薫紫亭別館


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「彼はいつも言っていた。バラン様、つまりダイ様のお父上を恨んではいないと。ただ、彼は悲しかったのです……もうこれで、ずっと一緒にはいられないと。最後の最後まで付き合ってやると約束したのに、自分はそれを守れない。責任感の強いダイ様は、この事を知れば自分をお責めになり二人とも救われないと。そう思った彼は仕事に飽きた振りをしてパプニカを出、二度と戻らないつもりだったのです」
 ダイは微動だにせずに、ラーハルトの言葉を聞いている。
「そして彼はアルキードに落ち着き、私達に力を貸してくれるはずでした。……ある事情で、それも叶わなくなってしまいましたが……」
「オレのせい……だね?」
 小声でダイが口を挟んだ。
「……そうです。自分がいれば、ダイ様も自分を追ってアルキードに来てしまう、と彼は考え、そうしてここを出て行きました。彼は、ダイ様、ダイ様にここの子供達の希望となって欲しかったのです。ダイ様と同じような混血の子供、不当に卑しめられ、傷つけられて、感情さえ無くしてしまった子供でも、生きていていいのだと教えてあげたかった。その為に、ダイ様にパプニカ王となって欲しいのだと。しかし、それでは……ポップの幸せは、どこに見出せばいいのですか?」
 ラーハルトは不躾にも真正面からダイの目を見た。
 臣下にあるまじき振る舞い、と言えなくもなかった。
「私は彼の役に立てませんでした。私がしたことといえば、彼を更なる絶望に追い込んだだけだ。私がいなければ、ポップも自分の異常に気付かぬ振りをして、もう少し楽に生きて行けたかもしれない」
 同じ異常を共有する自分さえいなければ、と話すラーハルトの声には苦渋が滲んでいた。
「彼は実によく協力してくれました。実際、指揮を取っていたのはポップだと言っても良いでしょう。彼は、……怒らないでやって下さいダイ様。彼はパプニカの払い下げになった物資を横流ししてテントや小屋を建て、自らの大戦での報奨金で作物やその種を買い、準備をすっかり整えてから、クロコダインやヒムなども同じくリリルーラで連れて来てくれました。クロコダインは、今でもその名声を慕っている部下も伴って参りました……いや、今はポップの事です。だから私は、その恩に報いる為にもここで彼に幸せになって欲しかった。彼がいなければ今のアルキードは無かった。だが、ポップは……出て行った」
 ラーハルトは、ダイへの忠誠心と盟友への想いでどうすればよいかわからなくなっているようだった。
 幸せになって欲しいと願った盟友は主君のせいでいなくなってしまった。しかしその主君もポップを追い出そうとした訳ではなく、反対に、共に暮らすために追いかけて来たのだ。
 ダイにも、ラーハルトの困惑はよくわかった。
「ラーハルト……ポップは何か言っていた? オレのこと」
 恐る恐るダイは聞いた。返事を聞きたくないかのように。
「ポップの方も、自分の気持ちがよくわかっていないようでした。ダイ様」
(オレはダイが好きだろうか?)
 昨夜、去る前にポップはラーハルトにこう話したという。
(嫌いじゃない、当たり前だ。好きだけど、ダイがオレを好きだと言ってくれてるのとは少し違う気がする……だってオレ、ダイをそーいう目で見たことないし。ダイがああいうことしたい、ってのはわかってたけど、どう考えたらそうなるのかわからなかったから逃げまくっていた。……でも、いざ押し切られたら、オレは抵抗しないと思うよ。この間はラーハルトが助けてくれて、ホッとしたけどさ)
「え……ちょっと待って! ポップは、以前からオレの気持ちを知ってたの!?」
 驚いてダイは叫んでいた。
「申し訳ありません、私が余計な真似をしたばかりに」
「い、いや、それはいいんだけどさ……」
 一体いつから気付いていたのか。それを思うと頬が熱くなるのを止められない。塔の中でくちづける前も、自分はポップにわかるほど邪な目で見ていたのだろうか。
 壮絶な自己嫌悪に陥ったダイを置いてラーハルトの話は続いた。
「私の見たところ、ポップもダイ様を厭うてはいないと思います。どうかダイ様、ポップを連れ戻してやって下さい。それが出来るのはダイ様だけです。あの陽気な男が、たった一人で友人もなく生きてゆくことに耐えられるとは思えません。他の世界では無理でも、アルキードならポップを受け入れてやれます。もともと、ポップがつくったような国なのですから! ダイ様もご覧になったでしょう、子供達がいかにポップに懐いていたか。私達は皆、彼を愛し、彼と共に生きることに喜びを感じるでしょう」
 司祭のようにラーハルトは宣言すると、じっと、黙っているポップを凝視した。
 ダイの邪魔をしないようにラーハルトは、待った。ダイが゛今度は必死に考えを巡らせていることに気付いたからだ。
 長い長い思索を終え、ダイはようやく口を開いた。
「オレはポップを探しに行くよ。ラーハルト」
 奇妙にさっぱりした声音だった。
「ポップの意志には反するかもしれないけど、オレはパプニカ王にはならないよ。……でも、代わりにオレはアルキード王になる。子供達の希望というなら、それは自分達の国の王の方がいいだろう? それに、いったん国が滅びたとはいえオレはアルキードの正統な王子だ。自分の国を継ぐのに何の理由もいらない。さあ、ふれを出そう。この勇者ダイが、アルキードの正統王位継承者として玉座に着くと」
 ラーハルトはある感動に満たされて頭を垂れた。
 この短い時間に、ダイはまたひと回り大きく成長していた。全ての問題を選択して一番良い結論を導き出す。
 王者の資質というものがあるなら、これこそがそうではないかとラーハルトは思った。
「はい。わが君……!」
 ダイの臣下となることを、ラーハルトは改めて心に誓った。


※ 再会 ※

 勇者がパプニカの姫を振り切ってアルキードへ入った、という事はすぐに世界中に広まっていった。
 それはもちろん放浪していたポップの耳にも届いた。
 出奔してから一ヶ月余り、あてもなく、あちこちの国をぶらぶらしていたポップは、カールのある町でその噂を聞きつけ当惑していた。
「何、やってンだ、あいつら……」
 ラーハルトがついていながら、とポップは腹立たしく思った。しかし、考えてみると自分の思惑通りではなかったものの、王となって子供達の希望にはなっているし、ダイもアルキードに来たがっていたし、レオナとの問題を除けばそう悪い状況ではないような気もする。
 いや、もうひとつあった──自分との問題が。
 ダイがアルキードに来たということは、イコール、レオナより自分を選んだということだ。
 ラーハルトは秘密を話したろう。ダイが知りたいと言うなら臣下であるラーハルトは逆らえない。
 それを知っても、まだ、オレを望むだろうか……?
 ポップには自信がなかった。これからどう行動すればいいかもわからなかった。
 アルキードに戻ってダイを受け入れるのか、こっそりとラーハルトにだけ会って事の次第を問い質すのか、それともパプニカに飛んでレオナの様子を見て来るべきか……ポップにはわからない。
 もちろん、このまま旅を続けるという選択肢もある。
 そんなこんなで、ポップはもう一週間以上もこの宿屋に泊まっているのだった。幸い、軍資金はこの前レオナのドレスを売っ払ったのを返さずに、しっかりと持って来ている。この程度の宿なら、半年居続けてもお釣りが来るだろう。
 溜め息をついてポップは寝台に腰かけた。
 一日中部屋から出ず、ただ泊まっているだけの客はさぞかし胡散臭いことに違いない。
 この部屋も明日には引き払おう。そこまで考えてポップは眠ることにした。考えなければいけない事が多過ぎて頭が痛い。
 ポップは眠った。夢も見ずに。

>>>2004/5/5up


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