夏祭り
- 豪炎寺side後編 -



 神社を目指す円堂と豪炎寺は話に花を咲かせていた。内容は縁日から近々行われる試合へ移行する。
「今度の試合だけどさ。フォーメーションを、こう……」
「……ああ、それは」
 相槌を打とうとした豪炎寺の瞳に、ある店の商品が目に止まった。
「どうした?」
 店へ歩み寄る豪炎寺を円堂は追う。
「これ」
 手に持って円堂に見せる。それは硝子の色合いが可愛らしい花瓶であった。
「綺麗だなぁ」
「夕香へのお土産を探していたんだ」
「へえ、良いんじゃないか」
「ああ」
 二人は頷き合い、後ろにいる二階堂と風丸に笑いかけようと振り返る――――。
「あ?」
 呟きが重なった。後ろにいるはずの二人の姿が見えない。
「まさか」
「はぐれた?」
 豪炎寺は花瓶を戻し、円堂と共に辺りを見回す。二階堂と風丸はやはり見つからない。
「歩くの早すぎたか?一本道だから戻ればきっと見つかるよ」
「そうだな」
 人の群れを掻き分けて、円堂と豪炎寺は行った道を戻る。
 円堂の言った通り、はぐれた二人らしき姿を見つけ出せた。
 だがしかし、二人の様子に暑さで火照った顔の熱が急に冷め行くのを豪炎寺は感じる。


 二階堂と風丸は二人並んで店の方へ身体を向けていた。
 並べられているのは色合いからいって、女物。雰囲気からして楽しそうに会話をしているように見える。
 二階堂の手が上がって――――飾りらしきものを――――風丸の頭へ添えた――――。豪炎寺の心と身体が衝撃で固まる。円堂の声で彼女は我に返った。
「風丸〜っ」
 二階堂と風丸の元へ向かう円堂についていく。二階堂はというと、能天気に“二人とも来たか”なんて言う。彼の様子に後ろめたさが無いのは安心できたが安堵した分、無神経さに苛立ちが込み上げた。
「二階堂監督、何をしているんですか」
 思い切り不機嫌な声が口から出た。とても嫌な気持ちが胸に渦巻く。
 けれども、二階堂の返事に豪炎寺は恥ずかしい気持ちになる。
「ああ。豪炎寺が妹さんのお土産を探していただろう?ここを知る風丸さんにアドバイスを貰って、良さそうな店を見つけたんだよ。それで風丸さんにもどうかと思って」
 二階堂は豪炎寺の話を覚えており、彼女の為に妹に合うものを探してくれていたのだ。申し訳なさに豪炎寺は俯いた。
「豪炎寺、どうした?」
 二階堂はきょとんとして、豪炎寺に近付く。
「ごめんなさい」
「なにが?」
「勘違いしていました」
「え?だから、どうした?」
「なんでもないです……」
 ちっとも豪炎寺の言いたい事がわからない二階堂に、彼女は首を振るう。
「そうだ豪炎寺、妹さんに花飾りはどうだ?円堂くんと風丸さんも選んでいるみたいだし、一緒に」
「そうですね……。私も探していて、あっちの方で可愛い花瓶を見つけて」
「花瓶か、良いな。先生も見てみたい」
 俯いていた豪炎寺が顔を少し上げ、上目遣いで見上げる。二階堂は微笑んで言う。
「行くか、豪炎寺」
「はい」
 こくん、と豪炎寺は頷く。円堂と風丸に声をかけて、二人と別れた。手を振ってくれる彼らに見えなくなるまで豪炎寺も手を振った。
「さて、その店はどこにあるんだ?」
「こっちです」
 豪炎寺は明るい声で二階堂の手を引く。そこには先程の落ち込んだ雰囲気はない。
 花瓶を見つけた店に行き、気になっていた柄のものを手に取って見せる。
「良いんじゃないか。きっと妹さんも喜ぶさ」
 二階堂の瞳は花瓶を見ずに、豪炎寺の瞳を見据えていた。そこに監督が生徒に向けるものでは無い男性的な色を感じ、豪炎寺は一瞬目を丸くさせる。
「じゃ、じゃあ、これにします」
 購入し、花瓶を抱き締めるようにして歩いた。二階堂が“持つよ”と言うが断った。
 神社へ着いてお参りをし、二人は薄暗い夜道を並んで進む。






「豪炎寺。賑やかで楽しかったし、良い買い物できて良かったな」
「はい」
 頷いて頭を上げれば、二階堂の手が触れてきて何かを載せられた。
「?」
 何かと手に取る。軽い感触がしたそれは、花飾りだった。
「二階堂監督、これ……」
 思わず二階堂に振り向く。彼は決まり悪そうに頬を掻いて視線をそらす。
「いや……お前の普段の髪型には不似合いだし、サッカーには邪魔かもしれないが……。妹さんばかりじゃなく、お前にも思い出を作ってやりたくて、その、俺から……」
 ぶつぶつと歯切れの悪い言い訳を吐いた。けれども豪炎寺には理由よりも事実がとにかく嬉しい。
「有難うございますっ。大事にします」
「安物だぞ」
 呟く二階堂だが、豪炎寺はにっこりと満面の笑みを浮かべて花飾りを髪に付けた。笑顔を見せるのは得意では無いのに、自然と笑う事が出来たのだ。
 駅へ続く道と豪炎寺の家への分かれ道で、豪炎寺は立ち止まる。
「二階堂監督……私の家、こっちなんです」
「そうか。送っていくよ。夜道は危ないし」
 二階堂は進行方向を変え、豪炎寺と共に彼女の家を目指した。
 豪炎寺は無表情ながらも心中は浮かれている。なにせプレゼントまで貰い、送ってくれまでして、尚且つ二人一緒の時間が延びた。喜ばないはずがない。
 そのせいか、つい強がりをしてしまう。
「監督は心配しすぎです。夜道なんて、何かあってもファイアトルネードで一撃ですから」
「あのなあ……能力は過信するな。お前は女の子なんだから」
 笑い混じりに言う二階堂の手が、不意に豪炎寺の肩に回った。


「たとえば、俺とかに襲われたら一溜まりも無いだろ」


 豪炎寺の肩が大きく上下する。
「すまん、不謹慎だったな」
「いえ」
 二文字を返すだけで精一杯だった。
 気持ちより何より先に、ただとにかく、吃驚したのだ。
 襲う二階堂など想像ができない。いつも彼は優しかった。彼がそんな事を言い出した事実に驚いている。


 しばらく歩いた先に見えてきたマンションを前に、豪炎寺は二階堂に向き直って軽く頭を下げた。
「ここの七階が、私の家です」
「そうか、ここに住んでいるのか」
 二階堂はマンションを見上げて喉で笑う。
「どうしました?」
「いや……な。豪炎寺はすっかり稲妻町の人間なんだなってさ」
「はあ」
 二階堂は今、寂しい事を口にした。なのに笑う彼に余計に寂しさが増す。
「二階堂監督、今日は有難うございました。楽しかったです」
「俺も楽しかったよ」
 じゃあ、と別れようとした二階堂の浴衣の裾を豪炎寺が引く。
「二階堂監督」
「ん?」
「せっかく来てくださったんですから、家に来てくださいませんか。少しで、良いので」
「豪炎寺、それは」
「今日、父は仕事でいないので、私一人なんです」
 二階堂が心配する要素はない。そう豪炎寺は伝えたくて、ぎこちない笑みの中にはしゃいだ気持ちをこめた。
「尚更、駄目じゃないか」
「え?」
 豪炎寺は瞳を瞬かせる。何が駄目なのかわからなかった。
「子供が貴方を招待するのはいけないのですか」
「違うよ」
「用事、あるんですか?」
「違うって」
 二階堂が何を言いたいのかわからず、豪炎寺は困った顔を向ける。そんな彼女に二階堂は苦い笑いを浮かべ、なだめるように両肩に手を置いた。背を屈め、目線を合わせて囁く。


「もう少し自覚なさい」


 顔をそっと近付け、唇と唇を軽く合わせて離す。
 薄闇の中で豪炎寺の頬が徐々に染まっていき、真っ赤になった。
「夜更かしするなよ、なんてな」
 二階堂は手をひらひらと振って去っていく。
「…………………………」
 放心状態で豪炎寺は立ち尽くしていた。
 口付けは初めてではない。頬や額に落としたり、されたりもした。だが、口と口は初めてであった。
 二階堂との関係が監督と生徒から男女へ変化する。
 今まで意識はしていたもののどこか曖昧だった境界が、鮮明に引かれた感覚を豪炎寺は悟った。










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