの……」
※
一緒に旅をしていると、これだけ長く……でもないが、濃い付き合いを続けていても、新しい発見があるものだ。
「ダぁイっ、タオル取ってくれよ」
寝ぼけまなこでシャツとズボンだけのラフな格好でポップが叫ぶ。
「はいはい」
ダイは素直にタオルを投げてやった。いつものことだ。
昨日は宿屋に泊まったので、ポップもリラックスしているようだ。実はポップは、おちゃらけた性格に似合わず服装はきちんとしていて、野宿の場合はいつでも起きられるように着込んでいるので、ポップのこうした服装は実は珍しい。ダイはつい、まじまじと見てしまうのを止められなかった。
あれから十日程経っている。もうここはリンガイアだ。
これから二人はノヴァの父親、バウスン将軍を訪ねる所……なのだが、ポップにはまだその気は無いようだった。どうもこの部屋にニ、三日陣取って、リンガイア観光をするハラらしい。
>>>2003/11/12up