※ 永遠の恋人 ※
「なるほど。婚約は取り消さずに成人と共に挙式して、子供にパプニカを継がせるのか。それが一番いい方法だろうな……オレ達としてもレオナとしても。そうすると、俗に言う通い婚、というヤツになるのか? ダイはアルキードの王だから、パプニカに婿養子に出させるわけにはいかないぞ」
クロコダインの冗談に皆はどっと笑ったが、ポップだけは一人肘をついてぶすくれていた。
(結局そーいうことになるんだなあ)
ダイは他にも色々と報告をしている。
それを聞きながらポップは憮然としていた。
(ああオレの今までの苦労は一体……結局レオナとくっつくんなら、最初っからそーしとけばいいものを。そのつもりでオレは身を引いてたっつーのによー、見つけ出されて何もかも済まされちまった後でそんな報告聞いたって、オレは嬉しくも何ともないぞ!)
ポップは頭痛がすると言って、会議が終わるととっととその場から撤退した。
後の面々も出て行って、ダイとラーハルトだけになると、ラーハルトが言いにくそうに呼びかけた。
「ダイ様……今のお話は……」
二人の関係を知っているラーハルトにも、この話は納得出来ない事だったのだろう。声に非難の調子がある。しかしダイは、わかっているよとでも言いたげにうなずいて、
「聞いての通りだよ、ラーハルト。どうして……って言いたそうな顔だね。でもこれは必要な事なんだよ、ポップにとっても。オレはポップを愛してるし、ポップのつくりあげたこの国も愛してる。だから、ポップも、アルキードも、オレの全身全霊をかけて……守る」
その力強い言葉に、ラーハルトもダイの決意を感じ取って黙って退いた。
ダイはポップを追いかけて外へ出た。
「ポップ!」
ポップは振り向かない。振り向かない。
「ポップってば!」
振り向かずにポップはずんずん歩く。いつのまにか、二人は未だに滅亡した時の以前の名残りを感じさせる、切り立った崖の上まで来ていた。
「ポップ……」
ふいっと更に横を向かれる。相当怒ったらしい様子にしかしダイはひるまずに、
「ねえポップ。話を聞いてよ」
「もう聞いたよ。おまえは姫さんと結婚して良かったな。アルキードの行く末もパプニカの体面も保てて万事オーライだ。だーから最初っからオレが言ってた通りにしときゃ……ってのは今更だから言わねえよ。でも、こうなったからにはオレとの関係は解消してもらうぞ。おまえは姫さんを選んだんだし、オレには元々、あーいう趣味は無かったんだからな」
ポップの言葉に頓着せず、ダイはポップの手を取った。
「……離しやがれ!」
当然のように怒ったポップが振りほどこうとするが、何せ力の差が有りすぎる。
代わりにポップは得意の舌鋒を披露した。
「おまえはいつもそうだ。ヒトが理性的に系統だてて話してやってるのに、全然耳に入れずに好き勝手行動しやがって。またそれが正しいのが腹立たしいよな。離せよ。オレはもう、おまえに指一本も触れられたくなくなったんだよ。心配しなくても仕事はするよ。ただし、おまえじゃなくアルキードの子供達の為にな」
ポップが怒っている。
怒りで頬が赤く染まっている。どこかで見た、とダイは思った。思い出した。これは、あの時見た赤と同じ色だ。塔の中で、自覚するより先に体が動いていた。君にくちづけたい。
……殴られた。
掴まれていない方の手で、ダイは勢いよく殴られていた。
その瞬間状況を思い出したが、これで何回殴られたんだろうとダイは可笑しくなった。
「……まったく、オレをこうまでぽんぽん殴れるのはポップくらいだよ」
「それだけの事をしてるだろうが。ほら、離せよ。調子づくのもいい加減にしろよ」
「調子づいてなんかいないよ」
もう片方の手もつかまえて、自分の腕の中に囲いこむ。
「こ……これのどこが調子づいてないって!?」
うろたえるポップを、くすくす笑いながらダイは更に抱きしめた。
「愛してるよ、ポップ」
「信じられるか! うるさい、離せっ!」
じたばたする体を封じこめる。
「ポップ……怒ってる?」
「当たり前だろ! オレは、二股なんかまっぴらだ。オレは大丈夫なんだからな。始めから、おまえと姫さんをくっつけたらそこから消えるつもりだったんだか……」
最後まで言い終えることは出来なかった。
ダイが、凄い力で肩を掴みしめたからだ。
「痛……っ、ダイ……!」
ダイはぱっと手を離した。ポップが岩の上にへたりこむと、ダイはさっき掴んだばかりのその肩に手をかけて、
「すぐに戻ってくるからここ動かないで! いいね、約束だよ!」
ポップの了承も得ずダイは走り去った。
いささか茫然としながらポップはその背を見送った。ダイのペースに嵌められていることを自覚する。今度こそ厳しくしないと、と思いつつ、何故かいつもダイに押し切られてしまっているのだ。今回もそのパターンだ。
そして本当にダイはすぐ戻ってきた。片手に、『ダイの剣』を携えて。
よっぽど急いだのだろう、珍しく息を切らせたダイは戻ってくるとポップの足もとに膝をついて、
「………!?」
ダイは、ポップの長衣の裾にくちづけていた。
「ダ、ダイ!?」
「求婚の作法はこれでいいんだよね? ポップ」
「あ、ああ。……ってちょっと待て! それは男と女の場合だ! 大体、おまえはレオナと結婚するんだろーが!!」
至極もっともなことを述べるポップの、本来はドレスの裾だが代わりにダイは長衣を握りしめて、
「……うん。体は確かに。でも、魂はポップに」
そう言って、ダイは今持ってきた『ダイの剣』をポップに捧げた。
「これをポップに。オレが死んで、この世からいなくなってしまっても、いつもポップを守れるように」
「死んで、ったって……ダイ」
ポップは絶句した。
ダイは知っているのだ。
そうだろうとは思っていたが、ダイが何も言わないので聞きそびれてしまっていた。
どうあってもダイには知られたくなかった秘密、もう人ではなくなってしまった肉体。
二人の間に沈黙が流れた。
それを破ったのはやはりダイだった。
「……知ってる。ラーハルトに聞いたから」
ダイはゆっくりと立ち上がると、
「だからこれをあげる。この剣は、オレの為に生み出された、オレの分身だ。生きてる間はオレが守る。死んだら……オレの魂はこの剣に依り憑いて、永遠にポップを見守る。だから……貰って」
ポップの手にダイの剣を押し付けた。
「……駄目だよ。こんな、この剣は、アルキードの国宝とでも言うべき剣じゃないか。見守るのはオレじゃなくアルキードだろ。王様ならそこまで考えろよ」
剣を返そうとするポップにダイは言い募った。
「だからレオナと婚約したんじゃないか。王様として、アルキードに一番良かれと思って行動したんだよ。アルキードを見守るのはオレとレオナの子供達の役目だし、パプニカと縁続きになっておけば、いざという時には後ろ盾になってくれるだろうし。……いいんだ、レオナもその辺りのことは全てわかってて、オレと婚約したんだから! ポップは何も気にせずに、この剣を貰ってくれるだけでいいんだよ。そうしたら、オレが守るから。ずっと……一緒にいるから」
そこまで言うとダイは言葉を切った。
突然、ポップの目に大粒の涙が盛り上がるのを見たからだ。
「ど、どうしたのポップ!?」
「……え? あれ? オレ、泣いてンの!?」
ごしごしとポップは顔を拭いた。
「うわ、カッコわりぃ。……どうしたんだろ、オレ。悲しくもなんともない筈なのに」
なんとも……なくはない。
この感情は、
──嬉しい。
「嬉しい……嬉しいのかな、オレ? え、でも、そんな嬉しい事なんかあったっけ……?」
ダイは、勢いよくポップの頬を両手のひらで包みこむと、こちらを向かせ……にこりと笑った。
「あったんだよ。ポップは、オレの今の言葉が嬉しかったんだよ。オレも嬉しい。ポップが、泣くほど喜んでくれるとは思わなかったから。だってポップ、体は許してくれるけど、ポップの口から好きだとか愛してるとか、言ってくれたことが無かったから」
ポップは目を見開いた。
「え……そ、そうだったっけ!?」
そういえば無かったような気がする。
「そうだよ」
ひどく面食らっているポップにダイは苦笑しながらキスをした。
またやられた、とばかりポップは口を尖らせたが、もうここに来た時のように怒ってはいなかった。
「なあ、ダイ。ラーハルトから聞いたっていうなら回りくどい説明はしないけどよ……オレ、人間じゃないぞ。いいのか?」
「それを言うならオレだって人間じゃないよ」
竜の騎士。
「ううんそうだったなあ。いや、そーいう意味じゃなくてさ。オレがこうなった事について、もし、おまえが責任を感じてレオナよりオレを選んだのだとしたら……」
「……ポップ! オレがポップを好きだと自覚したのはラーハルトに教えられる前! それとこれとは関係ないよ!」
ダイはきっぱり否定した。
「えーっと、それじゃあ……」
「ポップ」
ずいっとダイは顔を近づけて、
「何かヘンだな。ポップはそんなにオレが嫌いなの?」
「ち、違うって! そんなんじゃなくて……」
「何?」
まっすぐに見つめられて、だからポップは何も言えなくなる。
「えっと……つまり……」
いたたまれなさにポップはいきなり逃げ出した。
手に、しっかりとダイの剣をかかえて。
「……ポップ!」
ダイの声が歓喜に色づいた。
ダイの剣を抱き締めて、ポップはダイを振り返る。
これがオレの気持ち。オレの今の想い。
オレ達はいつまでもずっと一緒だ、ダイ。
この想いを何というかは知らない。ダイが愛だと言うなら、それもいいだろう。
「貰うぞ、ダイ。後で返せと言っても返さないからな。そこんとこ気ィつけて喋れよ」
「言わないよ」
ダイは即答した。
「……『この誓いは唯一にして正統なものです。それからそれに背くものは神の罰を受けるでしょう』……ようし、これでポップはオレのものだよ! オレは、ポップを永遠に愛するよ!」
結婚の祝詞を高らかに唱えてダイは誓った。
>>>2004/9/18up