……言っちゃっていいのかな、とドクトル・アントンは三つ子のウーラ達の顔を見た。
ウーラ達は頷いている。
「えーとね。リヴァイ、ちっちゃく見えるけどあれで立派な成人男子なんだよ。確か二十六、七歳じゃなかったかな? 君達と同い年なんだよね、ウーラ」
「そうよ。あたし達が売られてきた時、俺とタメだな、ってリヴァイ言ってたもの」
少しずつウーラ達は話し始めた。
リヴァイはウーラ達が売られた娼館の娼婦の子供だった。
もともと生理不順だったリヴァイの母親が妊娠に気付いた時には遅く、彼女はそのままリヴァイを産んだ。リヴァイと同じく小柄で、痩せっぽちだった母親はその時死んだ。女の子ならともかく、男では使い途がないと殺されそうになった所を、娼館の出納係が自分が育てるから、と引き取った。
「貴族崩れの、品のある人だったわよね。顔はわからないけど」
「そうそう。怪我か病気か知らないけど、いつも顔に包帯を巻いてマスクして、帽子を深く被ってた」
「それで疎まれて、地下街に流れて来たんだって、もっぱらの噂だったわ」
リヴァイがいつも首にスカーフを巻いてるの、その人の影響なのよね、と彼女達は語った。
そういえば、地下街なぞにいる割には、リヴァイの言動には下卑た所が感じられない。口は悪いが、育ての親が上流階級だったというなら、納得がいく。あのスカーフにそんな理由があったとは、とエルヴィンはリヴァイの首にきっちり巻かれた、着ている衣服からは少々アンバランスにも見えた、上品なタイ姿を思い起こした。
「その人がタイを巻いていたのは多分、首にも傷があったからだと思うんだけど……リヴァイ、その人が大好きだったから。赤ン坊の頃から育てて貰って、読み書き計算を教えてくれて、妙な真似をしようとする周りの大人から守って貰って……結構恵まれてたと思う。孤児としては」
「自分が守って貰ったせいか、リヴァイ、自分もあたし達を守るんだ、って燃えちゃってて。正直あたし達はふーん、て感じだったんだけど、それで娼館の用心棒、荒事専門の男の人がいるんだけど、その人達に喧嘩とか格闘術とか習い出して。リヴァイを育てた人は自分と同じ、出納係にしたかったみたいなんだけど。金勘定が出来た方が重宝されるし、安全だという事で」
「用心棒の人も、根は悪い人じゃなかったみたいで、ちゃんとリヴァイを鍛えたのよ。用心棒の人も何人かいたけど、それぞれ、自分の得意な荒事を教えるって感じで。リヴァイは雑用の合間に稽古をつけて貰って着実に腕を上げていったわ。基礎はちゃんと出来ていたのよ」
リヴァイが強いのはまぐれや偶然じゃないのよ、とエルヴィンに言う。
ウーラ達は沈痛な面持ちで声を低めた。
「あたし達がいた娼館は、レベルで言えば上の下、って所で……客層も、そこまでひどくはなかったの。あたし達は三つ子で、三人同じ顔が売りだったから、三人分まとめて払える客じゃないと相手にされなかったし」
「でも所詮は娼婦だから、使い捨てにされても文句は言えないんだけどね」
「金さえ払えれば大抵の事は許される、って場所だったしね」
それで……どこかのお大尽のお貴族様が、リヴァイを見初めたのよ。
三つ子は更に声を低くした。
お忍びという事で、普段は客には絶対に通らせない裏口を使わせて。
――そこから裏庭で、いつものように稽古をつけて貰っていたリヴァイを見た。
「気に入った、らしくて……男の子でも構わないからってゴリ押しして。ウチは女の子専門だったのに、金を積まれて断れなくって……この辺の事は、リヴァイを縛った用心棒達に聞いたの。いきなりリヴァイの姿が見えなくなって、心配だったから」
「縛った?」
エルヴィンはおうむ返しにした。
「リヴァイ、あの時もうかなり強かったから……抵抗されて、客に怪我をさせる訳にはいかなかったんだと思う。そういう趣味の客の為に、ベッドヘッドは縄や鎖を括りつけられるようになってるのよ。そこに両手を括りつけて、猿ぐつわを噛ませて、足癖も悪いから、片膝だけ曲げて腿とふくらはぎを纏めて縛って……放り出されたの。客が好きに扱えるように」
「怖かったと思う。しばらくの間、人が変わったように怯えて、縮こまって……出納係の人の側から離れようとしなかったもの。出納係の人も、出来うる範囲でリヴァイを守って、庇っていたんだけど、そんなの続く訳ない。そのお大尽のお貴族様はリヴァイを気に入って、何度も買いに来た。類は友を呼ぶのか、そのお大尽のお仲間も、興味津々で買いに来たわ」
「リヴァイがお金になる、って館主が気付いた瞬間から、リヴァイは男娼になったの」
もう出納係にも、用心棒にもなれない。ただ搾取されるだけの存在。
自分達も同じ境遇だろうに、リヴァイに同情出来る彼女達をエルヴィンは気高い、と思った。
「……実はちょっとだけ、いい気味だ、って思っちゃったんだけど」
うん……、とウーラ達は顔を見合わせた。
「リヴァイ男の子だったから、それだけで客を取るのは免除されてると思ってたから。出納係でも用心棒でも、あたし達を管理する側になるのは変わらないし。ざまみろ、って思ったの」
「これで同じ立場になったって、あたし達、笑ってたの……でも」
いつの頃からか、リヴァイは男娼である自分を受け入れたらしい。
諦めたのか、開き直ったのかはわからない。が、もう縛らずとも暴れずに、大人しく要求を受け入れた。
そこから立場が逆転した。
遊び半分でリヴァイを買った貴族達は本気になり、しげく通ってくるようになり、普通は時間単位だが、一晩買い切りの客が多くなった。予約は殺到し、金額は膨れ上がり、あげくリヴァイに気が乗らない、と袖にされても人気が落ちる事はなかった。
そこがいい、と却って喜ばれたほどだ。
「貰ったお菓子とか分けてくれたのよね。服とかは貢いだ客を相手する時、着なきゃいけなかったから無理だったけど」
「そうそう。後、香水とか、シャンプーとか、少しくらい使わせてもバレないものは試させてくれたし」
「あたし達がヘマをして、折檻されそうになった時も、助けてくれたし。それくらいの口出しが通るくらいには、リヴァイは娼館には不可欠な商品になってたの。あたし達三人を合わせたより、リヴァイ一人で稼ぐ金額の方が多かったって、聞いたことあるし」
なんか腹立つけどねー、と少しだけ、以前の調子を取り戻してウーラ達は笑った。
すぐ真顔に戻り、
「でも……男の子が売れる時期は短いのよ」
「まあ普通は十五、六歳までだね。リヴァイ小さいから、あのままほっといても二十歳近くまではイケたんじゃないかと思うけど」
ここでドクトル・アントンが口を挟んだ。
「男娼にされたのは十歳の時だって言ってたっけ? それから、薬を打たれ始めたのが十五……」
「十歳!?」
思わずエルヴィンは叫んでいた。
幼過ぎないか。というか……出来るのか!?
己の思考の余りの下世話さに、エルヴィンは自分で嫌悪した。
「だから……、怖かっただろうって言ってるじゃない」
そう言うウーラ達自身は、もう少し歳が上になってから水揚げされたのだろう。十歳で売られたリヴァイへの同情と、僅かな妬みと、同じ商品になってからの親切への感謝と……三つ子がリヴァイへいだく感情は複雑だ。それは、他のリヴァイの女達も同じだろう。
押し黙ってしまったウーラ達の代わりに、ドクトル・アントンがそこからの経緯を話す。
「とにかく、そういう事情でリヴァイは売れっ子になった。らしい。リヴァイには本当に偏執的な、狂気じみた客がついていたらしいね。あの綺麗な少年体型が成長してゴツくなってゆくのを、惜しんだのも一人や二人じゃなかったらしい。ある貴族の手引きと、売り時を伸ばしたい店側の思惑もあって、リヴァイには薬が盛られるようになった。経口摂取で、少しずつ体を慣らしていったんだね」
「ま、待ってくれ。何の薬だか、話がよくわからないんだが」
混乱してエルヴィンは止めた。
ドクトルは鼻白んだようにつぶやいた。
「……成長を阻害させる薬だよ。そんなものがあれば、の話だけどね」
ある貴族が手に入れた薬を、店側は水や料理に混ぜ、様子を見ながら増やしていった。
リヴァイにも自覚症状はあったらしい。少しだるいな、とか熱っぽいな、程度の。症状が収まる度に薬が増え、それは約一年ほども続けられた。その周到さに、その貴族の執着の深さが窺える。
そしてある日、ついに直接腕に薬を注射された。
リヴァイは高熱を出して生死をさまよい、下がったかと思えば、また注射を打たれた。
「普通はそんな怪しげなもの、眉唾と思う筈なんだが……リヴァイの場合は効いた……ようだね」
「そ、そんな薬を打って……リヴァイが死んだらどうするつもりだったんだ」
意味がないじゃないか、とエルヴィンは取り乱した。
「死んでも良かったんだよ。リヴァイはあの顔と、体型だからこそ価値がある。育ってしまったら、もうそれはリヴァイではない。……その辺はシビアだよ。いくら売れっ子の人気者でも、結局は男娼、商品に過ぎないからね。成長が止まれば儲けもの、くらいの感覚だったんじゃないかな」
そんな事はない。
あの強さも、女達に慕われるだけの器量も、妙に細かい所まで気づくマメさも……、全て引っくるめてリヴァイだ。まだ会って半日と経っていないのに、エルヴィンはリヴァイを擁護したくなった。
「僕がリヴァイを診察するのは、薬の副作用を恐れるからだ。歳を聞いて驚いたよ。……理由はなかなか話してくれなかったけどね。このウーラ達が心配して、せっついて連れて来なかったら、今でもリヴァイは僕の診察を受けてないよ」
ドクトル・アントンはオーバーに肩をすくめてみせた。
眼鏡の奥の目は笑っていなかった。
……何だか色々な話を聞いた。
エルヴィンは隣で眠るリヴァイの規則正しい安らかな寝息を聞きながら思った。
「今日はあたしがリヴァイと寝ようと思ってたのにー!」
居間兼台所兼控え室の奥に据えてあるベッドはリヴァイのものだったらしく、日替わりで女達がリヴァイと一緒に寝ていたらしい。リヴァイの女達は十三人。ここに落ち着いた頃は二十人はいたらしいが、客との刃傷沙汰に巻き込まれたり、病気などでだんだんと数を減らしていった。
女達は何をするでもなく、リヴァイを抱きしめて眠る。
リヴァイがついに爆発して、娼館を壊滅させて逃げる時に一緒に連れてきた女達。客単価は少なくなったが、取り分は増えた。リヴァイは搾取しないからだ。
「……リヴァイね、今、なりたかった者になってるの」
出納係と用心棒。ウーラ達は話す。
「最初はみんな、まともな職に就こうとしたんだけど……娼館から逃げてきた娼婦上がりだって知られてるから、どこ行っても取り合って貰えなくて。下手したらその場で襲われるし。それくらいなら、と元の商売を始める事にしたの。変な客はリヴァイが潰してくれるし」
「でも、いつまでもこんな暮らしを続ける気はないのよ?」
「お金を貯めて、みんなでいつか地下街を出るの。地上へ出たら、どこか田舎の一軒家を買うわ。畑をつくって、鳥を飼って、自給自足の生活をしながらずっとずっと仲良く暮らすの。もうかなり貯まってる。後は、上で暮らす為のツテを探していたところなの」
――あなたを助けたのはその為よ、軍人さん。そう、ウーラ達は語った。
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