夏祭り
- 円堂side後編 -



 神社を目指す円堂と豪炎寺の会話は食べ物から近々行われる試合へ移行する。
 不意に豪炎寺の視線が逸れ、ある店へと歩み寄っていく。円堂も後を追いかけた。
「これ」
 一言呟いて円堂に見せてきたのは花瓶であった。縁日特有の淡い光に照らされて、幻想的な輝きを放つ。
「綺麗だなぁ」
 正直な感想を述べると、豪炎寺は口元を綻ばせた。
「夕香へのお土産を探していたんだ」
「へえ、良いんじゃないか」
「ああ」
 二人は頷き合い、後ろにいる二階堂と風丸に笑いかけようと振り返る――――。
「あ?」
 呟きが重なった。後ろにいるはずの二人の姿が見えない。
 どうやら会話に夢中になって、つい距離を離してしまったようだ。けれども一本道なので戻れば見つかるだろう。円堂と豪炎寺は行った道を引き返した。
「きっと風丸怒ってるだろうな〜」
 なあ、と豪炎寺に笑いかけて彼女を安心させようとする。
 風丸は恐らく二階堂といる。円堂の脳裏に髪を下ろした女性らしい風丸と、大人の男性の二階堂の姿が浮かぶ。なんだか自分が随分と子供っぽく思えて、複雑な気持ちになった。
 しばらく戻れば、予想した通り風丸と二階堂が見えた。二人は店の商品を前に楽しそうな会話をしているようだ。何をしているんだろう。真っ先な興味に突き動かされ、円堂は風丸を呼ぶ。


「風丸〜っ」
 振り返ったのは風丸ではなく二階堂であった。
「おお、二人とも来たか」
 続いて振り返る風丸の髪には花飾りがついていた。ただでさえ浴衣姿が初めてなのに、花まで付けるとは。円堂は三度目の驚きをした。
「二階堂監督、何をしているんですか」
 横から豪炎寺が前に出て放つ。
 ――――何をしている。彼女の言葉に、円堂は自分の目を惹いた風丸の花飾りが二階堂によって付けられたのだと悟った。他の男によって彼女が色付く――拒絶するように心が嫌だと告げてくる。
 隣にいる豪炎寺も明らかに不機嫌な様子で、自分の今の感情はそうおかしなものではないのだと、不思議と気持ちが落ち着いた。
 円堂と豪炎寺の心中を知ってか知らずか、二階堂はのんびりと説明する。
「ああ。豪炎寺が妹さんのお土産を探していただろう?ここを知る風丸さんにアドバイスを貰って、良さそうな店を見つけたんだよ。それで風丸さんにもどうかと思って」
 納得できる事情にこくこくと円堂と豪炎寺は頷いた。
 頷きながらも、円堂の視線は風丸へと移っていく。円堂の視線から逃げるように、風丸は俯いた。
「風丸…………なあ、風丸はそれが良いのか?」
「ああ、これは私が勝手に付けたんだよ」
 知ってる。胸の中で答えて、円堂は続ける。
「そうなんですか。風丸、好きなの選べよ。俺が買うから」
 ニッと、出来るだけ微笑む。二階堂が飾りを戻し、交代とばかりに風丸の隣に並んだ。
「円堂、何言ってるんだよ」
 声を潜めて風丸が訴える。信じられないと言わんばかりだが、焦りと驚きを感じた。円堂も、自分自身の言動に驚いているくらい。直感的に、ここは俺が買わなきゃと思ったのだ。
「置いてったお詫びだよ」
 後付けであるが、全くの偽りではない。そんな気持ちも口にしてから、あるのだとわかる。
「風丸は何色が良い?」
「そんな……急に言われても……」
 元気よく“これ!”と言ってもらうのが一番なのだが、遠慮されてしまえば円堂は己の言動に気恥ずかしさを覚えてしまう。
「髪結んでいるゴムは赤だよな」
「うん…………」
 風丸が顔を僅かに上げて円堂を見る。視線が交差した時、後ろから豪炎寺が声をかけてきた。
「円堂。風丸。私と監督はあっちの方へ行ってみようと思う」
 豪炎寺の表情は穏やかで、先程の不機嫌さの影は無い。
「そうなのか。時間はたっぷりあるから楽しめよ」
「ああ、そうする。有難う」
 手を振り合い、豪炎寺たちと別れた。二人きりに戻った円堂と風丸は、花飾り選びを再開させる。
「それで、風丸はどれが良いんだ?」
「選ばなきゃ、駄目か?」
「俺がプレゼントするって言ってるんだ。風丸は気にせず好きにすれば良いよ」
 円堂は赤い飾りを取って風丸へ向けて、カメラのレンズの照準のように視線を通して風丸の姿を見据えた。
「赤だと、ゴムと被っちゃうかな」
 他には何色が合うか――――。青では髪と同系色、では黄色は?
 風丸の思いも同じようで、彼女は黄色い飾りに手を伸ばそうとした。しかし、円堂が止める。
「えっと、黄色はユニフォームで十分だろ?」
「うん?そうだな」
 黄色は先程、二階堂が選んだ色なのだ。同じものだからといって、どうする訳でもないのに、どうしても避けたかった。
「じゃあ、これが良い」
 風丸が白い飾りを手に取る。
「わかった。これだな」
 花飾りを購入し、二人は店を後にした。


「円堂、有難うな」
 花飾りを胸元に付け、風丸は何度も礼を言う。
 ――――風丸は髪に付けないのか。
 言おうか言うまいか。迷えば彼女の胸元に目線がいきそうになり、そらして向けるを繰り返す。
 ――――こんなのは俺らしくない。
 意を決し、円堂は言う。
「髪には付けないのか?」
「どこに付けたら良いのかわかんない」
「じゃ、俺が付けるよ」
 一度決めたらやるしかない。
 円堂は風丸の手を取り、道を外れた人気の無い場所へ連れて行く。
 風丸に向き合い、髪飾りを持って狙いを定めた。
 意気込みとは裏腹に、手つきは丁寧にふわりと乗せるように付ける。
「よし、これでどうだ」
 風丸の表情で信用していないのが手に取るようにわかる。
「大丈夫だって。よく似合うよ」
 風丸が選んで、俺がつけた花。似合うに決まっている。
 円堂は満足そうに頷く。
 けれども、途端に大胆な事を言ってしまったと言い訳するように言い直す。
「いや、そうじゃなくて、ほら、選んだ花が良かったんだって」
「無理に言い直すなよ」
 風丸の突っ込みに、わざとムッとした顔をしてから笑顔を見せる。
「戻ろうか」
 二人微笑み合って道に戻り、神社に着いてお参りをした。


 お参りをしたらしたで、再び円堂は気持ちをぐるぐると巡らせる。
 今日は本当に、何から何まで俺らしくない。溜め息なんて吐いてしまいそうになる。
「なあ、風丸」
「なに?」
「さっき、二階堂監督と何を話していた?」
 二人はどんな話をしていたのだろう。気になって仕方が無かった。
 たぶんきっと、二階堂監督は大人だから俺なんかより気の利いた事を言えて、風丸を喜ばせてくれるんだろうから。らしさを失った思考は卑屈に歪む。
 風丸はきょとんとして、斜め上を見上げてから答える。
「木戸川の祭の事や、豪炎寺の事かな。……ほとんど豪炎寺の話だったかも……」
「そうなんだ」
 へへ。つい笑いが込み上げた。これだけで複雑な思いはあっという間に単純になる。
「円堂こそ、豪炎寺と何を話していたんだよ」
「何って、食べ物の話ばかりしていた気がする……。あと今度の試合とか」
「はぁ……」
「なんだよ、何かあるのか?」
「なーんにも。ところでお参り、何お願いした?」
 円堂の胸はドキッとした。ギク、の方が近いかもしれない。
「そういうのって、言った方が自分から言うもんじゃないか」
 本心を悟られまいと返す。
 風丸は“そうだな”と言って、円堂を真っ直ぐ見据えて囁く。


「円堂とずっといられますようにってさ」


「…………へ?」
 思考の追いつかない円堂の額を風丸が突く。
「なーんてな」
「なんだよ、嘘なのかよっ」
 顔が熱くてたまらない。こんな姿を見られたくなくて、大股で風丸を抜かす。
「怒るなよ、円堂」
 気配で風丸が歩調を速めるのを悟る。
「くんなよ〜」
 もう走りたくなった。


 同じ願い事だって嬉しくなって、滅茶苦茶恥ずかしいけれど嬉しくなったのに。
 冗談だなんて。


 そりゃないよ。
 って、絶叫したいくらいだった。










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