薫紫亭別館


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 次の壁外調査は一ヶ月後と決まった。
 それに伴い、リヴァイも全体練習に参加する事になった。
 リヴァイはエルヴィンと同じ班にはならなかった。リヴァイが配属されたのはカスパルという、四十絡みの比較的温和な班長の下で、歩く爆発物のようなリヴァイと同班になってしまった者は己の身の不運を嘆いたが、意外や、リヴァイは騒ぎを起こさなかった。
 どころかかなり優秀だった。
 作戦への理解も的確で、周りの反応を見ながら、開いた穴を埋めるように動く所がある。
「結構うまくやってるみたいじゃん」
 ヒュウッ、とハンジは口笛を鳴らした。そうだな、とミケも同意する。
 最初、エルヴィンにハンジは聞いたのだ。
「貴方がリヴァイを手放すなんて思わなかった。まあ、貴方はキース団長の側近だし、見習いに毛が生えたような新兵と同じに出来ないのはわかるけど、それなら私とミケの班にすれば良かったのに。そうしたら、私とミケでフォローしてあげられたのに」
「だから、リヴァイは子供じゃないと何度言ったら……まあいい。リヴァイもいつまでも、私や君やミケの後ろに隠れている訳にはいかない。リヴァイには他の団員とも連携して、これからの調査兵団を盛り上げて貰わなければならないからな。でなければ連れてきた意味がない」
 エルヴィンがさらりと吐いた最後の言葉をハンジは聞き逃さなかった。
「意味、って……」
 エルヴィンはそこで会話を切り上げて、さっさと自分の仕事に戻っていった。
 ボランティアな筈がないとは思っていたが、もう少し後ろ暗い事情がありそうだ。ただ、ここで突ついた所でたぶん誰の得にもならない。触れてはいけない、という事はあるのだ。
 ので、ハンジは黙ってリヴァイの活躍を見守る事にした。
 班は大体五、六人で構成されている。四肢を狙って足止めする者と、うなじを削いでとどめを刺す者。
 リヴァイはすぐにとどめを刺す者に抜擢され、模擬戦ではあったが、ダミー巨人の首をバンバン削いでいた。無責任に外野から声援を送るのは楽しい。
 持久力、耐久力も並みではないらしく、皆がへとへとになって休憩する間も平気な顔をしている。
「カスパル班長」
 リヴァイは自分の班長に声をかけ、許可を貰うと、何処かへ歩いていった。
 すぐ戻って来た。手に、大きな水桶を持っている。
「ホラ飲め。水分摂らないとぶっ倒れるぞ」
 リヴァイは水桶に直接ぶち込んできたコップに水を汲んで皆に配った。
「あー、いいなーっ。リヴァイー、私もー!」
 羨ましそうにハンジがねだる。
「コレはウチの班に汲んできたヤツだからな。余ったら考えてやる」
 リヴァイの返事は素っ気ない。
 こんな調子で半月も経てば、最初は腫れ物に触るような扱いを受けていたリヴァイも、少なくとも同じ班の者には受け入れられた。相変わらず口数は少ないが、無愛想だが、まあ、こんな奴がいてもいいか、位の空気にはなっていた。
「リヴァイー、こっちだ」
 いつものように水浴び後に食堂にやって来たリヴァイは、同班の団員に呼ばれて席に着いた。もう、エルヴィンがいなくとも一人で食事を摂る事はない。ハンジとミケは、子供が独り立ちしたような安堵と寂しさを感じながらも、リヴァイの為に喜んだ。
 それが面白くない者もいる。
「おい」
 バルトだ。顔には出さないが、またか、とリヴァイが考えているのがわかる。
「模擬戦で幾ら派手に活躍しても、実戦で通用しなきゃ意味がねえんだからな。調査兵団では生きて帰ってきて一人前、というのを忘れるな」
 よせよ、と同班の団員がリヴァイをかばう。彼は確か、エミールという名前だ。
 赤毛のエミールはわざわざこちらの卓までやって来たバルトからリヴァイを隠すように立ち、
「いい加減にしろよ。リヴァイに才能があるのは事実だろ。新入りにあっさり抜かれて悔しいのはわかるけど、素直に認め、協力するのも調査兵団の兵士として必要な資質だと思わないか? バルト」
「お前はこのチビと同じ班だから、そんなヌルい台詞が言えるんだ、エミール」
 バルトは激昂して言い返した。
「忘れたのか、コイツは俺の目を潰そうとしやがったんだぞ!? ミケだって同様だ。たった二週間や三週間そこらでそれを忘れて、コイツを神格化出来るお前等の方が俺には理解出来ねえよ」
 いや俺の場合は……、とミケが何やら説明しようとするが、誰も聞いていない。
 食堂内に動揺が走る。それもそうだ、と言い出す者もいる。
「いい。エミール」
 尚も言い募ろうとするエミールを制してリヴァイは立ち上がった。
 薄い灰色の目は何処かガラス玉じみている。その目がバルトを見た。バルトは反射的に一歩下がろうとするのを踏みとどまった。リヴァイは自分よりもう少し上にあるバルトの顔を見上げながら、聞いた。
「ひとつ質問したいんだが……俺はてめえに何かしたか? 正直余り接点が無いんだが……」
「ふざけてんのか!? もう俺にしたこと忘れたのかよ!?」
 バルトの反応は当然だが、リヴァイは不思議そうに首をかしげた。
「いや、だからその前。俺の記憶では、俺がハンジとミケと普通に談笑していた所に、てめえが絡んできたんだが……。初対面の奴が勝手に怒って、馴れ馴れしく人の肩に手ェかけやがったら、ついぶん殴りたくもなるだろう。あン時はちょっと手が塞がってたから、結果的にああなったんだが」
 リヴァイ的にはアレは不可抗力だったらしい。
 狙って目を潰すつもりはなかった、悪かったな、とリヴァイは形だけ頭を下げた。なんとなく日常的に、普通に暴力のある生活を送っていた事が窺える。ミケはもしかして正面から、匂いを嗅がせてくれと頼んでいれば、首を絞められるまではなかったかもな、と今更ながら思い当たった。
 もちろん、そんな薄っぺらい謝罪でバルトの気が済む筈がない。
「今頃謝っても遅えよ! 謝るなら、エルヴィンが戒めた時に言えよ!」
「ああ」
 リヴァイは腑に落ちた、という顔をした。
「てめえが気に食わないのはエルヴィンか。で、エルヴィンが連れてきた俺も気に入らない、と。あの紳士然とした坊ちゃんヅラにむかつくのはわかるが、俺に当たるのは筋違いだ。喧嘩なら、エルヴィンに売ってくれ」
 図星だったらしい。バルトは顔色を赤くしたり青くしたりしながら、
「うるせえ、今はエルヴィンよりお前にむかついてンだよ、リヴァイ! 毎度水浴びして清潔アピールしてる所も、これ見よがしなシャンプーボトルも、お上品ぶったスカーフの巻き方も何もかも! 俺は騙されない、お前が幾ら訓練で実力を示そうと、本番で命を預ける気にはなれない」
「俺は俺の班の奴等を守るから、その心配はするだけ無駄だ。俺はてめえに頼らなくてもたぶん生き残ると思うから、俺の心配はしなくていいぞ」
 ぎりっ、と音がしそうなほど唇を噛み締めてバルトは足を一歩踏み出した。
 リヴァイも同じだけ後退して距離を測りながら、
「何だ、やるのか!? 軍隊ってのは、もう少し秩序立ってる所じゃなかったのか」
 落ち着け、とエミール他リヴァイと同じ班の者が、リヴァイとバルトの間に割って入った。
 同じように、バルトの後ろにもバルトと同班らしき団員が着く。これでお互い手が出るような事は無くなったが、二人の舌戦は止まらない。
「大体、訓練兵団も卒業してない奴が、何で調査兵団に入れるんだよ! 不公平だろ。コネと実力があれば全て許されるのか!? そんなのおかしいだろ」
「世界が公平ではない事くらい、当たり前だろう。その歳まで生きてて、ンな事も知らなかったのか!?」
 正論だが、リヴァイも言い過ぎだ。
 周りのやじ馬が、バルトの意見に傾き始めている。
「ちょっと……エルヴィンを呼んできた方がいいんじゃない?」
「それが最善策だろうが、間に合わん」
 ハンジとミケは、いざという時に飛び出せるよう体勢を整えた。
「黙れ! 不公平だからこそ、是正される必要がある。露骨なマンツーマン指導は終わったようだが、すぐとどめを刺す役に任命されたのも胡散臭い。まずは足止め役として、下積みを積むべきじゃないのか」
「こっちの班の事に口を出すな、バルト」
 これはエミールだ。
「カスパル班長の命令にリヴァイは従っているだけだ。俺達だってバルトが言っているような事を、考えなかった訳じゃない。だが一緒に訓練して、リヴァイに任せるのが一番いいと、俺達も納得したんだ。リヴァイへの侮辱は俺達への侮辱だ。撤回しろ、バルト」
「………!」
 リヴァイが目を丸くした。
 猫が驚いて瞳孔を大きく開くのに似ていた。
 背後からエミールを見上げ、こっそり様子を窺うのも、どことなく猫を思わせた。
「――断る。俺だって、根拠もなく因縁つけてる訳じゃない」
 多少冷静さを取り戻したのか、バルトはエミールの後ろのリヴァイを指差しながら、
「……そいつの素性は怪しすぎる。ついこの春まで訓練兵だった奴等に聞いてもリヴァイ、なんて奴はいない。同郷もいない。リヴァイの実力は俺も認めてる。が、それだけの強さなら、噂くらい聞いた事があってもいい筈だ。スカウトなら特にな」
 さざ波のように賛同が広がる。
「エルヴィンの紹介、というのもおかしいと思ってる。悪いが正直、知り合う機会が無いように見える。歳だって、俺には多めに誤魔化してるとしか思えない。疑い始めるとキリがない――何もない、と主張するなら、出身地を言ってみてくれ。そうしたら、俺も心からお前に謝ろう」
 真摯にバルトは言った。リヴァイは目を伏せ、
「……歳とか出身地とか、そういうものが巨人討伐に必要とは俺には思えない。重要なのは今だと思うからだ。てめえはそれでも、知りたいと聞くのか」
 そうだ、とバルトは答えた。バルトももう後には退けないのだろう。
 ちら、とリヴァイはエミール達同班の面々を見た。
 エミール達にも興味のある事なのだろう、頷いて、リヴァイに返事を促している。
「――わかった」
 リヴァイは諦めたように息をついた。
「教えてやる。別に隠してた訳じゃない。エルヴィンに口止めされてただけだ」
 まずい。この成り行きは。ハンジはエルヴィンとの会話を思い返す。
 だから、聞かなくても、言わなくてもいい事はあるのだ。その方がいいのだ。絶対に。
「やめなよリヴァイ! 口止め、って事は命令なんでしょ!? 命令違反だよ!」
 ハンジが必死で制止した。リヴァイが口を開く。間に合わない。

「――俺は、王都の地下街出身だ」

>>>2013/7/19up


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