その手を離さない
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「風丸くん。おかわり」
「は、はいっ」
 差し出された空のグラスに、風丸は酒を注ぐ。手首は拘束されており、上手いように注げない。縄は締まって痛いし、痺れてくる。
「氷持ってくる」
 一人の男が立ち上がり、キッチンへ向かおうとする。だがテーブルが風丸を中心に囲まれて通り辛いので、遠回りをするはめになった。その際、風丸と豪炎寺が拘束されていた部屋を通り、鳴り続ける携帯の着信音に気付く。
「なんだあ」
 扉を開けて入り、二人の携帯を持って出てきた。
「風丸くん、風丸くん」
「はい?」
 男は風丸の前に立ち、携帯をぶら下げる。
「何度も鳴っているよ。きっと親御さんが心配しているんだね。適当な言い訳で安心させてやりなよ」
「え…………」
 風丸の顔が強張り、さっと血の気が引く。
 手の平を出すと二台の携帯が落とされた。酒を置き、両手でまず自分の携帯を開く。
 メールの欄には“円堂”の名が連なっていた。
「風丸くん」
 上から声が聞こえる。携帯を渡した男はまだ風丸を見下ろしていたのだ。差し掛かる影が脅しのように威圧を感じた。
「余計な事を書いたら駄目だよ。そうだ、送信は俺がやってあげる」
 隣に座り、風丸がメールを打つのを待ちだす。
「……………………………」
 指が震える。
 風丸はぎこちない手つきで、まずメールの内容を確認した。


 風丸。何かあったのか。急がなくても良いから、好きな時間に来てくれよ。


 円堂が直接話しかけてくれているような感覚。
 変わらぬ笑顔で、自分を待っていてくれている様子が浮かぶ。
「…………………………う」
 えんどう。
 心の内で呼んだ名が、最後の一文字だけ声に現れた。
 円堂。大変なんだよ。どうしたら良いのかわかんねえよ。
 心の内で円堂に助けを求めながら“ごめん。今日は急用が出来て行けなくなった”と、何でもないように振舞う返信を打つ。続けて“明日、この埋め合わせはするから”と、明日出会える希望を託した。
「出来……ました……」
 震え、裏返りそうになる声を懸命に抑えて、隣の男に携帯を渡す。
「ああ、お友達の家に泊まる予定だったんだ。好都合だったね。じゃ、送信」
 メールは送信された。
「じゃ、次。豪炎寺くんの分も送ってあげて。彼、取り込み中でしょ」
「……………………………」
 他人の携帯を弄るのは気が引けるが、仕方あるまい。
 風丸は豪炎寺の携帯を開く。彼の携帯もまた、何度もメールを受信し続けていた。
「…………………ん………」
 無意識に喉が鳴る。メールは豪炎寺の身内ではない。二階堂という人からだった。
 対応に困り、風丸はメールを順に開きだす。
「人の携帯は弄り辛いよね」
 男の声は風丸の耳には届いていない。
「……………………………」
 メールを読み進める内に、豪炎寺は二階堂の家に泊まる予定だったのだと知る。しかし二階堂という名前、どこかで心当たりはあるのだが思い出せず、風丸の頭を混乱させた。とうとう時刻がここへ連れて来られる前のものまでさかのぼり、その内容に眉を潜める。
 ウラゼウスとの試合、そして木戸川が偵察に来るらしいという事――――
 やっと風丸は気付いた。二階堂は豪炎寺が在籍していた木戸川清修の監督だ。
 わかったと同時に、次の疑問に突き当たる。なぜ明日は大事な試合なのに、木戸川の方まで泊まりに行くのか。
「あ」
 つい、声が漏れた。豪炎寺と二階堂が特別な関係だとすれば、合点がいく。しかしこれはかなり不味いのではないか。同性の円堂と隠れて付き合っている風丸自身も人の事はあまり言えないが。
 感情を必要以上に表さない豪炎寺の奥に隠された一面。酷く淫らなものに思えて、手に汗が滲んだ。整理のしきれない複雑な心中のまま、風丸は円堂に送ったような当たり障りのない返信を打つ。急用が出来て、来られなくなったと――――
「はい」
 男に携帯を渡し、送信されてしまう。これで風丸と豪炎寺を心配する者はいなくなってしまった。
「じゃ、これ君たちの鞄に戻しておくね」
 男は立ち上がるが、風丸は反応せず呆然と座り込んでいる。
 円堂に嘘を吐いた事、豪炎寺の携帯を勝手に開いた事、二階堂との関係を知った事、豪炎寺を装ってメールをだした事。仕方がなかったとはいえ、自ら豪炎寺を巻き込んでどうしようもない状況へさらに追い込んでしまった。
 すまない、豪炎寺。本当にすまない。何度も心の内で豪炎寺に詫びる。


 そんな風丸の様子を察した男が、四つんばいで近付き、声をかけた。
「風丸くん。顔色悪いよ、大丈夫かい」
「あ……っ……」
 反射的に顔を上げるが、声が上手く出せない。
「そうだ。君、全然飲んでないじゃん」
 男の声に、他の男たちが反応する。
「そういやそうだ。風丸くんも何か飲みなよ!」
「俺たちだけ飲んじゃ悪いもんな」
「さあさ、こっちこっち」
 起き上がらされ、テーブルの真ん中に改まったように座らされた。風丸は俯き、テーブルを見据えて男たちと目を合わせようとしない。
「何か欲しいものは?ジュースとかはどうだい」
「酒しかねーぞ」
「さすがに未成年に酒を飲ませるのは俺たちが犯罪者になっちまう」
「もう犯罪同然だけどな」
 話し合う男たちは勝手に盛り上がっている。
「水じゃ味気ないし」
「あ、そうだ。あるじゃん」
 かなり酔っている男が閃いたとばかりに人差し指をかざして放つ。


「ミルク!」


「たっぷりあるじゃねーかって、下ネタかよ!」
「いやー風丸くん、なかなか可愛い口しているからさ」
 男は下心に満ちた瞳で風丸の口元を凝視する。
「結構、イケるかもよ」
 ベルトのバックルに手をかけた。
「マジ?」
「やっちゃう?やっちゃう?」
 ニヤニヤと行動に出た男を眺める他の男たち。
「かーぜまるくん!」
 男は明るくおどけた声で風丸を呼び、テーブルに乗り出す。そうして膝立ちで前へ行き、髪を押さえて顔を上げさせた。
「!」
 上げた先には男の性器が突き出され、びくりと震える。
「喉が渇いただろう。俺100%のミルクを提供するよ」
 芝居を混ぜて言う背後で男たちが手を叩いて笑う。
「え……あ……?」
 風丸の表情は恐怖に染まり、口をぱくぱくと魚のように開いていた。
「フェラ知ってる?口で上手に銜えてごらん。歯は立てちゃ駄目だよ」
「……………………………」
 首を横に振り、下がろうとする。しかし、男二人が回り込み風丸の両脇を挟んで肩を押さえる。
「さ、学校では教えてくれない保険体育実習とでも思ってっ」
「……う……………う」
 顔を引き寄せられ、硬く紡がれた唇が男の性器の亀頭に触れた。息を止めている鼻の間から、酒を含んだ男の体臭が微かに流れ込んでくる。
「あ」
 後ろから押され、不意打ちで開かれた口の中に性器が銜え込まれた。
「ふ、……………う………っ!」
 口内で、肉が舌を掠め、不快な気持ちが身体を、脳を侵していく。もう息を止めるのは限界で、鼻の呼吸が男の陰毛にあてられる。
「ん…………ん………ぐ」
 両肩を押さえた男たちが風丸の身体を押して引いてを繰り返し、顎を動かさせて刺激を与える。
 唾液が絡み、ぐちゃぐちゃとした水音が間近で耳に届く。口の感触で性器の変容する様を悟り、覚悟の時を刻むようだった。
「…………く………う…………っ」
 飲み込めない唾液が口の横を伝い、テーブルに落ちる。ぱた、ぱた、と水のように流れた。
「く……っ……良いね……!」
 男は心地よさに喉を鳴らし、腰を揺らしだす。
 その動きはさながら性交のようだ。
「あ!出る出る!」
 風丸の頭を抱えて、性器を奥まで入り込ませ、欲望を一気に吐き出す。
「ぐ!ううっ」
 唾液を伝った跡を、白濁のゼリーがぼたぼたと通過して落ちる。
 喉にあたり、嘔吐感が込み上げるが、押さえ込もうとして首がひくついた。
「はー、風丸くん。よく出来ました」
 男は頭を引き離す。口の中を埋めていた性器がぬるりと取り出される。
 白濁の欲望を吐き出そうとするが、口を大きな手で押さえ込まれて塞がれた。手で覆われながら、風丸は喉だけで咳き込む。苦しさに涙が浮かんだ。口を伝って、鼻から性の匂いも充満する。
「……………っ……………っ……」
「風丸くん。ミルクなんだから飲んでくれなきゃ意味ないよ」
「酷ぇなあ」
 横の男が同情するが、目は笑っていた。
「さ、ゴックンしてみせて」
 恥辱を味あわせた男が顔を近付けて、飲み込む素振りをしてみせる。
「……………………………」
 風丸は必死で堪えていた。けれども喉は震え、口の中に溜まったものを飲み込みたがっている。
 ごくり。とうとう、呼吸をする動作で欲望を飲んでしまう。
 くっ、くっ。一度飲んでしまえば、連続して喉が動作する。もう、飲みきってしまうしかなかった。
「はい、おりこうさん」
 手がやっと離れる。風丸の唇は小刻みに震えていた。
「たっぷりと味わってね」
 頬を捉えられ、弾力ある肉を揉まれる。忘れたい味の余韻が広がった。
「あーあ風丸くん、お前のミルク不味かったってよ」
「可哀想になあ。賞味期限切れだったんだな」
 しかめられる風丸の顔を覗き込み、子供をあやすように慰める両端の男たち。わざとらしさが屈辱をさらに味合わされる。
「じゃ、別のミルク飲ませてやるよ」
 左の男が立ち上がり、前の男と交代した。
「冷や汗掻いているね」
 額の汗を軽く手の甲で拭ってやる。額に向いていた視線は下へ向き、風丸の制服の金ボタンに注目した。
「こうも密着すると暑いだろう。いったん脱ごうか。ああでも手首がこれだと脱げないか」
「こうすれば良いんじゃない」
 右の男が手首を解放させ、片手を取ったかと思うと、衣服越しに自身へ押し付ける。
 風丸の唇は完全に硬直しきっており、声が発せられないでいた。
「お前ら寄って集ってセクハラかよ。風丸くんは逃げないんだから落ち着いて扱えよ」
 後ろの方でソファにどっかり座って観察していた別の男が、酒を煽りながら言う。
「さて、俺も混ぜてもらうかな。人が嫌がる事をするの、好きなんだよね」
 褒められない趣味を口にする。酒を置いて立ち上がり、テーブルの方へ歩み寄った。
「や……やめ…………」
 口の動きと声がずれる。されるがままに学ランのボタンをはずされ、内側のシャツも一緒に脱がされた。
 肌が露出すれば嫌な笑いをされた。いやらしい視線は舌で嘗め回されるような怖気と不快感がする。
 両手に男性器を握りこまされ、口に銜えされて精を強制的に飲まされた。身体を虫が這いずるように触れられて、胸の突起を弄られた。


 もうどうでも良い。そんな思いが頭を支配していた。もう何も感じたくなかった。
 諦めではなく、絶望だった。
 閉じ篭ろうとする脳裏に、夕方の出来事を思い出す。
 自ら中断させてしまった円堂との口付け。
 こんな事なら、ちゃんとしておけば良かった。遅すぎる後悔は虚しい。


 豪炎寺はどうしているのだろうか。思いが浮かんでは消えるように、彼が気がかりであった。
 何もしてあげられない分、無事である事を、せめて自分より救いがある事を、願わずにはいられなかった。










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