薫紫亭別館


back ダイtop next



「親父っ、リンガイアの名所にレイク・フェリシアって湖あるだろ!? こっから近いかい? どうやって行けばいい?」
 一階の食堂で軽い朝食を注文してから、ポップは宿屋のご亭主に畳み掛けた。
 はげ頭の気の良さそうなご亭主は、
「レイク・フェリシアは結構遠いよ、お客さん。リンガイアったって広いんだからさ。それより、あの有名な画家のミッターマイヤーの生家がこの近くなんだ。そっち行ってきなよ、ここらの観光客は大体そっちが目当てだしさ。ミッターマイヤーの歩いた並木道とか記念館なんかもあるよ。この宿から右に曲がって、大通りに出るまで歩けば看板が出てるからさ」
 皿を拭き吹き、親切に教えてくれた。
「わかった! コレ食ったら早速行ってみるよ。ありがとう、親父さんっ!」
 威勢よく礼を言ったポップの耳に、ダイは外に出るなり耳打ちしてみた。
「ポップ。ミッターマイヤーって誰?」
「知らん!」
 これまた自信たっぷりにポップは答えた。
「ポ……ポップう! 知らないで話合わせてたの!?」
「オレが芸術に興味あるように見えるのか。せっかく親父さんが教えてくれたのに、知らないなんて言えないだろ。知らなくったって絵は鑑賞出来るしな。とにかく行ってみようぜ。別に行き先は、レイク・フェリシアでなくったっていいんだし」
 そう言うとポップは言われた通りの道を先に歩き出した。
 なんだか、どんどん新しいポップを知るとダイは思う。以前、大戦中に一緒に旅をしていた時には気づかなかったポップ。その後の、勉強に追われ、引き攣ったパプニカの城の生活ではなおの事だ。
(……オレってポップのこと何も知らなかったんだなあ)
 どちらかというと、兄貴っぽい行動を取ると思っていた。実際年上だし、アバン先生に弟子入りしたのもポップが先だし、基本的に面倒見もいいし、先輩風を吹かしたいからかもしれないが、ダイの世話もよく焼いてくれた。しかし、今は。
(……なんだか、オレの方がポップの面倒を見てるみたいだ)
 好奇心旺盛なポップは、ダイがちょっと目を離した隙にすぐにどこかへ消えてしまう。
 そうしてリンガイア名物焼きとうもろこしを両手にかかえて戻ってきたり、この北の地の特産品である毛皮屋の露店から顔を出したりする。
(そういやマトリフさんも、ポップは甘ったれだからとか何とか言ってたっけ。あの頃は全然気づかなかったけど、今はなんとなくわかるなあ)
 平穏な日々に、ポップがこんな表情をするのだと、初めて知った。
 きっと、これがポップの素の表情なんだろう。厳しい戦いの中で、あんなに苦しそうな顔をさせていたことを、改めてダイはすまなく思う。
「ダイ! あっち! 親父さんの言ってた記念館たぜ!」
 ポップがのたのた歩いていたダイを促す。
「ち……ちょっと、待ってよ。ポップ!」
 ダイは慌てて、走り出したポップを追いかけた。

                    ※

 観光も一段落ついて、ダイとポップは約束通りノヴァの伝言を伝えに来ていた。
 二人はノヴァの父、バウスン将軍が属するリンガイア戦士団の兵舎に通された。
「ようこそいらして下さいました、勇者ダイ様。それに、大魔道士ポップ様」
 バウスン将軍は頭を下げて二人を迎えた。
 ポップは少々面食らったように、
「そんなに改まらないでください、将軍。オレ達はただ、ノヴァの友人として、旅の途中で伝言を伝えに寄っただけですし」
「いえ、勇者様と大魔道士様を伝令代わりにするとは、あれの根性も未だ直っておらぬ様子。どうかお心を広く持って、愚息の無礼をお許しくださるよう、私からもお願い致します」
 猛将と呼ばれた人物に慇懃に謝られてダイとポップは途方に暮れた。アイコンタクトで、とにかくさっさと近況報告をして、退散することにする。
「どうかお待ちください、お二人とも。実は、我が戦士団の者達が伝説の勇者と大魔道士様が来ていると知り、せめて一日なりとご教授願いたいと渇望しております。ここは私の顔に免じて、ぜひ、しばらくの間ご滞在願えませんでしょうか」
 二人は顔を見合わせた。


「……なんだかハメられたような気がするぜい」
 用意して貰った部屋に転がりこんで、ポップはぼやいた。
「でも結構面白かったよ。こんなに運動したの、久しぶりだったから」
 将軍との面会の後、ダイは戦士団の若いのに捕まり、結局、夕食がもてなされるまでえんえんと皆の剣の相手をしていた。ポップはというと、大戦の時のエピソードを根掘り葉掘り聞かれて、うんざりした表情を隠しもしていなかった。
「おまえはいいだろうよ、ストレス発散になったみたいだし。が、このポップ様としては、男に群がってこられても嬉しくも何ともないってーの!」
 ダイはまじまじとポップを見た。どうやらそれが気に入らなかったらしい。
「それならポップも剣の稽古する? ストレス解消になるよ」
「アホか。オレは知性で売ってンだ。オレが今更剣が使えるようになってどうしろって言うんだ」
 ぶつぶつ言うポップを、ダイはなんだか幸せな気分で眺めた。
「そうだね。ポップは剣なんか持たなくたっていいよ」
 ダイは続けた。
「オレが守ってあげるから」
 ポップがいきなり何を言い出すんだコイツ、と疑わしそうな顔になったのも気づかずに、ダイはそう言い放った。


「……やっぱりハメられてたんじゃねえか……」
 ポップがごちた。
 次の朝、起きてきた二人を待っていたのはなんと、パプニカ女王レオナだった。
「レ……レオナ! どうしてここに!?」
 レオナは二人が旅に出た日よりも確実にやつれているように見えた。
 肌は張りを失い、髪はぱさついて、目も落ち窪んでいる。レオナはつかつかと二人に歩み寄ると、ダイには目もくれずにいきなりポップを引っぱたいた。
「レオナ! なんてことするんだよ! ポップが何をしたって言うんだ!?」
 慌ててダイはレオナとポップの間に割って入った。
 レオナは何か言いたげに唇を震わせた。が、声にはならずに、ぽろぽろと涙を溢れさせた。
「ど……どうしたの? レオナ」
 まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかったダイは、レオナの肩に手を回し、レオナを宥めようとした。
 ポップは引っぱたかれた頬を撫でながら、広間の入り口に立っている人影を認めた。
「あんたか……フォブスターさん」
 ポップは、ロモスの武術大会に出場していた魔法使いの名を呼んだ。
 ポップはそちらへと歩きながら、
「そっか。今はリンガイアに仕えてたんだね。失敗したなあ……まさかここに、パプニカまでルーラが使える魔法使いがいるだなんて思わなかった。そりゃ、大国には手が回ってるとは思ってたけど、まさか姫さんを連れてくるとは思わないからね。他のヤツなら全員ぶっちぎって、またルーラで逃げようと思ってたのに」
 冷たい口調でポップは言った。ダイと旅をしている時とは、別人のような口調だ。
「ポ……ポップ……?」
 憮然としてダイはつぶやいた。
「あんたもね、将軍さん」
 フォブスターの隣にいた、ノヴァの父、バウスン将軍にポップは問い掛ける。
「次からはへたな小細工は抜きにして欲しいな。昨日のわざとらしいまでの接待で、何かあるとは思っちゃいたけどさ。まあ、今回はノヴァが可哀相だから許してあげる。父子家庭で、しかももう二年も会ってないのに、突然永遠の別れになっちゃあノヴァが余りにも悲惨だもんな」
 それだけ言うと、ポップはダイとレオナの元へきびすを返した。
「またいずれ、礼に上がるから」
 そしてルーラを唱え、三人の姿は広間から消えた。
 フォブスターとバウスン将軍は、背筋に冷や汗が流れるのを止められなかった。

>>>2003/11/23up


back ダイtop next

Copyright (C) Otokawa Ruriko All Right Reserved.