儀式
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 豪炎寺の心音は治まるにつれ、心臓を中心に血液へと何かが広がっていった。
 それは血潮を甘く疼かせ、身体を火照らせる。運動とは違う熱さが身を焦がすのだ。
 どろりとした、異物が体中を巡っている。
 しかも頭の中は二階堂でいっぱいだった。二階堂の事は好きだが、試合中にここまで埋め尽くされた事は無い。
「はぁっ……は…………はぁっ……」
 息切れし、地に膝をついてしまう。頬を触れば熱かった。
 丁度、前半戦が終わり、起き上がって尾刈斗のベンチへ帰っていく。
「豪炎寺、大丈夫か」
 部員の一人がタオルを渡そうとする。しかし、間に入った地木流の手がタオルを掴んで豪炎寺の額を拭ってやった。
「地木流監督……」
 見上げる豪炎寺。
「豪炎寺さん。後で話があります」
 背を屈めて囁き、次に伸ばして部員を見回して放つ。
「さあ皆さん、1−0です。このまま勝ちに行きましょう!」
「はい!」
「私は少し豪炎寺さんと席を外します。君たちは身体を休めていてください」
 連絡を終えると地木流は豪炎寺を連れて、校舎内の男性側の洗面所へ入った。






「今日は休みですから、人は入って来ないでしょう」
 水道前に豪炎寺を立たせ、鏡に姿を映させる。向かい合う彼女の顔は風邪をひいたように赤かった。
「…………………………」
「具合はどうですか」
「…………………………」
 豪炎寺は沈黙し、答えない。
 すると地木流が後ろから両肩に手を乗せ、呟くように言う。微かな声だが、よく通った。
「ひょっとして、二階堂監督の事ばかりを考えているのではないですか」
「!」
 ドキリ、いやギクリとも言うような動揺が肩を揺らす。
「すみません……」
「いえ、君が悪いんじゃない。儀式の副作用ですから」
「は?」
 豪炎寺が鏡の中の地木流を見据えた。
「儀式に失敗して、君は女性になってしまった。けれど、女性は女性でも、ただの女性では無いんですよ」
 淡々と語ってくる地木流。
「では、なんだと……」
「落ち着いて聞いてください。君は女性の姿でありながら、人間とは異なる存在でいます。さながら悪魔……夢魔に近いものになっています」
「夢魔?」
「異性を誘惑する悪魔です。女性ですからサキュバスですね。サキュバスは男性の精液を吸って生きると伝えられています」
「だから、しないと治らないんですか」
「はい。君は話がわかる。夢魔は襲われる相手の理想像で現れます。豪炎寺さんは豪炎寺さんの姿で女性となり、頭は二階堂監督の事ばかり……これがどういう意味だかわかりますか?」
「いいえ」
「二階堂監督の理想像そのものが、君だからですよ」
「……っ」
 咄嗟に言い返そうとする豪炎寺の口を大きな手で塞いだ。
「君が頑なに二階堂監督を避けるのは、君も好きだからなんでしょう」
 手に触れる豪炎寺の力が失われるのを地木流は感じた。抵抗の意思を失ったのだろう。


「君と監督は好き同士で、君が夢魔になった事でさらに求めるようになった。頭の中は監督だけではなくて、したくてしたくてたまらないんじゃないですか?」
「ちがっ……違う……!」
 首を振り、地木流の指の隙間から声を発した。
「嘘をおっしゃい。二階堂監督の精液を飲み干したくて、身体いっぱいに満たしたくて、疼いているんでしょう?」
「違います!」
「とぼけんなよ!」
 豹変した地木流の手が乱暴に上着を上げ、胸元に巻かれた包帯を前から指を入れて下ろす。
 零れた乳房は、試合前に外気に晒された時よりも張っていた。
「違う……!」
 上着を下ろして地木流から逃れ、洗面台に手をつき項垂れる。
「まだ認められないのか」
 男の手が腰を掴み、もう一方の手がハーフパンツ、スパッツ、下着を全て下ろす。
「……うっ……!」
 眼を瞑る豪炎寺。
 彼女の秘部は淫らな蜜でぐしゃぐしゃに濡れそぼっていた。
「こんなに股を濡らして、まだしらばっくれるのか」
「こんなの……こんなの……二階堂監督に……」
 崩れ落ちるように足を折り、床に座り込んでしまう。上着の裾を下へ引っ張る。二階堂を求める疼きは次第に酷くなっていき、下肢を曝け出されても耐えるのに精一杯で羞恥どころではなかった。衣服を掴む手に汗が滲む。このままだと地木流がいるにもかかわらず自慰を始めて、己を慰めそうだった。
「これでは後半戦に出られませんね。今ここでセックスをして戻しても良いのですが、それだと校則違反になってしまうので」
 凶暴な人格が引っ込み、落ち着いた声で話す地木流。だが言っている内容は辛辣であった。
 自分の上着を手で叩いて持ち物を探り、ボールペンを取り出した。
「豪炎寺さん」
 膝をついて肩に触れ、振り向かせた顔の前にボールペンを持っていく。
「二階堂監督のものには到底及ばないかもしれませんが、これを代わりに挿れてみたらどうでしょうか」
「代わり?」
 豪炎寺の頭は色に呑まれて判断能力が落ちており、ピンと来ない。
「こういう事です」
 ボールペンを双丘の間をそってなぞり、秘部に入り込んだ。濡れたそこは微かな水音を立て、すんなりと呑み込む。
「あ!」
 感覚が敏感になっているのか、腰が浮いてビクつく。
「これで、良いですか?」
 確認するかのように出し入れさせる。
「あ……っ、あ………」
 秘部から蜜がとろとろと流れ出て、豪炎寺を刺激させた。
 けれども、物足りなさを彼女は感じており、地木流にもそれは伝わる。
「満足いただけませんか……んー、他には」
 もう一度、衣服の中を探る。するとズボンのポケットからホイッスルが出てきた。
「これはどうでしょうか。入れ辛いので、こっち向いてください」
「はい……」
 豪炎寺は向き直ったかと思うと、股を大きく開いて異物を受け入れる体勢になった。丸見えになった秘部は物欲しそうに涎のように蜜を垂らし、ひくひくと震えている。
 ごくり。地木流は生唾を飲んだ。目の前に夢魔が異性を求めている姿が、ありありと映し出されているのだ。悪魔に命を狙われる寸前の地獄絵図が脳裏を過る。尾刈斗の人間としては、最高のシチュエーションの臨場体験のようなものだった。
「では、挿れますね」
 秘部にホイッスルをあてがい、ゆっくりと沈めていく。いやらしい音を立てて、これも簡単に呑み込んでしまう。
 恐らく、サキュバスとなって男のものを心地良く呑み込めるように身体が構成されているのだ。
 ホイッスルに付けられた紐を太股に結びつけ、落ちても無くならないようにした。
 衣服を正し、起き上がる豪炎寺。昂りのせいか、目元は熱っぽく潤んでいた。
「……くれぐれも二階堂監督には言わないでください」
「あんなものを挿れた事を知られたら、さすがに殴られかねませんよ」
「二階堂監督はそんな事しません」
「あの方、随分と君の事が大好きで大事で欲しいように見えるので、わかりませんよ」
「…………………………」
 豪炎寺の冷めかけていた頬が再び火照る。
 相思相愛ぶりに、さすがの地木流も当てられて気恥ずかしさを覚えた。
 その一方で、発情した彼女を二階堂の前に放り込んだら、どれだけ乱れるか興味深くもある。
「ウチが勝てば、豪炎寺さんが困るような事にはならない。後半戦、頼みますよ」
「はい」
 地木流がドアを開け、二人は洗面所を出た。
 廊下を歩く豪炎寺は秘部に入れられた硬いホイッスルの感触で密かに飢えを凌ぐ。
 けれども頭の中が二階堂で埋め尽くされているのは変わりなく、しかも地木流に指摘された通り、思い浮かべるのは二階堂との淫らな行為だ。さらにおまけに、こんな行為をしたら“どこで覚えた”と叱られるようなものばかり。覚えたのではない、ただ二階堂の気を惹かせたくて過激に仕掛けたいだけなのだ。
 もはやこの性衝動は本来のものか、儀式の副作用かわからなくなってくる。
「あ」
 不意に足を止め、壁に手をつく。また身体が疼きだしたのだ。
「大丈夫ですか」
 地木流が気付き、豪炎寺を抱き寄せる。
「はい……」
「そんなに二階堂監督の肉棒が欲しいんですか」
「地木流監督」
「肩を、貸しましょう」
 肩に手を回し、二人はグラウンドへ向かった。






 その頃、木戸川のベンチでは点をどう返すか打ち合わせが行われていた。
「俺たちに任せちゃってよ」
 武方三兄弟が三人揃って己の胸を親指で差す。
「いえ、ここは俺が」
 西垣が名乗り出る。
 ああでもない、こうでもない。なかなか良い策が思い浮かばない。
「なあ」
 部員の一人が隣を叩き、顎で知らせる。校舎の方から地木流と豪炎寺が、肩を組みながら尾刈斗のベンチの方へ戻るのが見えた。
「なんなんでしょうか、アレ」
 部員の視線が二階堂に注目する。
「全っ然!羨ましくなんかない!」
 きっぱりと言い放つ。変に声が通ってしまった。本人は毅然な態度のつもりなのだが、周りには哀れなほどの見栄に映る。
「二階堂監督、すみません……」
「ごめんなさい」
 詫びだす部員。
「どうしてお前たちが謝るんだ」
 さっぱりわからない二階堂。
 木戸川の部員はそんな監督を愛していた。
 後半戦が始まろうとする中、ベンチ端に置いてあった荷物の携帯が鳴り出す。
「失礼します」
 西垣が鞄から携帯を取り出した。試合前、急に電波が悪くなったのを二階堂は知っていた為、簡単に説明して部員を納得させる。
「あ、一之瀬!こっちは大丈夫だ」
 相手は途中で通話が切れた一之瀬。
『あー……良かった。怪奇現象かと思ったよ』
 西垣の無事に安堵し、その後で雷門に豪炎寺がまだ来ていないのを愚痴る。
「豪炎寺……」
 呟くように豪炎寺の名を口にし、続けた。
「安心しろ。俺たちが取り戻すから」
『何の事だ?まさかそっちにいるとか?』
 馬鹿な、と冗談と捉えた一之瀬の笑い声を聴きながら西垣が通話を切る。
「じゃあ、またな」
 携帯を閉じ、仲間たちを見回して“勝とう”と告げた。


 後半戦が始まった。
 前半とは打って変わり、木戸川に遠慮や躊躇いなどは無く、猛攻撃を始める。彼らの気合の入りようは、催眠術をも効かず、力と力の対決となった。
「西垣!」
 先陣を切っていた長男・勝が西垣にボールを回す。フットボールフロンティアの反省を経て、仲間の力を信じる事を学んだのだ。
「任せろ!」
 ボールを胸で受け止めてからシュートを決める。放たれたボールは鉈の手を抜けてゴールに入った。
「同点!そのまま突っ切れよ!」
 ベンチから二階堂がエールを送り、グラウンドにいる選手が親指を立てて勝気に微笑む。
「絶対に取らせるものか!」
 豪炎寺が鬼気迫る勢いで立ち向かうが、あっさりと屋形に抜かれてしまう。
「なっ……!」
 横切った屋形の表情は心を鬼にしたかのように、動じない。屋形は前に出ていたDFの女川に渡し、次は彼がシュートを撃ち込んだ。しかし鉈に弾かれた所を、すかさず三男・努が決めた。
 1−2で押し切り、木戸川は尾刈斗に勝利する。
「やった!」
「俺たちだって協力すればこんなもんっしょ!」
 勝利を分かち合う木戸川。
「そんな……」
 落胆する尾刈斗。中でも助っ人という立場で本来の尾刈斗部員ではない豪炎寺の落ち込みは酷い。
「…………負けた……」
 膝を地につき、手をついた。
 どうすれば良い。どうしたら良い。
 懸命に二階堂を避ける言い訳を探し出した。けれども本能は早く二階堂を早くと、彼ばかりを欲している。理性と本能が全く噛み合わず、バラバラになりそうだった。










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