薫紫亭別館


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「ここは、この前来た、パプニカのはずれの森じゃないか……」
 ポップを追いかけて、見失いかけて、なんとか辿り付いたのがここだった。
「ポップはどこにいるんだろう……? こんな所に何の用事があるのかな……」
 森の中を探索しながら呟く。暗い森。これほどポップに似つかわしくないような場所も無いような気がする。
 と。不意に抑えた話し声が耳に飛び込んできた。
 ダイは咄嗟に気配を殺し、木の影に隠れると様子を窺った。
「ポップ……と、ラーハルト?」
 ポップとラーハルトが腰をかがめて何事か話し込んでいる。ダイは耳をそばだたせた。
「マズイな……そりゃ。子供がひとり、人間を襲ったって?」
 ポップの声が聞こえる。
「ああ。なんとか命は取り留めた。さいわい混血だし、子供だから大した牙は持ってなかったからな。ヒムが取り押さえて今は落ち着いているが、しかし、一度人間の味を覚えてしまった獣人は……」
「また人を襲う……か。ちくしょう、狩りで捕えたけものだけじゃ物足りないか。食料が不足してるからな、仕方ないっちゃ仕方ないが……大体、何だってあんな不毛の地に、人間がやって来たんだ?」
 珍しく怒りを露わにしているポップと、沈痛な表情をしているラーハルトが対照的だった。
「……すまん、オレのミスだ。ある程度年配の者を選んで国境の警備をさせてはいたんだが……その警備の目をくぐり抜けて、ふらふらとベンガーナの奥山に分け入ってしまった者が野草を摘みに来た人間を襲ってしまったんだ」
「まあいい。すぐにアルキードへ飛ぶぞ。被害者に回復呪文をかけなければ。……やっちまった奴のことはまた後で考えよう。出来れば、なんとか処分せずに済ませたいしな」
 ……アルキード!?
 ダイは思わず飛び出していた。
「待て! ポップ! 今のはどういう意味だ!」
「……ダイ!?」
 突然のダイの登場にポップは面食らった顔をしたが、
「……今はおまえの質問に悠長に答えてやってるヒマはねえんだ、ダイ。瀕死の怪我人がいるからな。帰ってきたら説明してやるから、大人しく待ってろ」
 ポップはルーラを唱えようとした。
 ダイはすぐさまポップの服を掴み、一緒にルーラの輪の中に入ることに成功した。


 ……不毛の大地だった。
 どこまでも続くがらんとした岩山に、覆い被さるように黒い空が広がっている。死の大地のようだ、とダイは思った。はからずも、以前先走ったポップを追って、辿り付いた土地を思い出す。
(ここが、アルキード……父さんと母さんが出会った国なのか……)
 ダイは感慨に耽りながら辺りを見回した。
 無理矢理ついて来たダイに、ポップは怒った口調のまま、
「おら、行くぞ。のんびり観光案内してやれる場合じゃないんだから」
「う、うん……」
 ラーハルトがフォローを入れた。
「ダイ様、こちらへどうぞ。……ポップの事は責めないでやって下さい、彼は、こんな状況のアルキードをまだ、ダイ様に見られたくなっただけなのです。いつだって、彼は、ダイ様がなんとかしてくれると希望を持っていたのですから」
「オレが……希望?」
 ダイは不審げにラーハルトに問い返した。
 一応の整備はされている、石の除かれた細い道を通ってダイはポップとラーハルトの後に続いた。程なくして、ちいさな灯りが見えてきた。サーカスのテントを思わせる家があった。実際に、軍が野営するときに使ったテントなのだろう。
「どこだ、怪我人は!?」
 横柄にポップが問うた。ラーハルトは幾つかあるテントのひとつを指差した。
「……ポップ様、ラーハルト様!」
(ポ……ポップさまあ!?)
 横合いから駆け出してきた少年が、親友を敬称付きで呼んだのでダイは少なからず驚いた。
「デュオか。久しぶりだな。今日は怪我人が出たと聞いて帰ってきたんだ。案内してくれるか?」
「それはもう。でも……」
 デュオ、と呼ばれた少年はまだ七つか八つほどの子供に見えた。しかし、何か違和感を感じてダイはまじまじとデュオを凝視した。
「ポップ様……イワンは……」
「そっか。イワンか。……ヒトを襲ったのは」
「ポップ様、イワンを処刑しないで下さい! イワンは決して、人間を襲おうなんて思ってなかったんです……それは、禁止されているのに奥山に入ってしまったのは悪かったですが、あの人間が、イワンを怪物呼ばわりしなければ……!」
 ぽん、とポップはデュオの頭に手を置くと、
「ああ。わかってる」
 デュオの髪をくしゃくしゃと掻き回した。あ! ダイは気がついた。そのひたいに、一瞬見えたもの。
 ツノだ。
 唐突に、ダイは理解した。
(ここは……ここは、モンスターや魔族の……!!)
「おわかりになられましたか、ダイ様」
 ラーハルトが感情の篭もらぬよう努力している声で言った。
「ここは、私のような魔族の混血児達を集めてつくった村です。クロコダインやヒムら、人間ではない者もここに集うております。チウら獣王遊撃隊は、ロモスの山奥で拳聖ブロキーナと共に平和に暮らしておりますが……それは本当にレアーケースで、ロモスの山奥にこれだけの人数が暮らしては人間の反感を買いましょう。土地の広さからも、食料の調達にしてもロモスでは不自由ですし、それで、不法とは思いましたがヒトのいない、広い土地という理由でダイ様の故国、アルキードに皆を集めさせて頂きました。アルキードの王子たるダイ様に内密で事を運んだのには謝罪します。が、どうか我らの胸の内もお汲み下さい」
 ポップはデュオという少年と共にテントの中に入っていった。
 外からでもそれとわかる、やわらかい回復呪文の光が漏れてきた。
「ふう……これで良し」
 怪我人はキレイに治って、健やかな寝息を立てている。
「ヒム。この人を今日、襲われた奥山の中に置いてきてくれ。大丈夫だ、一晩帰らなかったくらいじゃそう大がかりな捜索隊は出てないさ。怪我もさっばり治っているし、夢でも見たんだろうと思うさ。目が覚めたら、自分の足でピンピンして帰るよ」
 てきぱきと指示を出す、そんなポップの様子を外から窺いながらダイは、その場に付いていた数人の子供達を見た。
 全員がまだ幼く、そして、明らかに人間では有り得ない部分を持っていた。
 ある子供はツノを持ち、ある子供にはウロコがあった。ある子供には不気味な触覚が生えており、ある子供は人間より昆虫に近いほどの、殻が体中を覆っていた。
「……イワン」
 ポップはその殻に覆われた子供に話し掛けた。
「は、はい」
 子供は怯えて震える声で返事をした。
「自分が何をしたかわかってるな?」
「はい……」
「ポップ様! イワンは悪くありません!! あの人間がイワンを怪物呼ばわりしたから、それで……!」
 デュオがイワンを弁護した。
「うん、わかってる。でも、これはちょっとやり過ぎだ……過剰防衛ってヤツだ。確かにおまえ達の体の半分は人間じゃない、魔物やモンスターなんだからな。怪物と呼ばれていちいち怒っても、それは自分の半分を否定するようなモンだろう」
「だって……!」
 子供達は何か言いたそうだったが沈黙した。
「まあ、怪物たってそんなに悪いモンじゃない。クロコダインだってリザードマン、っていう怪物だが、別に恐ろしくはないだろう? おまえらもクロコダイン、好きだろう?」
 ポップはガキ共をからかうように言った。こくこく、と子供達もうなずいた。
「ただちょっと、怪物の信じる正義と人間の正義が相容れなかっただけなんだ……草しか食べられない草食動物に肉を食え、って言ってるようなモンでさ。話し合えばなんとかなるもんなんだよ、今は。大魔王バーンがいた頃は話し合いすら出来なかったんだからな。それに比べると、随分マシになったもんだ。人間も怪物も、同じフィールドに立って話すことが出来るんだから」
 ポップはイワンをひょい、と抱き寄せて、
「今はまだ、人間側に偏見がまだ残ってるから心ない言葉を言われるかもしれないが、それも近い将来無くなるだろう……オレ達はその為に動いているんだし、ダイがその未来を持ってきてくれる。ダイ。知ってるよな? 勇者ダイだ。あれもおまえ達と同じ混血児だからさ、あいつがパプニカの王様になれば、きっとおまえ達を受け入れてくれるよ。それまではもう少し、この土地で頑張っていこう。な?」
 イワンはポップに縋り付いて泣き出した。
 他の子供達もつられるように、ポップに取り縋って泣き始めた。

>>>2004/2/3up


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