薫紫亭別館


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 問題は、その、レオナだ。
 ポップはなんとなくアルキードに帰りがたく、徒歩でアルキードまでの道のりを行くことにした。
(ダイはもう全世界に向けて、アルキード王たることを宣言しちゃったって言うし……これでパプニカとの関係がこじれなきゃいいんだが、無理だろうなあ……。一度、パプニカへ戻ってレオナと直に話をしなきゃ。うう、ヤだなあ。誰か他のヤツにその役目を押しつけてやりたいが、アルキードって武人ばっかだしなあ。やっぱオレがやるしかないのかー)
 アルキードへ着いたらすぐにでも学校をつくろう、と、ポップは改めて心に誓った。
(それでも、ラーハルトはまだ話が通じると思ってたのにー。ラーハルトがついていながら呑気に即位宣言させやがって。まあ、ラーハルトはダイ様が一番大事な男だから、ダイの決定には逆らえなかったんだろうが……もう少し時流を読んで欲しかったなー。パプニカ王女との婚約まで決まってるヤツを、アルキードのトップに据えてどうするよ。さーて、どうやって誤魔化すかなー……)
「ねえポップ、なに考えてるの?」
 無邪気に脳天気に隣を歩いているダイが問うた。
(オレって苦労してるよなー……)
 横目で冷たくダイを睨みながらやけに冷静にポップは思った。
「おいダイ、帰ったらすぐにパプニカとの調停の場を設けるからな」
「なんで?」
「おまえ、レオナをほったらかして来ただろ? レオナ、絶対カンカンに怒ってるぞ」
「あ、うん……それは。やっぱマズい?」
「マズいに決まってンだろーが、このあほうがっ!!」
 ついにキレてポップは怒鳴った。
 ダイに限っては、二年間の帝王教育もまったく、ひとつの成果も上げていないらしかった。
 教師の連中に同情する。
「いいか、ダイ。おまえはレオナの婚約者だ。つまりどちらかっつーとパプニカ側の人間だ。いくら自分でアルキードの王子と名乗ったって、証拠なんかどこにも無いしな。でっちあげと取られたっておかしかないが、アルキードは一度滅びてるし、残った土地もあんなだから誰も文句は言わない、だろう。多分。おまえには世界を救った勇者という肩書きもあることだし」
 ポップは言いながらきちんとダイの方に顔を向けて、
「でも、やっぱ……レオナの気持ちのが問題だよな、うん。あんなにおまえが好きで、おまえに惚れぬいてる姫さんを、振った……ことになるんだから。オレ、すっごく顔を合わせづらいよ。おまえとあんな関係になった後で、どうやって姫さんを納得させろって言うんだよお」
 珍しくポップが弱音を吐いた。
 ダイはポップを安心させるように豪快に自分の胸を叩いた。
「大丈夫だよポップ! 何があっても、ポップを悪く言うヤツは許さないから! オレがちゃあんと守ってあげる、大船に乗ったつもりでいてね!」
「何かズレてんだよなあ、おまえは……」
 そういう問題じゃないと、どう言えばわかって貰えるだろうとポップは頭をかかえた。


 しかし、そんな行き違いも夜になればとろけるような甘さに変わる。
「……ふ……。あ、ダイ……」
 夜の中で、ポップの声はよく通る。
「ポップ……」
 好きだよ。声に出さない声でダイは思う。ずっと好きだよ。そばにいるよ。
 そばにいたいよ。いさせてよ。
 ダイはポップの胸に耳をあてた。
 とくん、とくんと、熱くポップの鼓動が脈打っているのが聞こえる。この体が、もう生命活動を行っていないなどとは、とても信じることは出来ない。
 いや、活動は行っている。
 限りなく死に近く。
「んあ……っ!」
 激しく突き上げられてポップが悲鳴をあげる。
 草むらに横たえさせて。ダイはポップを抱いている。
(好きだ……!!)
 何度そう思ったかわからない。顔だけを見れば万人がレオナの方を美しい、と言うだろうが、ポップにはそれを上回る愛敬とでも言うべきものがあって、それがダイを惹きつけるのだ。
 『純粋』という魂の色を持つダイは、人を容姿で選ぶことは無かった。それが性別すら超えてしまうとはさすがに思わなかったが、自分の心に嘘はつけない。
「あ、ポップ……もう少し待って」
 一人暴走しかけたポップの欲望を押さえてストップをかける。
「やあ……っ!!」
「愛してるよ。一緒に行こう」
 子供のようにいやいやをするポップに、ダイはもろに煽られて指の力を緩め、二人は同時に達した。


※ 会見の裏側 ※

 勇者がアルキードの王を宣言したのに呼応して、大魔道士もそれに準じたというのが大方の諸国の見方だった。
 もちろん実情はそうではない。アルキードが復興したことにさえ諸国は気付いていなかったし、それにパプニカで要職に着いていたポップが尽力していた事を知る者さえいなかった。つまり勇者の方が大魔道士を追っていったことに、気付く者はほとんど皆無だった。
 しかし……ここに薄々、感付いている者がいる。
 パプニカの王位継承者、レオナは自室で爪を噛みながら考えていた。
(裏で糸を引いていたのはポップ君だわ。ポップがいたから、ダイ君はパプニカを出て行ったんだわ)
 よく考えれば、今までも色々と思い当たるふしがあった。
 どうしてダイは、家出する時ポップを誘った?
 何か不満があるなら、その環境を作り出している自分に言えばいいではないか?
 何故、ポップは家出から戻ってすぐに魔道士の塔の長の辞退を願い出た?
 その時に何かあったのではないか。それは色恋沙汰だけで起こった単純な問題ではなかったのだが、結果的には驚くほど真実に肉薄していた。女性特有の勘でレオナは思った。
 ダイはレオナとパプニカではなく、ポップとアルキードを選んだのだ。
(ダイ君はもう戻って来ないでしょうね……それでも、私がダイ君を好きな気持ちは変わらないから、婚約解消だけはしたくないのだけど。でも、国の重鎮達は決して許さないでしょう。パプニカの顔に泥を塗った勇者達を)
 例え相手が勇者でも、パプニカの重鎮として引けぬ所はあるのだ。
 これがそうだった。
 ダイにしてみれば、同じ王になるなら気心の知れたラーハルトやクロコダインが助けてくれる、アルキードに行きたくなる気持ちもわからなくはない。レオナは思った。
(私はダイ君が好き……大好き。でもダイ君は私よりポップ君を選んだ。そして私はダイ君よりパプニカの国を取る。わかっていたわ。いつかは……こうなると)
 まさか直接引き金を引いたのがポップの存在になるとは思わなかったが、この国はどこか、ダイには似合わないとレオナは知っていた。ダイは遅かれ早かれ、いつかはパプニカを出て行くだろうこともレオナは感じていた。
(ついに来たのね……その時が)
 レオナは決然と立ち上がり、強い足取りで閣議を開くべく部屋を出た。

>>>2004/6/22up


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