シンボル
- 2 -



 仲間だった男・高崎の手が風丸の顎に添えられる。
「さて、どうしようか。どうしたら風丸は俺たちのものになってくれる?」
 視線は風丸を見据えているのに、自問自答をしているようであった。
「無駄だ。俺はもう、お前の顔なんか見たくないくらいだ。……俺の気持ちは陸上から離れていくだけさ」
「そうか」
 相槌とは異なる声色。閃きだ。
「風丸がサッカー部にいられなくなれば良いのか。それがあったよ」
 顎を解放し、口元に移して笑う高崎。
 立ち上がって部室内をうろうろ歩き回る。
「サッカー部にいるのは円堂がいるからだから……円堂の性格的に円堂から風丸を避けるのはない……だとしたら……」
 彼の決断を、拘束された風丸、見守る陸上部員は待った。
 特に風丸にとっては、天国と地獄の境界線を綱渡りしている気分である。
「風丸が円堂に顔向けできないようになれば良いんだ」
 立ち止まり、振り向く。
「おい、お前」
「僕ですか」
 陸上部員の一人を呼ぶ。寄ってきた所に耳打ちする高崎。
「さすが……にそれは……」
「顔は……いし、お前は一番体格も良いし……になる」
 小声な上、離れているので聞き取り辛い。
「次はそこ」
「はいっ?」
 別の部員を指差す。
「こっちには来なくて良い。ほら、教えてやってくれ」
「わかった」
 着々と何かが進行されていた。
「後は宮坂を捕まえておけば良い。宮坂、下手な行動は取るなよ。仲間に手荒な真似はしたくない」
「高崎さん。だったら風丸センパイも仲間じゃないんですか」
「そいつは俺たちが頭を下げても仲間にはならないって言ったんだぞ」
「……………………………」
 宮坂は反論するように口を開くが、発せずにつぐんだ。
「風丸を慕う気持ちはわかってる。お前は何もしなくて良いから」
 そうこう言っている間に、二人の部員が風丸の前に立つ。


「風丸さん」
「風丸」
 風丸の名を呼び、一礼してから座り込む。
「本当はこんな事したくないし、間違っていると思います。ですが、他に方法が見つかりません」
「高崎ほど部を考えてくれている奴はいない。俺はアイツを信頼して、貴方のスカウトに乗ったんだよ」
 一人が風丸を動けないように押さえ、一人がハンカチを出して猿轡として噛ませて来る。
「むっ……!………う………」
 抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、風丸の口は塞がれてしまった。
「失礼します」
 詫びを入れ、学ランのボタンに手をかける。
 外す本人も着慣れているせいか、刻みよく外されていく。
 ぷつ、ぷつ、ぷつ。
 前三つを開けられた途中で、部員は高崎に伺う。彼は奥の方へ行ってしまい、遠くから返答をする。
「全部、取った方が良いですか?」
「そうだな。取ってくれ」
「シャツはどうしましょう」
「外してくれ」
「わかりました」
 言われた通りに学ランのボタンを下まで外し、次にシャツのボタンをも外した。
 裸の胸が外気に晒される。サッカーの練習や緊張もあり、若干の汗を掻いていた。
 入り込んでくる空気は涼しい。胸の奥まで吹き荒みそうだった。
「ごめんなさいね」
 どっこらしょ。交代して別の部員が身を屈め、風丸のベルトに触れる。
「んーっ!んんっ!」
 暴れだす風丸。さすがに我慢がならない。
「暴れないでってば。あーやめてやめて怖い怖い」
 それはこっちの台詞だ!風丸は心の内で叫ぶ。
 しかし、殴りたくても殴れない。蹴りたくても蹴れない。噛み付きたくても噛み付けない。
 前屈みになると首が絞まる。興奮して猿轡に唾液が染み込んだ。
「ああ、痛そう。苦しくなるのは風丸でしょ」
 部員が風丸の額に手を当て、やんわりと押して首の紐が絞まらないようにしてやる。
 額を控えの部員に任せ、ベルトを両手で外す。
 ズボンのチャックを下ろされ、下着がチラつく。
「足閉じて、腰あげて、よ」
 膝と膝を合わせられ、腰を持ち上げられ、ズボンと下着を下ろされる。足元でくしゃくしゃになって寄せられた。
「!!!!」
 急速に上昇し、下降する顔の温度。赤面と蒼白、身体もどうしたら良いのかわからないみたいだった。
 目尻がひくひくと痙攣する。
「酷い!あんまりです!!」
 宮坂が悲痛な叫びを上げた。
「高崎、準備できたぞ」
 宮坂を無視し、風丸を脱がせた二人の部員は立ち上がる。
「おお、こっちも見つかった」
 戻って来た高崎の手にはデジタルカメラと薄い冊子を抱えていた。


「さてと。ほらお前も脱げって」
「マジですか……」
 高崎と直接相談しあっていた部員が、うんざりといったように肩を下ろす。
「ここまで来て何言ってんだよ。全部脱げとは言わないから。下だけで良いって」
「なんか余計に悲惨ですよ」
 ぐちぐちと零しながら、高崎曰くこの中では体格の良い部員が己のベルトに手をかけ、外した。それだけで後は指示を待つ。
「んーと……」
 高崎がデジタルカメラを弄り、どうやら設定が上手くいかないらしく呻いている。
 メモリを調べれば、過去に撮ったものの中には風丸もいた。
 笑顔と優しさ、美しさに包まれた思い出。たくさんの部員に囲まれ、夢に向かって走っていく。
 画面から目を離し、部を見回せば殺風景な光景が広がり、卑怯なショーの幕開けまでしようとしている。
 狂いの発端は風丸の退部。誰かが言っていた“風丸がサッカー部に取られた”という言葉が、今も高崎の心に重石となって静かに存在感を示していた。部をどうにかしなければという、使命感の生まれもこの時からだったかもしれない。
 昔の輝きが欲しい。願いはそんなささやかなものだったはず。
 戻れるんだろうか。不安めいた問い。
 どんな結果が待とうとも、指を銜えて何もせずに青春の場が消えるのだけは嫌であった。
 どうせなら、必死に足掻いてやりたかった。
「よし」
 一人頷き、高崎はメモリのページを切り替える。
「始めようか」
 風丸と部員たちの前にやってきた。
「……………………………」
 風丸は足を固く閉じて局部を隠し、高崎を見上げる。
 その瞳にもはや情はない。鋭く憎悪に染められていた。
「ふん」
 風丸をチラリと見て、高崎は鼻で息を吐く。
 随分、嫌われてしまったものだ。
 頭を振るい、冊子を二人の部員に見せる。
「見てくれ。こんなのはどうだ」
 冊子は漫研の描いたエッチな本。
 思春期の学生が抱く、女と性への憧れが欲望のままに描かれていた。夢見がちな内容ではあるが、情熱を感じさせる。
 高崎の言う“こんなの”とは、丁度女が男に貫かれるのを上から見上げたコマ。
 そう『風丸が円堂に顔向けできないようになる』為に考え出したのは、風丸が漫画に出てくる女のように男といかがわしい行為を撮影するというものだった。俗に言う“ハメ撮り”だ。
 風丸は男であるが、男だからこその背徳観がある。要は風丸自身に抱かせれば良いので、乱暴などいらないのだ。
「緊張すんな。楽しく行こうぜ」
 気分は監督である。


「まず開かないと身体が割り込めないな。俺がやってやる」
 本を部員に渡し、高崎は屈んで風丸の裸の膝に手を置いた。
「はいご開帳〜」
 強引に風丸の股を開かせ、既にベルトを外していた部員が下半身を露出しだす。
「さ、入って。足は開いた形に固定できないかな。椅子持ってきて縛り直すか。よし、頼む」
 傍にいたもう一人の部員の肩を軽く叩く。
 下を脱いだ部員が風丸の足の間に割り込み、性器が双丘の間に入るように見立てられた体勢にされる。肌と肌が触れる感じが何とも心地が悪い。本来、こういった行為は好きな人同士で気持ちが良く、喜びを感じるもののはずなのに。喜びとは程遠い。どこまでも遠い。遠すぎて、絶望さえも感じる。
「んう…………」
 風丸は悔しい気持ちをいっぱいにさせて前を向いた。
 向かい側には同じように下肢を露出させる部員がいる。ばつの悪そうな顔で別の方を眺め、肩を竦めていた。
「嫌ですよね。僕だって恥ずかしいです。いくら顔は写さないからって。風丸さんが素直に部に入っていれば……」
 責められていた。
 こうまで周りに寄って集って責められ続ければ、風丸の心に罪の意識が降り積もってくる。
 これは当然の罪とさえ思えてくる程に。
 閉鎖された空間は徐々に人の心を削っていった。
「頑なに断るのは、円堂さんが好きだからなんですね。宮坂さんも言っていましたが、良く知った仲だそうですね。良いなぁ、僕は転校してきたから、そういう人周りにいなくて。前の学校の友達に急に会いたくなりました。でもこんなの、見せられないな。参ったなぁ……」
 独り言のように部員はぼそぼそと呟く。
 純粋なのだろうが、全て厭味にしか聞こえない。
 横では足を縛り直され、開かれた形を固定される。どこからか、いつからか、激しい怒りは失せていた。怒りよりも諦めが上回っていた。
 自分の尊厳よりも支配するのは円堂の事。彼はこれを見たらどう思うのか。想像するだけで胸が苦しくて息が詰まりそうになる。
「もう……やめてくださいよ……もう……」
 宮坂の声にも元気が無い。彼の声は風丸の代弁のようにも覚えた。
「もうしばらくの辛抱だよ宮坂。撮ったら終わりだ。撮ったら風丸は俺たちの元しか行けなくなるさ」
 高崎はカメラを構え、風丸の顔にピントを合わせて結合部が入るようにしきりに位置を動かす。
「風丸、こっちを向いてくれ」
 反応しない風丸。高崎はもう一度呼びかける。
「風丸。…………………………風丸」
 三度目の呼びかけで、カメラの方を向いてくる。表情は無く、無愛想である。
 しかしどこか色気があり、彼らしさがあった。
「写真は笑うもんだ。笑う気はないか。その方が良いかもしれないな」
 フラッシュがたかれ、機械音と共にカメラに写真が納められる。
「念の為、もう一枚っと。さあ終わった。皆、ご苦労だった」
 撮り終えると手早く高崎はカメラを仕舞う。部員がどくと、屈んで語りかけた。
「カメラは俺の下にある。変な真似をすればバラ撒く。部に来てくれるのを待っているよ。掛け持ちは駄目だ。サッカーをやめてこっちに来るんだ」
 上に手を伸ばし、長テーブルに置いてあったらしいハサミを取って、首のテープだけを切る。
「じゃあな」
 立ち上がり、高崎は去っていく。
 後ろの方で鍵が外され、扉が開放される音が聞こえた。
 残りの部員も次々と出て行く。残されたのは縛られた風丸と、漸く自由な身となった宮坂であった。
「風丸センパイ!!」
 宮坂が駆け寄り、跪いて手足のテープを切ってくれる。
 動けるようになった風丸は、まずは下着を履き、衣服を整えた。
 ベルトを締めていると、宮坂は立ち上がる気配を見せず項垂れている。
「センパイ……本当にごめんなさいです……謝っても許してはもらえないでしょうが……」
 背中が小刻みに震えた。
「宮坂。お前は最後まで反対してくれたじゃないか」
 風丸は優しく声をかけ、背中をさすってやる。
「でも……無力でした……。オレが……不甲斐無いばっかりに……!」
 嗚咽を漏らし、涙の粒を零す。
「宮坂……」
 顔を上げさせ、涙の溜まった目元を指で拭う。笑みを作り、安心させようとした。
「うう……センパイ…………うああああ」
 宮坂はさらに泣き出す。風丸の分まで泣いてくれているように。






 落ち着いた宮坂は鍵を預かっていたと話し、部室を出て鍵を閉める。
「センパイ。どうするんですか」
 扉の方を向き、風丸に背を向けて宮坂が言う。
「どうするかな……このまま脅しに乗るつもりはないし、しばらく様子を見るよ」
「わかりました。オレも何とか出来ないか考えてみます」
「無理するなよ。目を付けられているぞ」
「心配ご無用ですよ」
 振り向き、微笑む宮坂。
「有難う、宮坂」
 風丸も笑みで返そうとするが、苦いものになってしまう。
 校門を出て、反対方向の宮坂と別れた。すっかり日は暮れて辺りは真っ暗に染まっている。
 今夜は月が雲に陰っていた。まるで己の心のように。










Back