俺にもちょーだい!
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 二階堂も豪炎寺も席を外している中、真人は一人で肉を食べる。
「おっ、焼けた」
 焼いた肉を尾刈斗から譲り受けたタレに漬ける。二階堂には駄目だと言われたが、いない間に取り出して使った。
「あー…………」
 大口を開けて、ぱくりと口に入れる。
「……………………………」
 ごくん。飲み込み、箸を握り締める。
 “う、…………う……………………うっめえええええ”
 目をぎゅっと瞑り、あまりの美味しさに心で絶叫し、ぷるぷると震えた。
 仕舞ったタレを再び取り出し、さらにタレの小皿に注ぎ、ついでに二階堂と豪炎寺の分にも追加させる。
 真人はむしゃむしゃと肉とご飯を食べながら二人の帰りを待った。


 一方、二階堂と豪炎寺は洗面所でばったりと出会っていた。
「ああ、豪炎寺もか」
 二階堂は丁度、用を足し終えた様子で、小水用便器の前でベルトを締めている。後から入ってきた豪炎寺は隣に立ち、ベルトに手をかける。しかし、どうもそこで手が止まってしまった。
 洗面所には他に人はおらず、二階堂は手を洗いながら話しかけてくる。
「なぁ豪炎寺。真人くんもサッカーやるんだろう。強いのか」
「ええ、まぁ。でも俺の方が強いです」
 豪炎寺がこうまでも己の力を口で主張してくるのは珍しい。
「そっか。だとしても興味はあるな」
 二階堂はあくまでサッカー部の監督として、豪炎寺の血縁者として興味を示しているのに過ぎないのだが、豪炎寺自身としては二階堂との真人の話題になると、去年のキスばかりを引きずってしまい嫉妬が揺らぐ。真人より自分を見て欲しい欲求が強くなるのだ。
「俺の方が、強いです」
 もう一度、念を押すかのように豪炎寺は放つ。
 だが、その下ではズボンのチャックを下ろせないでいた。
 普段なら気になるはずもないのに、学校でもなく、二階堂の家でもなく、まったく別の空間で愛する二階堂の前で自身を曝け出して用を足すことに躊躇いが生じていた。二階堂からは見えはしないが、音は漏れてしまう。個室に入ればいいが、便器の前で立ってしまった以上、移動はおかしすぎる。
 けれども、本当に躊躇っているのは用を足す行為ではない。
 自身を出すのに抵抗があった。なぜなら――――。
「そっか。わかったわかった、俺は先に戻っているよ」
 二階堂が出て行き、ようやく豪炎寺はズボンのチャックを下ろして自身を取り出した。
 見下ろせば、それはいかにもな子供のものだった。以前、二階堂の家の風呂場で偶然見た彼のものとは全く異なる。仕方がないのは仕方がないのだが、意識してしまう。
「はぁ」
 溜め息が零れる。二階堂に見せた姿は強がり以外のなにものでもない。
 情けなさを示すかのように、尿を我慢した自身はがちがちであった。


 豪炎寺が戻り、三人が揃う。二階堂も豪炎寺も真人の伺う視線には気付かずに、肉をタレにつけて食べる。
「美味いな」
「はい」
 別のタレを足されたなど想像にも出来ず、美味しいとしか判断が出来ない。真人としては疑われず、美味しそうに食べてくれる二人を眺めるだけで満足だった。
 ところが、美味さだけに感動をするのはこの時だけであった。
 何かがおかしい――――。そう悟った時には遅かった。
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
 三人は徐々に口数が少なくなり、無言になる。
 二階堂は目の間を指でつまみ、息を吐いた。そうして、そっとテーブル下から下半身を見下ろす。
 幸い、衣服越しからはわからないのだが、下肢に疼きを感じる。ずん、とした重い疼きだ。
 豪炎寺や真人も同じ疼きを抱いているのだろう。だが、彼らには重過ぎるらしく、ぐったりとしていた。
 二階堂は保護者の立場として、原因を考える。焼肉を食べたせいだと思いはするが、食あたりとは違う。これは、これは、一体なんなのか――――。しかし本当のところ、考えている“振り”に過ぎない。思い当たる節がある。疑いは良くはないが事態は事態。二階堂は真人に声をかけた。
「真人くん」
「………………はい」
「尾刈斗の、タレを使ったかい?」
「………………ごめんなさい」
 真人は正直に認める。こんな事になるだなんて知らなかったし、自分から言い出すのは辛く、二階堂から聞いてくれたのは有り難いとすら思えた。
「真人、お前……っ……」
 俯いていた豪炎寺の瞳が、睨むように真人を捉える。
「豪炎寺。真人くんは謝った。だから許してやりなさい。悪気があった訳じゃないんだから」
「俺、どうしても使いたくて。二人に内緒で、こっそり使って。ごめんなさい」
「うん、うん。わかっているよ。味が少し変わったって思ったのは気のせいじゃなかったんだな」
 ここで穏やかに収まるはずだったのに、一人機嫌を損ねる者がいた。豪炎寺である。
「二階堂監督。悪気がなくても、簡単に許されていいものではありません」
 余裕がないのか、二階堂の真人への甘い態度に嫉妬が浮き出てしまう。
「だからって、真人くんを責めてもどうにもならないぞ」
 二階堂が豪炎寺を見ようとするが、彼は視線をそらした。異変が起きてから、豪炎寺は二階堂と目を合わせようとしない。
「その二人とも、大丈夫か?店を出て、車で休むか?」
 豪炎寺と真人はこくんと頷く。
 どうやらタレは子供には強すぎるらしく、二階堂はゆったり出来る場所で休ませる事を判断した。
 原因がわかれば二階堂は楽な気持ちになり、会計を済ませてから二人を車へと連れて行く。
 車内の後部座席に豪炎寺と真人は力なく転がった。運転席に座った二階堂は、二人を気遣いながら語りかける。
「さて、帰りはどうしようか。真人くん、お家はどこだい」
「えーと……」
「真人、距離あるだろう?俺の部屋にでも今日は休めよ」
 豪炎寺は少し回復したらしく、座席に座り直して口を挟んだ。
「いいのか?」
「ああ、俺は監督の家に泊まるし」
 さらりと放つ豪炎寺。そんな話、二階堂は聞いていない。
 バックミラーから“監督、駄目ですか?”という甘えた視線を送っている。回復したように見えただけだったと二階堂は思う。明日は日曜で二階堂も豪炎寺も休みで泊まる分には問題はないのだが、いかんせんこの状況は危険すぎる。
 タレには"精力抜群!夜のお供に!"というキャッチがあり、性欲を興奮させる作用があるのだろう。世間的に愛し合う者たちが使うのは何ら問題がないし、本来の用途ではあるのだが二階堂と豪炎寺は想い合っても一線をまだ越えてはならない関係だ。そもそも想い合う自体が禁じられた二人である。
 なのに、二階堂は断る気持ちにはなれなかった。タレの効果なのか、豪炎寺と共にいたい想いがある。先ほどから豪炎寺の事ばかりで頭がいっぱいだった。豪炎寺もたぶん同じ気持ちなのだろう。
「修也と二階堂選手って仲いいんだな」
「家に連絡を入れておくよ」
 真人の言葉に気を良くしたのか、豪炎寺は家へ真人が泊まりに行き、自分は友達の家に泊まる旨をメールで連絡をした。
「よし、送ったぞ」
「二階堂選手、俺は稲妻町の駅で降ろしてください」
「わかった」
 二階堂は車のアクセルを踏み、稲妻町の駅前で真人を降ろしてから、豪炎寺と共に自宅のマンションへ向かう。
「二階堂監督」
 二人きりになった後、豪炎寺がぽつりと二階堂を呼ぶ。
「泊まるだなんて言い出して、ごめんなさい」
「豪炎寺なら歓迎するよ。あとその……さっき、店で強い言い方をしてすまなかった」
「いえ……俺はただ、監督が真人にばっかり甘い顔するから……」
 ぽろりと本音が零れて、豪炎寺は口を拭うかのように手の甲で隠す。
「はは、真人くんは豪炎寺の従兄弟だもんな。そりゃ可愛くて甘くしてしまうよ」
「え」
 二階堂も本音が零れて沈黙が走り、二人は顔を熱くさせた。
「そ、その。豪炎寺は真人くんに妬いていたのか?」
「え」
「もし、そうだとしたら、埋め合わせをしなきゃいけないなと思ってな」
「埋め合わせ?」
「ああ。家に帰ったら、豪炎寺のお願いをなんでも聞いてあげるよ。俺の出来る範囲でだが。まぁもし、豪炎寺が妬いていたらの話だけど」
「……………………………」
「……………………………」
 どくどくと二人の心臓が早鐘のように高鳴っている。
 二階堂は豪炎寺を試した。豪炎寺は二階堂が試しているのを知っている。駆け引きの間に、ときめきを抱いていた。
「……………………はい、俺は妬いていました」
 考えた末、認める豪炎寺。
「豪炎寺は俺になにをお望みかな」
「では、俺が帰るまで、監督とずっと一緒がいいです」
「ん?そんなんでいいのか?」
「お風呂も、眠るのも、二人一緒ですよ」
 ――――そういう意味か。
 二階堂は呟くように“わかったよ”と返事をした。






 二階堂のマンションに到着し、部屋に続く階段を上る。
 部屋に着けば鍵を開け、中に入るなり豪炎寺は二階堂におねだりをしだした。
「二階堂監督」
 玄関へあがろうとした二階堂の衣服の裾を、つん、と摘んで引き止める。
「豪炎寺?」
「キス、してください」
「え?」
「キス、欲しいです」
 二階堂は鞄を置いてから豪炎寺に向き直った。
「お願いは一つじゃなかったのか?」
「監督は、なんでもって言いました」
「そうだな。自分の発言には、責任持たなきゃな」
 明かりもつけず、密閉された薄闇の中で豪炎寺は二階堂へ顔を向けながら眼を瞑る。
 二階堂は背を屈め、豪炎寺の肩に手を置いてから額に口付けた。
「……………………………」
「……………………………」
 瞼を開ければ、あまりにも近い位置での視線の交差にどきりとする。
 車内の時からずっと鼓動は忙しない。まるで魔法をかけられたかのように、目の前の愛おしい人しか見えないし考えられない。










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