俺にもちょーだい!
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「真人。どうしてここに」
 驚く気持ちを隠しながら、豪炎寺は平生を装う。
「どうしてって、聞いてないか?今日は修也の家で夕飯食べるって。なあ、俺……」
「それは知ってる。でもどうして」
 どうして二階堂監督と待ち合わせをした駅にいるんだ。
 喉元から出掛かった言葉を押さえ込む。けれども視線は二階堂が気になって、彼の車のある方を向いてしまう。真人は豪炎寺の落ち着かない様子を悟って視線を横目で追った。
「俺は今日、友達と遊ぶから夕食は一緒には」
 そわそわ、冷や冷やしながら豪炎寺は言い訳を語りだす。
 その間に停まっていた二階堂の車から二階堂が降り、なんとなく振り向いた先に豪炎寺を見つけて、彼を見据える。豪炎寺より先に真人が反応した。
「修也、あれ!」
 豪炎寺の肩を叩き、腕を掴んで二階堂へ手を振らせる。二階堂はにこにこしながらやってきた。
「豪炎寺!あと、真人くんだな。久しぶり」
「二階堂選手、覚えていてくれて感激です」
 笑顔で二階堂と真人は握手をする。豪炎寺はどうしたらいいのかわからず、思考停止してしまっている。
「稲妻町でお会いするなんて偶然も偶然、運命みたいですね」
「ああ、今日は豪炎寺と会う約束をしていてな」
 ん?矛盾を瞬時に感じ取った真人は目をぱちくりさせた。
「……修、也?」
 振り向いてくる真人の視線に、豪炎寺はぎくりと肩が上下する。
「友達と遊ぶとか言ってなかったか?嘘吐いたのか?」
「いや……それは……」
 豪炎寺が答える前に、真人は一人で勝手に手を合わせて閃く。
「わかった!二階堂選手と美味いもん食べに行くんだ!だから嘘吐いたんだろ!」
 いいなぁ〜……。真人の甘えた視線が二階堂を見上げてくる。
 豪炎寺に似た漆黒の鋭い瞳が、とろんと柔らかく心を捉えようとしてきた。甘えなど豪炎寺が二人きりの甘い雰囲気でもあまりしてこないせいか、新鮮な印象で耐性を持たないので弱いところを突かれるような感覚に囚われる。
「んー、豪炎寺どうだ?」
「えっ……」
 頬を掻きながら、二階堂が豪炎寺に問いかけてきた。
「せっかくだから、真人くんと三人で夕飯食べないか」
「え…………」
「俺は修也に会うつもりだったから、賛成です!」
 四つの視線が集まる中、豪炎寺は雰囲気を壊したくはなく、頷いた。
「わかり、ました」
 豪炎寺の返事を聞くなり、真人は携帯でメールを打ち始める。大方、夕食を食べる予定だった豪炎寺の家に連絡でもしているのだろう。
 家を出る前は有頂天だった豪炎寺の気分は、急下降していく。
 せっかく二階堂監督と会うのに。
 せっかくお洒落にも気を遣ったのに。
 なんでこんな事になるんだろう。
 落ち込む豪炎寺の脳裏に、以前真人が二階堂との時間をぶち壊しにした記憶が蘇る。
 本当に最悪だった。
 あの頃はキスしたいだなんて思わなかったが、今思い出すと嫌で嫌でたまらない。
「豪炎寺?」
 二階堂が豪炎寺の肩に手を置き、顔を上げさせようとする。豪炎寺の様子は言葉ではなく顔を見れば一発でわかる。
「……………………………」
 二階堂は軽く彼の肩を叩き、手を引いて車へと連れて行った。


 二階堂が車のドアの鍵を開け、豪炎寺が助手席に座ろうとするが、真人が腕を引いて後部座席へと招く。
「座ろうぜっ」
 どっかりと、引き寄せられるままに座らされてしまった。
「さて、なにか食べたいものはあるか」
 運転席に座り、シートベルトを締めながら問う二階堂。
「修也はなに食べたい?」
「ええと、真人こそ……」
「遠慮するなよ」
 二階堂と豪炎寺の瞳が自然と真人へ集まる。
「じゃあ焼肉がいいです」
 軽く挙手して真人が言う。
「よーし、焼肉だな。以前、響木監督たちと食べに行った店があるんだ。そこでいいか?」
「はいっ」
 アクセルが踏まれ、三人を乗せた車は走り出す。
 走行中、真人は“なぁ、なぁ”と豪炎寺を押すようにして話しかけてくる。
「雷門はどんな練習をしてるんだよ」
「特別な事は別に……」
「じゃあ木戸川は?二階堂選手?」
 きょろりと真人の瞳が二階堂を捉えた。
「真人くん、そう選手と呼ばれると照れるよ」
「二階堂選手はもう試合しないんですか?」
「機会があればするかな、なんて。はは」
「じゃあ焼肉いっぱい食べて精力つけてください。俺たちもつけような、修也!」
「!!」
 二階堂と豪炎寺は一瞬目を丸くさせる。
 精力という単語に、不埒な想像をしてしまったからだ。
「んんっ」
 ごまかしの咳払いまで二人は重なってしまう。
 二人の事情など知りもしない真人は新しい話題を豪炎寺に振ってくる。
「そうだ修也。俺、こないだ尾刈斗と練習試合やって変なアイテムいっぱいもらったんだ」
 膝の上に鞄を載せ、中からミイラの玩具を見せびらかしてきた。妙にリアルで気持ちが悪い。
「こら、食事前に変なの見せるな」
「面白いアイテムじゃないか。尾刈斗ならではで」
 窘める豪炎寺に対し、二階堂は穏やかに褒めてやる。
「監督。真人を調子付かせないでください」
「まぁまぁ豪炎寺。それこそお前の言う、食事前、じゃないか?」
「そうだぜ修也。カリカリすっと、カリカリだけで胃の中いっぱいで肉が入んないぞ」
「……………………………」
 ひくっ。つぐんだ豪炎寺の口の端が震えた。
「それはそうと、ミイラは前座なんだよ。ホントに見せたかったのはこれ」
「?」
 透明なビニール袋を取り出す真人。中には白い棒や丸いものが数個入っていた。
「あやつり人形キット!だってさ。髪の毛を入れて組み立てると、あやつり人形ができるんだって」
「……………………………」
「てな訳で、髪の毛くれよ」
「……………………………」
「抜いていい?」
「断る」
「けち」
「お前の髪を人形に埋めようか?」
「………………ちぇっ」
 唇を尖らせ、真人は人形キットの入った袋をしまう。
 やがて車は、稲妻町はずれの家族で入れる大型焼肉店に到着した。
「さて着いたぞ。持って行くものと置いていくものを確認してから出ろよ」
「はーい」
 二階堂と豪炎寺が先に車を出て、最後に真人が降りる。
 座席を足で引きずるようにドアへと身を寄せながら、そっと落ちていた髪の毛を拾う。ばれないようにそっと人形キットのビニールに忍び込ませ、そっと口元を綻ばせた。






 店は幸い並ばずに四人席を確保でき、二階堂の向かい側に豪炎寺と真人が座る。
 注文をし、談笑をする中、いきなり真人が鞄から瓶をテーブルに置いてきた。
「な、なんだ真人?」
「真人くん?」
「忘れてた。これも尾刈斗からゲットしてきたんだった」
 真人の鞄は尾刈斗の摩訶不思議アイテムを詰め込んだ四次元ポケットと化している。
「これ、焼肉のタレなんです」
「へ……へぇ………」
 二階堂は瓶を手に取り眺めた。ラベルには“精力抜群!夜のお供に!”と書いてあった。
 もろにアダルトグッズである。
「尾刈斗って面白いものたくさんあるんですねーって監督さんに話したら、君は物分りの良い子ですねって気前良くくれました。へへっ」
「へ……へぇ………。ちょっと失礼するよ」
 二階堂はテーブル脇のアンケート記入用ボールペンを手に取り"夜のお供に"というキャッチコピーをしつこく黒で塗り潰した。
「ちょっと、不適切なものだったからな。それは大人になってからか、捨ててしまいなさい」
「えー、でも」
「駄目だよ」
 ぴしゃりと二階堂は言い切った。
「はぁい」
 真人はしぶしぶタレをしまう。
「ちょっとトイレ行ってきます」
「ああ、行っておいで」
「荷物見ているよ」
 用を足しに席を立つ真人。二階堂と豪炎寺の二人きりになると、豪炎寺は車内とは異なる穏やかな表情を向けてきた。
「うん?どうした豪炎寺」
「いえ…………」
 首を振るい、はにかんだように視線をそむける。
 まさか、真人にばかり甘いと思っていた二階堂が、そうではないとわかって安心したなど言えはしない。
 けれども豪炎寺がなにかを含んでいるのを二階堂は見逃さない。
「豪炎寺、なにか言いたい事があるんだろう。言ってごらん」
「あ…………」
 視線を少しだけ合わせて、俯いた。二階堂にごまかしは通じない。
「監督」
「うん」
「俺とこうして会う時は、監督が監督じゃない時は」
「うん」
 ――――俺だけを、見てください。
 掠れた呟きではあるが、二階堂は理解した。
「豪炎寺」
「はい」
「こっち来るか?」
「……………………………」
「真人くんが戻ってくる間だけでもさ」
「……………………………」
 こくん。豪炎寺は頷き、立ち上がり、素早く移動して二階堂の隣に腰を下ろす。
 すると、テーブルの下で二階堂が手を握ってくれた。
「!」
 豪炎寺に全身の毛がそわそわするような甘い痺れが走る。痺れが抜けた後、身体の力さえも抜けそうになる。
 きゅう。握り直され、びくんと豪炎寺は背を伸ばし、二階堂を見上げた。
 二階堂は笑顔で見下ろし、瞳を見詰めて、強弱をつけて豪炎寺の手を何度も握ってくれる。
 豪炎寺も握り返し、二人は隠された中でちょっとしたスリルを味わう。
 お待たせ、と真人が戻ってくる頃には自分の席に戻って彼を待っていた。その後すぐに注文の品が届き、食事を始める。
「美味いな」
「はい」
 はふはふとご飯と焼肉を交互に食べる真人。豪炎寺も彼と同じように、はふはふとさせた。
「二人ともよく食べるなぁ。先生、ちょっと席を立つよ」
 二階堂が席を立って、そう時間も待たずに豪炎寺も席を立つ。
「……………………………」
 一人きりになった真人は、辺りを見回してから持ち込みのタレを取り出し、二階堂、豪炎寺、そして自分の分の小皿のタレに少量ずつ注ぎ、何事もなかったように鞄にしまって肉を食べだした。










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