薫紫亭別館


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 子供達をなだめすかして寝かしつけると、ようやくポップはテントの外に出てきた。
「……だから帰ってから説明するって言ったのに。せっかく来てくれたのに相手出来なくて悪かったな、色々忙しくてさ」
 ダイとポップは肩を並べて歩いていた。
「ホラ、ここが菜園。ここでイモやら何やらつくってる。……大変だったんたぜ、芽を出させるの。岩だらけで耕すどころじゃなかったし。でも以前はここに国があったんだし、なんとかなると思って……」
 ポップは青く揺れる麦を指差して、
「自然の生命力を蘇らせる、『リカバリィ』って呪文を研究してさ、一年がかりでここまでにした。もう少し『リカバリィ』が徹底すれば、放牧も出来るようになるんだが……なかなかそううまくは行かねえやな。でも、その時が来ればパプニカから牛や羊を輸入させて貰うつもりだから、少しは安くしてくれよ?」
 ポップは笑ってダイに現在のアルキードの状況を説明した。
 だがダイは、笑ってはいられなかった。
「どうして……オレに何も言ってくれなかったの? ポップ」
 ダイはくぐもった声で言った。
「オレだって、言ってくれれば何かの役に立てたかもしれないのに……!」
「もちろん、役に立って貰うさ。これからは」
 拍子抜けするほど軽くポップは請け合った。
「さっきの……テントの中での話、聞いてたんだろ? あの子達を、パプニカの王となったおまえが受け入れてやってくれ。……あいつら混血児だからさ、人間からも魔族からも弾き出されて、排斥されて不安でたまらないんだよ。オレが、ダイが王になるまで責任持ってあいつらを預かるから、ダイは今は安心して、王になる為の勉強に励んでくれ」
 何でもないようにポップは言う。だがその笑顔の裏では、ダイには想像もつかないほどの苦労があったことだろう。
「ポップ……ポップがギルドの長を辞任したのは、ここでの仕事に集中する為なの?」
「……まあな。回復呪文の使えるオレがいれば医者いらずだし、『リカバリィ』の研究もあるし、あの子達の勉強だって見てやらなきゃいけないし。やっぱ大人になって、アルキードを出た時最低限の教養とか一般常識とか無いと困るしさ。うーんなんてマルチなオレ。一人で医者やら研究者やら教師やらこなせるとわ。自分の才能がコワイ。頼りにされて当然だよなー」
 黒い空から白い月が出ていた。不思議な、モノトーンの空間。
 ポップの顔も人形じみて、まるで、生きていない者のように見える。
「ポップ……」
 ダイは、手を差し伸ばした。
 ポップは、ふわりと身をひるがえした。
「さあ、パプニカに送ってってやるよ、ダイ。朝起きて、王宮におまえがいなかったらこの間の家出の二の舞だ。一回来たんだから、もういつでもアルキードに来られるだろ? 早く帰んなきゃ、寝る時間無くなっちまうぞ?」
 ……帰りたくない。
 このままポップとアルキードに残って、自分もポップと混血児達の手助けをしたい。
「ダイ……!」
 逃げようとしたポップの腕を掴んだ。ポップの脳裏には、先日の自分の行為が浮かんでいるに違いない。
「……う……!」
 非難の声を聞きたくなくて、ダイはポップにくちつけた。
 ──甘い。
「ダイ、やめ……っ!!」
 もう衝動は止まらなかった。心の赴くまま、そこかしこに唇を押し当てる。服の裾をたくし上げ、じかに手を触れた。
 ひくっと、ポップの咽喉が痙攣する。ああそうだ、オレはずっとこの咽喉にくちづけたかった……。
 そこまで考えた時点で、ダイの意識は急激に暗くなった。
 どさり、とダイの体はポップの上に崩れ落ちた。
「ラーハルト……」
 ダイの護衛をすべく待機していたラーハルトが、自分の主人の蛮行を止めた。


※ それぞれの想い ※

 朝になってダイは、自分がパプニカ城の居室に寝かされているのを発見した。
「夢……?」
 頭の後ろがずきずきする。誰かに、何かで殴られたのだと推測した。
 ダイは急に真っ赤になって、昨日の出来事を煩悶した。
 自分が理性を失ってポップを襲ってしまった時、そこにもう一人いたのだ。
 そして自分を気絶させて、パプニカへ……連れてきたのはポップだろうが、やって来て、ダイをここに寝かせたのだ。
 ダイは無意識に顔を覆った。
(誰かに見られていたなんて……いや、見られなきゃ良かったとかそんなんじゃなくて、どうしよう、オレがポップに邪な想いを抱いているのがバレちゃった……。これがあの、混血児達のした事だったら……い、いや子供の力でオレを気絶させる事なんか出来やしない。と、するとラーハルト……ヒム、クロコダインの誰か……)
 自分をよく知っている誰かにあんな所を見られたと知って、ダイは鬱になった。
(ポップはどうしたろう……もう、完全にパプニカには帰って来ないだろうな、あんな事しちゃ。で、でも、……会いたい。ポップ。どんなに嫌がられても迷惑がられても、オレにはもう、ポップだけなんだ……!)
 ついにダイはレオナの面影を払いのけた。
(アルキードに行こう。パプニカはオレが王でなくとも、きっとあの子供達を受け入れてくれるだろう。レオナはそういう女性だ。きっと、大丈夫……!)
 こんこん、とノックの音がした。起床係の側仕えが入ってきてダイに告げた。
「おはようございます、ダイ様。今朝は一番に、面会を求めてきた者が参っております。非礼は重々承知の上で、とにかくラーハルトが来たとダイ様に伝言を、と……」
「ラーハルト!?」
 それでは、昨夜ダイの頭を殴りつけたのはラーハルトなのだ。
「すぐここに通して! それから、彼と話している間は誰もここに近付かないで……早く! 大至急だ!!」


「朝も早くに押しかけてきて失礼致します、ダイ様」
 ダイにだけはいかめしい言い回しでラーハルトは朝の挨拶をした。
「そんな事はいいよ! えと、昨日……」
「臣下にあるまじき振る舞い、申し訳ございませんでした。さぞ、お腹立ちの事と思います」
 淡々とラーハルトは言った。ダイの方が返事に困るくらいだった。
「あ、いや……ポップは……?」
「ポップはいつものように、この魔道士の塔に立ち戻って長としての仕事を三賢者達に委譲している最中にございます」
 ではポップもまだパプニカにいるのだ。
「ラーハルト……昨日、オレ……」
「……わかっております。昨夜、私はダイ様の護衛を果たすべくお側に控えておりました。が、それとは逆の結果となってしまい、面目次第もございません。この上は、いかようにもご処分くださいますよう、私からお願いに参った所存です」
 ラーハルトは言葉短く、ダイの想像とは全く逆のことを捲し立てた。
 ダイは混乱しまくっていた。
「そ、そうじゃなくて! ポップ……怒ってなかった? ラーハルトは、オレを軽蔑しないの?」
 ようやく自分の思っていたことを言えた。
「いえ、全然? 何故私がダイ様を軽蔑する謂れがありましょう。ダイ様はこのラーハルトの主人、そしてポップはラーハルトの盟友です。昨夜は、その……行為が合意に達していないようでしたので、思わず止めに入ってしまいましたが、二人が了承した上での事なら、不肖このラーハルト、いつなりと協力を惜しまないでありましょう」
 とんでもないことを仰々しく言われて、ダイは穴があったら入りたくなった。

>>>2004/2/14up


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