薫紫亭別館


back ダイtop next



「何しに来やがったこの大バカ野郎──ッ!!」
 ダイの頬にポップの右ストレートがキレイに入った。
 ダイは魔道士の塔に、ポップに謝りに来ていた。
「この馬鹿は、まーた授業サボりやがったな!? いい加減にしろっ。幾らオレが温厚でも、そうそういつもおまえのサボリに付き合ってやるわけにはいかねーんだよ!」
 ポップ程度の力では、まともに食らっても大したダメージの無いダイだが、礼儀として一応殴られた頬をさすりながら弁解した。
「ご……ごめんポップ。昨日のこと怒ってる、よね? でもオレ本気なんだ。本気でオレポップのこと……」
「誰もンなこたあ聞いてねええっ!」
 ポップはさりげなくダイの言葉をさえぎると、同じ部屋にいたアポロに振り向き、
「アポロ。ちょっとこの馬鹿を王宮まで連れて帰ってくる。悪いがそこの書類でも読んで待っててくれ。なあに、そんな時間は取らせねえよ。こいつを教育係に引き渡したら、すぐに戻ってくるからさ」
 ポップは自分より僅かに背の高いダイの首を文字通りひっ掴むと、猫の子をぶら下げるようにして出ていった。

「ねえポップ! 真面目に聞いてよ!」
 塔から出るとダイは開口一番そう言った。
「本気なんだよ! オレ、本気でポップが好きなんだってば!」
「……やかましい。少し静かに話しやがれ」
 耳を塞いでうるさい、とジェスチャーしながらポップは答えた。
 すぐに引き返すと言ったわりには、ポップはダイにしばらく付き合ってくれるようだった。
 出来るだけこういう話のしやすい、人目のない方向へ歩いていってくれる。しかし、警戒している証拠として、人目は無くとも叫べばすぐに誰かが駆けつけてくれるような場所を選んだのはさすがだった。
「さあて、話を聞こうか」
 ポップは立ち止まって振り返る。
(う……怒ってる)
 ダイは思った。ポップが心の底から怒るとこういう雰囲気になる。
 普段から怒ったり泣いたり笑ったりと忙しい男だが、マジ切れするといつもの愛敬が無くなり冗談が通じなくなる。ダイは少々気圧されながらも堂々と宣言した。
「愛してる、ポップ」
「幻覚だ」
 ポップは一言のもとに切って捨てた。
「何考えてンだ、ばか。オレは男だぞ、オ・ト・コ。そーいうのは普通男女間でやるの。つまりレオナ。おまえならな」
「じゃあポップの相手はマァムなの?」
「う……。ま、まあ、そーいうコトになるかな」
「嘘つき」
 今度はダイの方が言い切った。ポップは慌てた。
「な、何を根拠に言ってんだよ!」
「だってマァム、泣いてたもの。私じゃポップを助けてあげられないって。ネイル村に帰るとも言ってたよ。ポップがアルキードでマァムがついていかずにネイル村に帰るなら、二人は判れたって事じゃないか!」
 ポップの表情に初めて驚きの色が浮かんだ。
「ネイル村に帰るって? ほ、本当かよダイ!? あっちゃー、そんなつもりで言ったんじゃなかったのによ……他に何か言ってたか?」
「……別に。ポップは、マァムには前もって話してもオレには何も教えてくれなかったんだね。ポップがアルキードで働くなら、オレだって働くよ! いつだって、子供扱いして、重要な事からは蚊帳の外にして……」
 拗ねたようにダイは答えた。
 ポップはそんなダイを見て、だってガキじゃねえかと口の中で呟いた。内心で、マァムがポップの秘密を喋らなかったことに感謝しながら。
「……悪かったよ。でも、おまえには余計な気苦労かけたくなかったからさ。おまえは勉強に追い立てられているし、それに……」
 ダイはポップがマァムに話したのはアルキードの事だと勘違いしているようだ。
 それを無理に訂正することはない。ありがたく利用させて貰おう。
(……おまえに責任は無いんだからさ……)
 悲しいような気持ちでポップは思った。
「それに、おまえに知れたらレオナにも知られちまう。いや、それは願ったり叶ったりなんだけどさ、……今は駄目だ。あいつらはデリケートに出来てるから、もうしばらくそっとしといてやりたいんだ」
 素直にダイはうなずいた。
「うん……それはわかる。なるほどね。でも、それとこれとは話が別だよ! オレはポップが好きだから、絶対にポップについて、アルキードに行くんだ!」
「あのな……だからそれは幻覚だって……」
 くいっと、ポップの顎が引かれた。
 ……沈黙。
「やっぱりポップとするキスがいいや」
 平然とダイは言った。
「このあいだ、レオナにキスされたんだ。でもそれだけ。決して理性なくして心が沸騰して襲いかかったりしなかったよ。ポップだけだよ、オレがあーいうことしたいの。世間から見ればオレ達って普通じゃないかもしれないけど、オレはそれでいいよ。ポップにだけ、普通に見えれば。……ポップ。ポップはまだまだその気になってくれそうにないけど、オレ待ってるから。やっぱり力に任せて無理矢理……ってのはちょっとやってみたいけど、ポップは嫌だろうし。だから今日は、キスだけ。これ以上嫌われたくないからね」
 ダイは恐ろしく手前勝手なことを平然と捲し立てた。余りのことに一種の痴呆状態に陥ったポップが理性を取り戻す前に、ダイはその場から退散していた。

 ポップは落ち込んでいた。
 既にアポロに仕事の委譲どころではなくなっていた。たった今、直前にここで起こった出来事に、ポップは常になく心乱されていたのだ。
 塔に戻ったポップはアポロに書類を持たせて帰し、執務室の机に突っ伏して心の整理をつけ始めた。
(誰がガキだって!?)
 ポップの中で、ダイは守らなければならない子供だった。
 デルムリン島からずっと一緒に戦闘を経験し、その成長を見守ってきた。ダイの方が優秀だった、ということはさておき、ダイが勇者として一人立ちしてもそのスタンスは変わらず、兄貴づらしてああだこうだと口出ししてきた。
 ダイの気持ちにもポップは気付いていた。
 ダイが気付くよりも早く。
(数日前まで何の自覚も無かったクセに……一体、脳の回路をどう繋げたらあんな怪盗が導き出されて来るんだ? それよりあいつ、よくあんな行為知ってたな……ぱふぱふを教えてやった頃からそんなに経ってないと思うんだが。も、もしかしてダイの教育ってそんな事まで教えてるのか!? レオナとの生活の為に!? で、でもオトコとオトコの場合はどうかなんて事まで教えないと思うが……っ!)
 自分がかなり混乱している事に気付いてポップは水差しから水を飲んだ。
(しかし……まずいな。ダイとレオナがくっつくことが決まってる以上、オレにかかわらせるワケにはいかない。ダイがオレを好きになるのはわかる。この世で唯一、ダイをこづいてからかって甘えさせてやれる人間だからな、オレは。レオナでさえ、ダイを憩わせてやれない。レオナはしっかりしてるけど、やっぱり女の子だから甘えさせるより自分が甘えたいだろうし、それに)
 ポップはもう一杯水を汲んだ。
(……レオナは姫さんだから。一人の少女としてより王女、という立場の方が優先するんだ。そして、ダイにもそれを要求する。ダイという一個人よりも、勇者としてパプニカの次期王として。あの野生児にそんなもん要求してもムダだって、レオナならわかりそうなもんだけどなあ……)
 大きくポップは息を吐いた。
 もし、自分がまだ人間として、きちんと生きていたら──ダイの役に立てただろうか。
 もちろんそのつもりだ。パプニカの重鎮としてバリバリ働いて、もう少しダイの周囲が息苦しくないように、整えてやるだろう。そうして恐ろしいことには、もしダイが本気で望めば、ポップは拒まないだろうとさえ思うのだ。
 力だけの問題ではない。ポップにそのテの趣味はからきし無いが、ダイが臨めば拒み通せるほどポップはダイが嫌ではない。それほどポップはダイに甘い。
(もしオレがちゃんと生きていたなら……)
 それ以上の考えをポップは放棄した。
 その途端、ノックの音がした。

>>>2004/3/13up


back ダイtop next

Copyright (C) Otokawa Ruriko All Right Reserved.