「私、聞きたかったの。ずっと、聞きたかったのよ。ギルド長が嫌だったのなら、なぜ私になり、アポロになり相談してくれなかったの? なぜ、一人で何もかも決めてしまったの……私、ポップはずっと、ギルド長の地位にあることが嬉しい、というか誇らしいんだと思ってたわ。あの頃は、とっても得意そうに私を塔に招待してくれたもの。あれから、まだそんなに長い時間は経ってないわ……そう、まだ二年しか、よ」
マァムは息をついだ。
「この二年で、私にはあなたがわからなくなってしまった。どうして? どうして、こんなことになってしまったの……?」
ポップは歩くのをやめ、マァムにゆっくりと振り返った。
うつむいて、独白を始めたマァムを見ても、ポップの紫色の目には何の感情も表れてはいなかった。
ただ、まるで操り人形のようにマァムに近づき、何をするでもなくそっとマァムの側に立った。
二人とも、長く沈黙を保っていた。
やがてポップは近くのちょうど良さそうな芝生に腰を下ろすと、マァムを促した。
風が髪をなぶっていった。こうしていると、昔に戻ったような気がした。
マァムはポップの横顔を盗み見た。出会った頃の、マァムの知っているポップの顔だった。
「……おまえには、言っとかなきゃいけないと思ってた……」
ようやく口を開いたポップにマァムは畳みかけた。
「話して、ポップ。お願い。何か不都合な事があったのなら、私の方から──あんまり役に立たないかもしれないけど、レオナに話してあげる。どうして、ギルド長をやめるなんて言い出したの?」
ポップは一瞬苦しそうな表情になった。しかしすぐにいつもの顔をとりつくろうと、ためらいながら話し始めた。
「……マァム。オレ、幾つに見える?」
「え? 確か──十七でしょ? もしかして十八になった所かしら? 私より確か、ひとつ年下だったはず……」
「そうじゃなくて、何歳くらいに見えるかってコト」
マァムはまじまじとポップを見た。
ポップは、ダイと比べほとんど成長していないように見える。
「オレもう死んじゃってるからさ。何年経ってもずっとこのままなんだよ」
余りにも淡々と言われたので、マァムにはその言葉の意味が一瞬理解出来なかった。
ポップは自分の胸に手のひらを当てた。
「一応心臓は動いてるけどな。……なんだか、えんえんと死んでは生き返る瞬間を、繰り返しているような気がする。例えば、ほら、この髪」
胸に当てていた手で前髪をちょいと抓んで、
「切れば伸びてくるけど、絶対にこれ以上伸びないんだ。それ以上は、再生と切断を同時に行っていて、この長さでぴたりと止まってしまうんだよ」
何でもなさそうに言った
「身長や体重も同じでさ、減ることはあっても成長はしない。オレはずっとこのままなんだ。腕力まであの時のままなんだぜ。どーゆー理屈だ、地道に筋トレしたオレの努力はどうしてくれる。それでも魔法力だけは微妙に増えてたりして、これはまあ、外見とは関係ないからかもしれないと踏んでるんだが……」
マァムはポップのとりとめもない話を口を挟むことも出来ずに聞いている。
「あと一、二年はこれでも誤魔化せると思うんだけどさ、やっぱり……変だろ? ギルド長が成長しないと。どうせならもーちょっと齢とってから死んでりゃ、余り不審に思われなかったのに、成長期じゃあ誤魔化しようもないしな。そろそろ限界だよ。みんなに怪しまれないうちに退場しないと」
ポップの態度にも表情にも、ひとつの変化も見られなかった。まるで、本当に世間話でもしているかのようだった。
「これが辞職の本当の理由だよ。……サンキュ、マァム。やっぱり誰かに話すとスッキリするな」
ポップは気持ち良さそうに大きく伸びをすると、軽く手を振って、マァムを残して歩き出した。
マァムは咄嗟には、立ち上がることも叫ぶことも出来なかった。
言葉の意味が浸透するまでに、かなりの時間が必要だった。
その間にも、ポップはどんどん遠ざかっていく。
「ま……待って」
なんとか、しわがれた声が出た。咽喉がカラカラに渇いている。よろめきながら、マァムは追いかけた。ポップを。ちいさくなっていく背中を。
「待って! ポップ!!」
走った。走って、ポップの腕を捕まえた。
「待って……」
その腕を抱き締めると、マァムは自分が泣いていることに気付いた。
ポップが本当に死んでいると言うなら、とてもこの暖かい手からは想像も出来ないが、ダイの父親、バランとの戦いの時だろう。……マァム自身はその場にはいなかったが。一度死んだポップは、そのバランの竜の血により、蘇生したと聞く。
ポップは困ったように首をかしげた。
「……まるでオレが、マァムに何かしたみたいじゃないか……全く、ダイといいマァムといい、オレの周りには泣き虫が多過ぎるぜ」
「ダイにも……言ったの? この事を」
「いいや。長をやめて旅に出るって言っただけだよ。あいつお子様だから、その程度でもギャーギャー喚きやがるんだよな。本当の事なんか言ったら、どこまでオーバーヒートするやら」
やれやれ、とでも言いたげにポップは肩をすくめた。そうして改めてマァムを見ると、
「ゴメンな? オレがはっきりしなかったせいで、マァムも態度決めらんなかったよな。でも、……始めは、自分が死んでるなんて知らなかったからさ。最初からわかってりゃ、告白なんてしなかったのに……!」
少しずつポップも今までの仮面が剥げ落ちて、感情が昂ぶってきたようだ。
「マァムに迷惑かける気なんざ、これっぽっちも無かったんだよ……本当にさ。オレ、おまえの事すごい好きだったけど、一緒に未来作って行きたかったけど、オレにはもう未来なんか無いし──幸い、おまえいい女だから、オレじゃない、もっとふさわしい男が現れるだろうし。だから、離れるよ。そいつと、幸せになってくれな」
泣き虫が多過ぎる、と言ったのはポップだったが、ポップも今はぼろぼろ涙を零していた。
その涙を見て、マァムは突然気がついた。
自分は、どんなにこのポップが好きだったことだろう。甘ったれで情けなくて、ほんの少しスケベで、だがどうしても憎めなくて、横っつらを引っぱたいていつもケンカばかりしていた。
今にして思えば、それも愛情の裏返しだったに違いない。
ポップに告白された時、マァムは戸惑いこそすれ、決して嫌だとは思わなかったのだから。
そうして、ポップはたった一人で苦難を超える。恐らくは、自分が死んでいるのではないかと気づき始めた時さえ、誰にも心の内を明かすことなく、葛藤と戦いながら笑っていたのだ。
マァムは優しくポップを抱きしめた。
少年のまま時を止めたポップはマァムよりも僅かに背が低かった。ほんの少しの差ではあったが。ポップがそれに気付いて気きずそうに身を離そうとするのを許さずに、より一層、力を込めた。
「好きよ。ポップ」
びくりとポップの体が奮えた。
>>>2004/1/11up