悪事
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 ベンチで指示をしていた二階堂も、若さが疼くのかコートの中に入って先陣をきってボールを蹴っていた。
「ほらほら、お前ら追いついて来いよ」
 十代の体力と元プロの技術力、監督の判断力が身についた二階堂に敵う者などいない。部員を華麗にかわしてシュートを決める。
「よーし!」
 ガッツポーズをする二階堂の周りでは、部員がへたばって膝をついていた。
「ふーぅ、久しぶりだよこんなに走ったのは」
 ベンチに戻ってスポーツドリンクを飲む二階堂。
「二階堂監督、はりきりすぎっしょ……」
 武方長男がぜえぜえと息をきらしてベンチにもたれかかった。
「お前ら若いんだからもっとしゃきっとしろよ」
「無理です」
 きっぱりと返され、ベンチが笑いで溢れる。そんな和んだ雰囲気の中で、西垣と女川が視線を合わせて頷き、二人掛かりで二階堂の背後から抱きついてきた。
「わっ!」
 声を上げて二階堂を驚かせる。
「うわ!」
 案の定、二階堂は飛び上がりそうになるほど驚いて反応してくれた。
「ああ……驚いた……」
「監督、本当に子供になっちゃったんですね」
 女川が二階堂の腰に腕を回す。普段が大きいせいか、そう体格は変わらないのに小さく感じた。
 後ろ頭に顔を寄せて、息を吸えば微かにシャンプーの香りがする。
「朝、浴びてきました?良い匂いがしますね。案外綺麗好きなんだ」
「案外とはなんだ」
 首筋から覗くうなじも普段届かない分、間近で見ると色気を感じた。西垣が横から面白半分でなぞってやれば、ひくんと震える。
「こ、こら。やめなさい」
「全然怖くないですよー」
 からかうように言って、ユニフォームの中に手を入れ、腹をまさぐる。
「やめろって。大人をからかうな」
「いやでーす」
 二階堂が声を発し、反応すれば、腹はひくひくと蠢く。可愛い部員相手に二階堂が力ずくの態度に出られはしない。大人の自制で子供の好奇心を止められず、好き放題に弄られてしまう。
「こーら。いいかげんにしろ……」
 叱るが、こそばゆいのか口調が弱い。まったく説得力がない。
「女川、西垣、俺が戻ったらお説教だ」
「ノリ悪いなぁ」
「俺関係ないじゃないですかぁ」
 女川が二階堂を開放し、西垣と一緒に文句を言う。結局、彼らから逃れるには監督の権限を使ってしまい後ろめたい。けれども二階堂が抵抗できなかったのも監督だからであり、お互い様だった。
「監督って弄られると弱いんだ」
 誰かの囁きに、ムッとした顔を向ける。
 この後も、何度か部員から捕まえられてはからかわれてしまった。筋肉が見たいと太股もハーフパンツを上げられて撫でられ、セクハラだと訴えればセクハラでーすと返されて余計触られてしまう。子供の姿なのに子供になりきれない、大人しくて頭の硬い二階堂の反応が面白いのだ。朝練はほとんど部員の玩具にされて散々だった。






 一方豪炎寺は、雷門の部室で伊賀島からの引き抜き選手・霧隠が来るなり声をかけていた。
「霧隠っ」
「ん?なんだよ」
 鞄を置いて、目をパチクリさせる霧隠。
 豪炎寺から呼んでくるなんて珍しかった。
「実はその……」
「おはよう」
「……お、おはよう」
 言いかけた言葉を挨拶で遮られ、遅れて挨拶をする。
「霧隠。こないだ、お前の学校の伊賀島と練習試合をしたじゃないか」
「うん」
「その試合の事で、伊賀島監督に話があって取り次いでもらいたいんだ」
「ふうん。何の用?」
「それは…………」
 答え辛く、口ごもった。
「伊賀島の監督は校長もしている。そうそう個人的に会える人じゃないんだぜ。用件が言えなきゃ、オレも繋ぎようがない」
「そうなのか……」
 表情の中に、落胆の色が混ざる。その変化さえ霧隠には珍しく映った。
「なら霧隠。お前だけに」
「あー、いいのいいの」
 豪炎寺の目の前で手をヒラヒラと振る霧隠。
「そんなにガッカリした顔するなって。ちょっと大げさに言っただけ。んーと、これ」
 携帯を取り出し、画面に電話番号を表示させた。
「里から出ている忍者が校長宛に連絡する番号だ。今はあっちも朝練だろうから、繋がるんじゃないか」
「有難う。感謝する」
 口元を綻ばせる豪炎寺。
「なんてお礼を言えば良いか……」
「そんなのいいって。あ、そうだ」
 閃いたとばかりに霧隠は横で着替えている風丸を呼ぶ。
「おい風丸!今日飯おごれよ!」
「なんで俺なんだよ!」
 打てば響くように風丸が振り返った。
「すまない風丸。俺が……」
「豪炎寺はいいんだよっ!」
 霧隠と風丸が声を揃えて言う。ただの彼らなりのコミュニケーションのようだ。


 霧隠に教えてもらった番号を写し、豪炎寺は部室の裏で電話をかけた。
 初めは別の人間が出たが、雷門サッカー部員だと伝えれば霧隠の知り合いだと理解されて伊賀島に繋がる。伊賀島は相手が豪炎寺とわかるなり、先日の練習試合の礼を言ってきた。相当助かったらしい。
「伊賀島監督。貴方からいただいた秘薬なのですが……」
 効果はいつ頃きれるのか。単刀直入に問う。
 伊賀島はあれを使用する相手がいたのだと笑い、豪炎寺は思わず顔を熱くさせた。
 落ち着いた口調で説明をしてくれる。
 あの秘薬は飲ませた人間を何らかの形で弱体化させる効果があるのだという。子供になってしまったと話せば、そうかそうかとまた笑っていた。
『効果は数日で、きれるだろう。豪炎寺殿の望む事をすれば、もっと治るのは早まる』
「俺の……望む事…………?」
『ああ、そうだとも。使ったという事は、望みがあっての事。秘薬を使っても踏み出さなければ意味は無い』
「俺は…………」
『その人と、幸せになりなさい』
「…………はい……」
 満足そうに頷く、伊賀島の喉の音が聞こえた。想い人に使ったなど一言も出していないのにお見通しのようだ。
 電話を切り、豪炎寺は俯いて携帯を額にあてる。
「俺の、望み……」
 呟いて、目を閉じた。


 望むのは、二階堂と年の差や世間的な縛りから抜け出て並ぶ事であった。
 だがそれは理性的なもので、いざ同年代になってしまった二階堂を目の前にして自分はどうだったのか――――。
「……………………………」
 頭を振るう。
 豪炎寺は携帯を閉じて手を下ろすが、しばらく部室の壁に寄りかかっていた。






 昼休み、二階堂は公園のトイレから豪炎寺に電話をかける。
 今日の仕事は監督の役目だけであり、朝と放課後以外の用事は無い。こんな姿なものだから、外は居辛く補導されやしないかと冷や冷やした。幸い、今いる公園は寂れて人気も無く、トイレも改装されたままなのか特に使用者がいないのに綺麗ときている。
「ああ、もしもし俺だ、二階堂だ。メール読んだよ、今大丈夫か」
 豪炎寺がメールで“伊賀島監督と話をしてきました。詳しくは昼休みに”と伝えてくれた。彼は“話が出来る場所に移動するのでかけ直します”と一旦切ってくる。少し待てば、携帯が震えた。
 豪炎寺はまず数日で秘薬の効果がきれる事を言う。
 二階堂の声があからさまに明るいものへ変化した。変わりない様子で、はしゃいでもいたが不安だったのだろう。
「そっか。数日か。戻るんだな、良かった」
『はい。あの……監督……』
 望みの話を口にしようとする豪炎寺だが、どうも言い辛く声は消えてしまう。
「ん?」
『なんでもありません……』
「ちょっと声が遠いな」
 二階堂は個室に移り、便座を閉じて座り込む。
『二階堂監督、部の方は大丈夫でしたか?』
「ん、まぁな。あいつら俺が子供だからって散々身体をいじくられたよ。まったく」
『……え?』
 搾り出されたような声色に、二階堂も豪炎寺自身も違和感を覚えた。
 豪炎寺も校舎はずれのあまり使用されていないトイレにおり、個室に入ってもっと話を聴こうとする。
『いじくられたって、何をされたんですか』
「大した事じゃないさ。後ろから捕まえられて腹を触られたりとかだよ」
 ギチッ。豪炎寺の持つ携帯が鈍い音を立てる。
 ――――俺だってまだ、触ってないのに。
 胸がむかむかしてきて、嫌な気持ちになってくる。
『監督も、嫌なら嫌って言わなきゃ駄目ですよ』
「言うは言ったよ。豪炎寺、どうした。なんだよヤキモチか?」
『いけませんか』


「豪炎寺も触りたいのか?」


 図星を差され、豪炎寺は言葉を失う。
 スピーカーから微かに喉を詰まらせる音が聞こえ、二階堂は寒気に似た興奮を覚えた。
「…………そうか」
 鼻で息をして、口元を綻ばせて二階堂は声を潜めて問いかける。
「どこを、触りたい?」
『どこって…………』
 いきなり聴かれてもわからない。だがしかし、困惑する心とは裏腹に豪炎寺の胸はどくどくと鼓動が高鳴っていく。
「腹の他に、さ」
 二階堂は膝を立てて、スピーカーを太股に寄せてハーフパンツを捲くった。
 布擦れの音がダイレクトに豪炎寺の耳へ届く。
「太股も。触られた」
 豪炎寺は目を丸くさせて、鼻をひくつかせた。
 唇が乾いて、口をつぐめば自然と喉が生唾を飲む。
「あとは」
 喉で笑い“うなじとか”と、呟く。
「なあ豪炎寺」
 少しだけ音量を高めて呼ぶ。
「息、荒いぞ?」
 豪炎寺に緊張が入り、呼吸が気になりだす。気にすればするほど、鼻の呼吸音が通ってくる。
「……勃ってる?」
『いえ……っ……その……』
 豪炎寺の中心は既に二階堂の声だけで、制服のズボンに浅いテントを張ってしまっていた。
「正直に言うんだ。勃っているか?」
『…………はい。勃っています…………』
 向かい合っていないのに、羞恥に膝が震えた。瞬きをすれば、涙で濡れる。
「いい子だ。なあ豪炎寺。少し時間はあるか。周りには誰もいないか」
『は、……い……』
「豪炎寺は朝、俺で抜いたのに、俺に内緒にしていたよな。豪炎寺が俺でそんな気持ちになってくれたなら、俺は嬉しかったのに」
『二階堂監督…………』
「今そこで抜いてみてくれないか」
『…………は?』
 思わず聞き返す。豪炎寺の中の二階堂から出てくるはずも無い言葉が受け入れられず、頭が拒否をした。


「そこでしろと言ったんだ。俺が聞いといてやるから」


 豪炎寺の携帯を持つ指先が温度を失い、頭の中が真っ白になる。










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