夏祭り
- 円堂side前編 -
祭の当日。円堂は鉄塔の前で風丸を待つ。
二人が遊ぶ時はいつもここにしているのだが、シンボルに明かりが点いてからというもの、すっかり待ち合わせスポットになって賑やかになった。
風丸はまだ来ない。人が多いと場所が悪いのかなんて思ってしまう。
「ん?」
円堂、と風丸に呼ばれた気がして辺りを見回すが見つからない。
「えーんど」
不意に肩を叩かれて振り向けば、風丸がいた。
汗を流し、息を切らして風丸は“遅れてごめん”と詫びる。
頭を下げれば長い髪が流れた。いつものポニーテールをしておらず、浴衣の首の襟からうなじが見えそうになる。
円堂は内心吃驚した。快活で爽やかな風丸から、色気を感じてしまった。色気なんてものを察した自分自身にも驚く。けれどもそんな自分を認めたくなくて、普通を装おうとする。
「そんなに走らなくても良いのに。真面目な奴だな」
「こういう性分なんだよ」
風丸が頭を上げて、円堂の着る浴衣を見ようと視線を向けてきた。なんだか恥ずかしさを覚え、落ち着かない気持ちになる。
「円堂のはそれかぁ。なかなかに合うんじゃないか」
「風丸は風丸じゃないみたいだ」
つい、ぶっきらぼうな言い方をした。上手いように言葉が並べられない。
風丸が風丸じゃないから、円堂も自分らしくいられなくなった。
「それより髪、どうしたんだよ」
「なかなか決まらなくてさ」
風丸は髪を指に絡めてみせる。
長くて綺麗で絹みたい。触って良い?と聞くと嫌だと返ってくる彼女の髪。
昔は笑って受け止められたのに、今は少しだけがっくりする。
知らずに手の平から汗が滲み、浴衣を掴んで拭う。
「早く行こうぜ」
じっとしていられなくなって、円堂は神社を目指して歩き出した。動けば調子を取り戻せるかと考えたのだ。
けれども歩けば歩くほど、頭では風丸へ向けた言葉が浮かんで回って消えていくを繰り返す。
髪を下ろした風丸は不思議な雰囲気。
浴衣姿の風丸は走り辛そうだから、風丸っぽくない。
でも別に文句じゃない。悪くない。
似合うといえば、似合ってる。
きっと声に出したら“円堂が照れてるのか?”なんてからかってくるに違いない。
だから言いたくない。
神社前の出店は大賑わいだった。去年より明らかに盛り上がっている。
「わぁ…………」
「すっご……」
思わず二人の口から感嘆の声が出た。さっそく何を食べるかを話し合いながら人の群れの中へ入る。
左右から挟まれるように、ぎゅうぎゅうしており、風丸が誰かに押されたのか円堂の肩を掴んできた。声に反応して向けば、すぐ近くに風丸の顔があり、二人は目を丸くさせる。驚きのあまり、円堂は危うく息が止まりそうだった。大きな瞳に長い睫毛――薄っすらと開いた唇を無意識に凝視してしまう。
――――友達なのに、キスが出来ちゃいそうじゃないか。ふとそんな思いが過った。
風丸の手が離れると、円堂は一人頬をぺちぺちと叩く。今日は風丸に驚かされてばかりで調子が出ない。気を取り直そうと、カキ氷屋を見つけるなり指を差す。
「風丸、カキ氷があるぞ」
「ほんと?食べるか」
「おう」
風丸の腕を引いて強引に連れて行く。カキ氷が溶けそう、なんてあり得ない言い訳をして。食べる時もブルーハワイを頼んだ風丸に“共食い”だなんてはやし立てた。笑い出す風丸に円堂も笑う。やはりこんな感じが良いと円堂は安堵を覚えた。気分が良くなってカキ氷の次はヤキソバを食べる。
「なあ円堂」
不意に風丸が円堂の裾を引く。どきっとした。
「ん?どした?」
「あれ、豪炎寺じゃないか」
風丸の示す方向へ目を細めて凝らす。確かにそれっぽいが、よくわからない。
「うーん……俺からはわかんないな。行ってみるか」
「うん」
人の群れをすり抜けて近寄れば、風丸と同じ浴衣姿の少女の背中が見え、当て嵌まるのは当人しかいないと確信する。二人で顔を見合わせ、声をかけた。
「豪炎寺っ」
振り返ったのはやはり豪炎寺。相手が円堂と風丸だとわかると、穏やかに微笑んだ。
豪炎寺の髪も風丸と同じように下ろしていた。こう知り合いが普段とは異なる姿をすると、円堂は自分だけが別の世界へ飛ばされたような気分になった。豪炎寺も豪炎寺で女の子のようだし、まったく混乱する。
「豪炎寺は一人か?」
素朴に問うと、豪炎寺は隣の人物を見上げた。
「どうも。お久しぶり」
相手は大人の男性で浴衣を着ており、顔をまじまじと眺めて理解する。
「二階堂監督」
豪炎寺の連れは木戸川清修の二階堂であった。
「ここでお祭があるって西垣から聞いて、豪炎寺と連絡が取れたから一緒に回っていたんだよ」
「そうなんですか」
円堂は、うんうんと頷いて彼の話を聞く。
二階堂は元サッカー選手で現監督だ。サッカー選手で監督も務めた祖父を尊敬する円堂としては、ある意味二階堂に憧れを抱いている。おまけに友達の豪炎寺も慕っているのだから、部活外で会うのはわくわくした。
そこで円堂は名案を思いつく。
ここの祭が初めてだという二人を、風丸と案内しようと。
けれども風丸は止めようとしてくる。
「円堂、さすがにそれは……」
なにが"さすがに"なのだろう。いつもの風丸の心配性発症かなどと、呑気に思った。
肝心なのは豪炎寺たちの返事であるが、快く受け入れてくれる。
「二人が良ければ、お願いするよ」
「そうこなくっちゃ!」
さすが豪炎寺。円堂は豪炎寺の肩を掴んで隣に並ぶ。さっそく祭を楽しんでもらおうと、会うまで何を食べたのか聞く。
「豪炎寺はもう何か食べたのか」
「……綿菓子、とか……」
「それだけ?」
「ああ」
「もったいないな、もっと食えよっ」
俺と風丸はカキ氷とヤキソバを食べたと伝えれば、豪炎寺はうんうんと頷いて相槌を打つ。
「なら、あれは食べた事ある?」
丁度通った林檎飴を指差した。
「あまり口に合わなかった」
「そうか。じゃああれは?」
食べ物屋を通過する毎に豪炎寺の感想を問いかけて道を進んだ。
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