薫紫亭別館


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 恐ろしく派手な音を立てて、ダイは魔道士の塔の最上階から地上まで突き落とされた。
「おおっさすが腐っても勇者。あの高さから落ちてもキズひとつない」
 ポップがふわふわと、窓から飛翔呪文で降りてきた。
「かすりキズくらいあるよ! ひどいじゃないか、オレが礼を尽くして謝りに来たのに、いきなり突き落とすなんて」
 フォローになってないセリフを吐きながらダイはむっくり起き上がった。
 これっぽっちも悪びれた様子もなく、ポップは手を差し出しながら、
「ワリィワリィ。……ただ、おまえがあんまり聞く耳持たないから、つい手加減ナシで呪文唱えちまった。で、どこケガしたんだ? 見せてみろよ、回復呪文かけてやるから」
「いいよ、自分で立てるから。ポップがこんなに意地悪だったなんて知らなかったよ」
 ぽんぽんと埃を払いながら怒ったように言うダイに、ポップは少しだけ困ったような顔をした。
「だっておまえが悪いんじゃん。大体、今は本当なら論理学の授業の時間だろう? オレは今の授業のすべてがダイに必要だとは思わないが、だからってサボッていいことにはならないぜ。……ほら、一緒に謝ってやるから、老師のトコ帰ろうぜ」
「……イヤだ」
 意外にも、ダイはきっぱり撥ねつけた。
「おいおい何スネてんだよ!?」
「イヤだよ。だって、もっと我儘言ってもいいって言ってくれたのは、ポップじゃないか!」
 しかし、ともかく、ここは魔道士の塔の前なのだった。
「……ダイ! ポップも! 何してるのよ!!」
 ダイを探していたマァムが、すぐに騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた。
「マァム。いや、何をしてるかって聞かれると、その……」
 いつのまにかマァムだけでなく、多勢の人物が二人を取り巻いている。
 ダイはおもむろにポップの腕を掴んだ。
「……ルーラ!」
「ええっ!? お、おい、ダイ……っ!」
 マァムと他の人物達を置き去りにして、ダイとポップはお空の光点となった。

                     ※

 二人は、パプニカのはずれの森の中に立っていた。
 ここは、先日ポップとラーハルトが密談していた森なのだが、もちろんダイは知る由もない。
「何考えてんだよっ、こんな所まで連れてきて!」
 ポップもそ知らぬ顔で怒っている。
 ダイは、柄にもなく幾分逡巡しているように見えた。
(ど、どうしよう……あんな所じゃ話が出来ないと思って、咄嗟にここまで来ちゃったけど……)
 ポップは怒っているらしく、ダイの方を向いてくれない。
 つん、と拗ねた横顔。少し尖らせた唇。そこまで見て、ダイは引き剥がすように目を背けた。
 自分が何をしたのかを思い出す。あの赤い光の中で、ダイは、ポップに……。
「ごめんっ!」
 ダイは、なんとかその言葉だけを絞り出した。
 今日は、そもそもその為に魔道士の塔へ行ったのだった。
 いつものポップのペースに乗せられて、いつのまにかケンカになって、塔から落とされはしたけれど。
 ポップは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてダイを見た。
 ダイはますます体をちいさくして、出来るだけポップを見ないように努めた。
「……何がごめんなんだ。ここに連れてきたことか? それならもういいよ。明日たっぷりと老師とマァムに怒られてもらうことにして、今日はここで遊んでいこうぜ。天気もいいし、こんな日に、城に閉じ篭もってろってのが無理だよな」
 ……え?
 一瞬、ダイはポップの言葉を聞き間違えたのだと思った。
「二人しかいないのがアレだが、隠れんぼでもするか? 童心に戻って。まさか、この齢になってまでンな遊びをするとは思わなかったが」
 間違いない。ポップは完全に理由を履き違えているらしい。
「ち……違うよ! オレ、この前、ポップに気持ち悪い思いさせちゃったから、それで……!!」
 謝りに来た、というのに。
「ああ……あれか。気にすンなよ、はずみだろ? ……オレも、もう忘れた」
 今までダイを直視していたポップが目を伏せた。
 心なしか、肩が震えているような気がする。
「だ、だって……!」
「いいから忘れろ。おまえ、自分が何者かわかってるのか? おまえはレオナの婚約者で、ゆくゆくはレオナの夫としてこの国の王になる身だろ。……だから、あれははずみだ。はずみだったんだ。忘れろ。わかったな?」
 ポップの、抑えてはいるが強い、有無を言わさぬ口調に、ダイはただ頷くしかなかった。

                    ※

 レオナとダイ。ダイとポップ。ポップと……自分。
 はあっと、マァムは深い息を吐いた。
(レオナはダイがわからないと言うけれど、私にとって、わからないのはポップの方だわ。一体どうしたっていうの? 何を考えているの? ポップ。変……何か変だわ。少なくとも、以前はこうじゃなかった……)
 魔道士の塔。ポップの、ギルド長の執務室の片隅で、マァムはポップの帰りを待っていた。
 あるじのいない、からっぽの執務室。この空間も、ポップさえいれば明るい、執務に差し障りが出るくらいなごんだものになるというのに。
 ギルド長に任ぜられた時、ポップは実に嬉しそうに、マァムをこの部屋に招待してくれたものだった。
 本当は関係者以外立入禁止なんだけどよ、と言いつつ、僅かに得意そうにそれでもポップは正面からマァムを招き入れてくれた。
 今はどうだろう?
 ポップは──ギルド長の座を降りると言っている。
 どんな心境の変化があったというのだろう。あれでポップは責任感が強く、そのポップが、ただ飽きたという理由だけでその座を投げ出すとは思えない。
 友人としてではあったが、それなりに長く付き合って、深くわかりあえたと思っていた。もしかすれば、恋人同士にもなっていたかもしれないのだ。
 ポップは、バーンパレスに突入する直前、公衆の面前でマァムに告白していた。
 マァムは返事を先延ばしにした。戦いの日々の中で、自分もポップに惹かれている部分があるとマァムは感じていた。しかし、いざ戦いが終わってみると、ポップはマァムに──下世話な言い方をすれば、ちょっかいを出すのをやめてしまった。
 余りの態度の変わりように不安を覚えつつも、見栄もあり、マァムはポップに追求しなかった。
 ポップの真意が掴めぬままに、ここまで来た。
 それは、とんでもない間違いだったのかもしれない。
(だめだわ。わからない……ポップの意図が)
 ポップはまだ帰って来ない。夜になっていた。新月が終わったばかりの細い三日月が、墨を流したような夜空を飾っていた。
 マァムは諦めたように立ち上がると、塔の執務室を後にした。

>>>2003/12/17up


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