「好きよ、ポップ。ようやく気付いたの。──私、あなたを愛してるんだわ。同情なんじゃないわよ。私、あなたのその勇気が大好きよ。自分が死んでいる、なんて、並みの人間には認めるのも難しいことだわ。それに気付き、私に教えてくれた──それだけで、充分よ。愛してるわ、ポップ」
ポップは、幾分乱暴にマァムの腕から逃れた。
「……やめろ。それ以上、言わない方がいい」
固い声でポップは言った。
マァムは尚も何かを言い募ろうとしたが、
「………!?」
マァムは恐ろしいものを見る目つきでポップを見た。マァムの顔色は次第に青ざめ、冷や汗が噴き出してきた。
何か──違う。空気の色が違う。ポップを取り巻いている周りの空気が違う。
ポップの姿はそのまま、中身だけが無くなってしまったような、精巧に人形にすり替わってしまったような、そんな印象があった。ヒトの持つ、生気というものが感じられなかった。
この世の者ではなかった。
「ポップ……あ、あなた……!?」
「オレは死人だって言ったろう? ……やめとけよ、そんなこと言ってくれたって、相手は成仏出来ないぜ。オレに必要なのは念仏だけだ。でももう、それもいらない。オレはもう時期パプニカを出てゆく。二度と帰ってこない。ダイにもレオナにも、そしてマァム……おまえの為にも、それが一番いいんだ。オレがいたら、みんなの幸せの邪魔になる」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、ポップはきっぱりと言い切った。
「邪魔なんかじゃないわ! みんなだって、わかってくれるわ。ポップが、どんな犠牲を払って、平和を手に入れてくれたのか……」
「平和をもたらしたのはダイだ。オレじゃない」
「あなたのサポートがあってこそよ。ダイは、いつもあなたを頼りにしていたわ」
お互い、一歩も退かなかった。
ポップは、青ざめながらもはっきり物を言うマァムを眩しい思いで見つめた。
(オレの女神)
頭の上でひとまとめにした髪も、武神流拳法の闘着も、かつてポップが憧れたままの姿だった。
憧れて、憧れて、……最低の告白をした。あの時、自分の意気地なしの犠牲となったメルルは、故郷のテランで今も占い師をしているという。
「そして、オレが生きてるのか死んでるのかわからねえ体になったのは、おまえの父親のせいだってダイに見せつけるのか? 冗談じゃない、それこそ、オレがもっとも回避したかったことだ。……これはダイには関係ない。オレが勝手に自爆して、しかも自爆を誘った相手に助けられたんだからな。ダイの親父さんには感謝してる。親父さんが助けてくれなきゃ、ダイの役にも立てなかった。だからこそ、もうここにはいられないんだ……」
後の方は、ほとんどひとりごとに近かった。
「それにレオナも、オレがいなくなりゃ安心するだろうし……」
知っている!? マァムはぎくりとした。
ポップはレオナの不安を知っているのだろうか!? そういえば、元々ポップは人の機微に敏感だった。これまでの、家出から城に戻ってからのぴりぴりとした雰囲気を、ポップに感じ取れなかった筈がない。
「マァムも、オレのことなんか忘れて、新しい恋を見つけに行ける。……オレは大丈夫なんだ。ほら、ラーハルトっていたろ? 魔族との混血の。ラーハルトもダイの親父さんの血で蘇ったんだけどさ、そいつとオレ、連絡取ってンだ。当面、そこに身を寄せることにするよ。ラーハルトがいたから、今の自分の状態にも耐えられたってトコもあるしさ」
ポップは既にマァムを説得する口調になっている。
マァムは、どうやっても自分にはポップを思い留まらせるのは不可能だと悟った。
マァムは泣いてしまいたかった。泣けば、ポップが考えを変えてくれないかと考えたのだ。
無駄だった。マァムがそうしようと思った瞬間、ポップはルーラを唱えてこの場から消えてしまっていた。
※ アルキード (1) ※
「ど……どうしたの、マァム!?」
マァムは言うだけのことを言うと、レオナの私室を飛び出した。
「ま……マァム?」
講義を終えて、レオナのもとを訪れたダイが、丁度出て来たマァムと擦れ違った。
「マ……!」
一瞬だったが、あの気丈なマァムが泣いていたようにダイには見えた。
「レオナ、何があったの!? 今マァムが、泣きながら走っていったけど……!」
「わからないわ。マァム、ネイル村に帰りたいって言うのよ。理由を聞いても教えてくれないの……泣くだけ。私、マァムが泣くのを初めて見たわ」
茫然とレオナが答える。ダイはレオナの私室に足を踏み入れながら、
「そういやオレも無いや。どうしたんだろう、ポップと何かあったのかな」
「……どうしてそこでポップ君が出てくるの、ダイ君!?」
「い、いやそれは、だって……」
ポップの名にヤケに敏感になってるなあ、とダイは内心でおののいた。
「だって、ポップはマァムが好きだったじゃないか。今はどうかわからないけど、……きっと、二人は好き合ってたんだよ。でもポップはギルド長を辞めて旅に出るとか言うし、そしたらポップのいないパプニカに、いる理由が無くなるとか……」
言いながら、胸が痛むのをダイは感じた。
「そ……そうよね。ポップ君はマァムが好きだったんだものね」
思い出したようにレオナが慌てて言った。
「それなら私にも責任があるわ。大戦からずっと、私はパプニカの復興に夢中で、マァムの相談に乗ってあげられなかったもの」
レオナはふう、と息をついて、
「……私は何でもマァムに相談してきたけれど、マァムは私には何も言って来なかった。それはマァムが強いからだと思ってたけど、本当は、こちらから察して聞いてあげるべきだったかもしれないわ」
ポップとマァムの関係がどんなものだったかは、外から見ていたダイとレオナにはわからない。
しかし、恋人同士とまでは行かなくとも、とても仲の良い友人には見えた。
「オレ、マァムの所に行ってくるよ」
そう告げると、ダイはレオナの私室から駆け出した。
※
「マァム……いるんでしょ? 開けてよ」
中からマァムのすすり泣く音が聞こえてくる。
マァムの部屋の前で立ち止まって、ダイは、待った。
「……マァム……」
「……ダイ。私の事はいいからポップの所へ行って」
扉は開けないまま、マァムはダイに言った。
「私じゃ駄目なの。私じゃ、ポップを助けられない……ポップを助けてあげて、ダイ。このままじゃ、ポップがあんまり可哀相過ぎるもの……」
「……マァム! どういうこと!? ポップに何かあったの!?」
ダイは叫んだ。
「あったのよ! ……沢山、沢山。私達はそれにひとつも気付かずに、安寧と、紙一重の平和の上に暮らしていたんだわ」
血を吐くようなマァムの独白に、それだけでこれはただごとではないと知れた。
ダイは廊下に切られた窓から魔道士の塔を眺めた。ポップの部屋は、塔の最上階にしつらえてある。
そこから、ポップと思しき影が、ルーラで飛び出すのが見えた。
「……ポップ!」
ダイは急いで、ポップも追うべく自分もルーラを唱えた。
>>>2004/1/22up