薫紫亭別館


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※ 塔の中で ※

 昼食を挟んで五時間に渡るダイへの説教は、歴史教師を最後にして終わった。
 よくあれだけ同じことを言えるなあ、と、ダイは自分の部屋に戻りながら溜め息をついた。
 つまるところ、全員レオナの夫として、次期王としてふさわしいか、心得等を微に入り細に入り、繰り返しているだけなのだ。
 だが、ポップは息抜きをしても構わないと言ってくれた。もっと我儘になっていいとも言ってくれた。国や、レオナの事ばかり考えているダイの教師達とはそこが違う。純粋に、ダイの事だけを考えてくれる。
 陽が暮れかけていた。窓から夕焼けの毒々しい赤い光が射し込んでくる。
 ポップはどうなっただろう?
 説教にげんなりしていたダイは、今までポップの事を忘れていた自分に愕然とした。
 勉強が仕事の自分と違って、ポップには一応ギルドの長としての義務も責任もあったのだ。どうして気づかなかったのだろう。ノヴァでさえ、会った瞬間にそのことを指摘していたというのに。
 ダイは魔道士の塔へと走り出した。

                    ※

「……どうしてそんなことを言うの!? ポップ!」
 絶叫に近いマァムの声がポップの執務室から聞こえてきた。
 ダイは、なんとなく入りがたい雰囲気を感じて、ドアの前で立ち止まった。
「別に大したこと言ってないだろ? 責任取って、ギルド長の座を降りるってだけじゃないか」
「……しかしポップ君、それは行き過ぎだと思うよ。今回の行動を反省し、また真面目に仕事に励んでくれれば済むことであって、誰もそこまでしろとは……」
 いつものポップの飄々とした声、アポロの困ったような説得も聞こえる。
「ヤだよ。オレ、もう飽きちゃったもん」
「ポップ君!」
「もーオレ嫌になっちまったもん。毎日毎日、書類に目を通して決裁のハンコ押してサインしてさ。ときたま会議とかに出ても、オレの意見なんかだーれも聞いてないし。それは、オレはまだ成人前だし、こんな若僧に意見を求めても仕方ないとは思うケドさ。だから、このさいアポロに長になってもらった方がいいと……」
「ポップ! 何でそんなこと言うんだよ!!」
 そこまで耳にした途端、ダイはドアを蹴り飛ばして部屋の中に踏み込んでいた。
「ダ……ダイ!? なんだってここに……!?」
 執務室の中には、合計して五人の人間がいた。
 正面の重厚な執務机の椅子にポップが腰かけ、それを取り囲むようにしてマァムと、アポロ達三賢者がいた。
 マァムと三賢者達は、ダイの剣幕に押されるように脇に引いた。ポップだけが、苦虫を噛み潰したような顔をして、近付いてくるダイを見ていた。
「……ポップ。どういうことか説明してくれる?」
「……聞いてたんじゃなかったのか?」
 いたずらを見つかった子供のように、肩をすくめてポップは答えた。
「誤魔化さないでよ! 今回の騒動に、ポップは何の責任も無いんだから! ポップは、オレの願いを叶えてくれようとしただけだし……責任があるのはオレだよ!! ポップは巻き込まれただけじゃないか! ……なのに、オレのせいで、ポップが長をやめなきゃならないなんて、そんなのないよ……」
 入った時の勢いは見る間にしぼんで、ほとんど半泣きになりながらダイはポップに掴みかかっていった。ポップはダイの背中に手を回して、ぽんぽんとあやすように叩きながら、
「……だから、オレから言い出したことなんだって、それは。ダイのせいとかそんなんじゃなくてさ。あーもう、ったく……泣くなよ……」
 ダイはポップにしがみついて、勇者らしくもなく泣いている。
「悪ィな……今日の所はみんな引き上げてくれないか? こんなお子様がいたんじゃ、話にならないからな。ああ、マァム。ダイはもうちょっと落ち着いてから帰すって、レオナに言っといてくれ」

                    ※

「……どうやら脱走騒ぎの張本人はダイ君のようですね」
 三賢者の一人、エイミがマァムに付き添って城へ戻りながら切り出した。
「ダイは最初っからそう主張してたらしいわね。でもポップの方も、実行させたのは自分だって言い張ってるのよ。麗しい友情、と言うべきかしら。二人とも、お互い樺井っての発言だものね」
 マァムも考えずにはいられなかった。
 何か……ダイとポップの関係には、何か危ういものがあるような気がする。
 壊れる寸前の結界のような、張り詰めた糸のような緊張感が……それは、普段はポップのとぼけた態度にカモフラージュされて、感じ取ることさえ出来ない。恐らく、ダイさえ自覚はしていないだろうと思われる。
(……私、イヤなの。ポップ君がダイ君の側にいるのが、嫌なの。我儘だとはわかっているけど──)
 考え過ぎだと、頭を振ったマァムに、いつぞやのレオナの言葉がよみがえった。

                    ※

 みっともないこと見せちゃったなあ、とダイは反省していた。
 子供のようにしがみついて泣いてしまうなどとは、ダイ自身信じられなかった。
「ほれ。大魔道士特性スペシャル・ティーだ。この塔にあるわけのわからない薬草を三十二種類混ぜ合わせてつくった本格派だ。安心しろ。毒は入ってないし、味も、このポップ様自ら吟味したお墨付きだ」
 湯気のたつポットとカップをニ客持って、ポップは戻ってきた。
「どーせカンで調合したんだろ?」
 ポップがずっと背中を撫でてくれたので、ダイも軽口を叩けるくらいには回復した。
 ダイが常態を取り戻すと、ポップは茶でも持ってくると言って部屋を出た。泣いてしまって、少々ばつの悪くなった雰囲気を元に戻す時間をくれたのだろう。その心遣いが、嬉しい。
「百聞は一見にしかず。ま、飲んでみろってうまいから」
「ホントだ。おいしい」
「だろ!?」
 いつもの軽口だ。いつものポップだ。……なのに、さっきはよくわからないことを言っていたような気がする。
「ねえポップ。さっきの話……」
「ああ? だから、ダイが気にすることじゃねえって! ……これは、オレと魔道士ギルドの問題だからさ。潮時だったしな。ハッキリ言って長なんて名誉職なんだよ、ややこしいことは全て三賢者や他の者達がやってくれるんだから。でも、誰がやっても同じなら、オレじゃなくてもいいわけだろ? 丁度良かったんだよ、ダイがああ言ってくれたのはさ。それにかこつけて、半年くらい留守にすれば、塔の連中もなんとか自分達でやってくだろうし、戻っても、お払い箱にしてくれるだろうと思ってさ」
 ひと息ついて、ポップは更に続けた。
「でも、ダイに息抜きさせてやりたいって思ったのもホントだせ? ……全く城の連中ときたら、未来の国王教育か何か知らねえが、与えられたノルマをこなすだけでダイの事なんか考えちゃいねえし。ダイがいなけりゃ、今の現在も未来も無かったってことを、誰も気づいてないのかねー? だからさ、オレがパプニカにいる間だけでも、ダイを自由に遊ばせてやろうと思って……」
 ダイは、ある重要な発言に気づいてポップの言葉を遮った。
「……え? パプニカにいる間だけでも、って……?」
「まあこの機会に言っとくかな」
 ポップは、はにかみながら机を離れて窓のそばに立った。
「オレは、パプニカを出て行くよ」
 沈みかけた夕陽がポップの全身を赤く染めていた。
「……ずっと考えてたんだよ。長なんかに祭りあげられて、えらそうにしてンのはオレの性に合わないって。来る日も来る日も、この石の塔に閉じ込められて、苦しくて息が詰まる。大戦中に、世界を飛び回っていた頃の方が、こう言っちゃ不謹慎だが……ずっと楽しかった。オレはパプニカを出て、以前のように旅をするよ。そして齢食ったら、マトリフ師匠のようにひと気の少ない場所に隠棲するんだ。パプニカはオレに合わない。……お別れだな、ダイ」
 ダイには、ポップが何を言っているのかわからなかった。
 わかりたくなかった。
 確かにさっきまでは、ダイの想いと同じようなことを喋ってくれていたはずだ。
 逆上して取り乱して、落ち着かせてくれて、説教から解放された自分が言ってほしいことを言ってくれて、そして……。
 赤い夕陽。赤い色。ダイのカップに注がれた茶の色。ポップの全身を染めている色。声が聞こえない。ポップの唇だけが動いている。唇の、赤。誰かあの色を止めて。ポップが話すのを、とめて。
 無意識に体が動いた。
「──!?」
 ためらいもてらいもなく、ダイはポップに口づけていた。
 しかし、正気に返ったのはダイの方が先だった。
「ごごごご、ごめんっ!」
 哀れなほどうろたえてダイが叫ぶ。
「お……おいダイ、今……」
「うわああああっ!」
 ダイは、ポップの顔をまともに見ることすら出来ずに部屋から逃げ出した。

>>>2003/11/30up


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