悪夢
-8-
トマエ火山中心部では、ジャミルとバーバラがサルーインのしもべミニオン・ワイルと戦っていた。ミニオンの投げつけた火球をバーバラがアイスソードで両断する。炎を割ってジャミルが飛び出し、細剣を目にも留まらぬ速さで突く。
オーヴァドライブの使用で体力を使いきってしまっているバーバラの代わりに、ジャミルが囮として挑発をするものの、ミニオンはことごとくバーバラだけを狙ってくる。ミニオンの周りを鮮やかな光線が走った。知力強化の術だ。
「ちっ」
舌打ちをしてバーバラへ目配せをするが、彼女の反応が鈍い。
「……………う………」
目を細めるバーバラの視界がぐらりと揺れる。
「バーバラ!」
叫ぶのも虚しく、バーバラを術の連続攻撃が炸裂した。身体が吹き飛ばされ、跳ね返って地面へ倒れこんだ。すかさず放ったジャミルの回復術は相反する術によって掻き消される。
「なっ!」
ミニオンを見れば、既に両手が新たな術を形成させていた。
間に合え…!
ジャミルは手で印を組むが、彼は行動を戸惑っていた。
もう一度、回復術を施しても二の舞なのではないか。
バーバラと同じく取得しているオーヴァドライブを使うべきか。
時が止まっている間でバーバラは救う事は出来るだろう。だが、残りの時間でミニオンを倒せるという確信が持てない。失敗をすれば後が無いのだ。
確実に倒さなければならない。
ジャミルは自分自身へ問いかける。俺に出来るのかと。
「やるしかない!」
バーバラを失う訳にはいかない。生きると約束をした。
決意の瞳がミニオンを見据えた時、彼はあっと声を上げそうになる。驚きに目が見開かれる。
ミニオンの背後に佇む人影。熱風になびく中で手に持つ一本の刀。刃は炎の色を灯し、赤く燃えていた。髪の間から覗かせる瞳の色も赤く染まっている。怒り、憎しみ、悲しみ、多くの負の感情を抱いているというのに、静寂を感じた。まるで風の無い水面のように。
「来やがったな」
ジャミルの口の端が上がる。なぜだか嬉しくなった。
身体を巡る血潮が沸いて、闘争本能を掻き立たせるのだ。
「遅い到着ですね」
ミニオンの目がすっと細められる。
グレイの視界にミリアムの杖が映った。頭の中で散らばったパズルが合わさり、仕組まれた糸の正体を悟る。
「ミリアムが世話になったな」
光の線を描き、刀が振り下ろされるが、すんでの所でかわされた。あくまでグレイの表情には動きが無く、また刀を構えてミニオンへ向き直る。ちらりとジャミルの方を見て、視線を戻した。
「ほう。何があったのかは知らないが、変わったな」
「そりゃどうも。ミリアムはどうした」
ジャミルは帽子を被り直し、印を組み直した。
「置いてきた」
「じゃあ1人で来たってのかい。大した度胸だ。よほどの身の程知らずか」
「性分さ」
「そうかい。お前さんの相手はちょっと待っててくれよ。先客がいてね」
「生憎、俺はせっかちだ」
「「ふっ」」
2人は鼻で息を吐いて、頭を短く振る。やれやれと呆れてしまう。命を狙っているというのに、頼もしさを感じた。
「…………!」
グレイは跳んで、ミニオンに切り掛かる。その隙にジャミルはバーバラを回復させた。背中へ回って起き上がるのを手伝いながら、彼は囁く。
「バーバラはここで休んでいろ」
肩に乗ったジャミルの手を、バーバラは軽く払う。
「何言ってんだい。あんたの優しさは露骨すぎて気持ち悪いねぇ。あたしはまだやれる。本当に駄目な時は下がるよ」
「全く。どいつもこいつも世話ないな」
ジャミルは立ち上がり、腰に下げた細剣を抜き、グレイに加勢する。2人を見るバーバラの口元も笑っていた。
得意の素早い動きでミニオンに近付き、細剣でフェイントをかけるジャミル。懐へ入り込み、強烈な蹴りを浴びせてミニオンを上空へ飛ばし、さらなる蹴りを浴びせて自分の身体ごと上へと持ち上げて行く。ジャミルの身体が避けた瞬間にグレイが刀を突き刺した。だがミニオンは霧のように変化させてかわし、腕の裾を掠るだけであった。
「ん?」
グレイの眉が怪訝そうに潜められる。切り裂いた裾の間から、小さな光を見つけた。グレイの心に反応するように、刀がひらめき、霧を切り裂く。闇が吹き出し、中から光が零れ落ちる。それを逃さず刀で掬うように受け止める。刃に当たった光は跳ねて、グレイの空いた手の中へ着地した。
開いて見れば、やはりそれは光のダイヤモンド。大方、手に入れた上でグレイ達を倒し、サルーインへ報告するつもりだったのだろう。その方が大手柄を取れるとでも思っていたのか。なんと浅はかな。グレイは鼻で笑う。
「又貸しは頂けないな。返してもらったぞ」
そう言って懐へ仕舞いこんだ。
「させるか」
ダイヤモンドを取り返そうと、闇の触手がグレイへ襲い掛かる。
「させないね」
闇をバーバラが払う。
ミニオンの周りを三角形にジャミル、バーバラ、グレイは囲む。合図など何も無いのに、仕掛ける瞬間はわかっていた。
ダッ!
踏み込む音が揃う。
ジャミルの細剣が、バーバラの両手大剣が、グレイの刀がミニオンの身体を貫いた。身体がぐにゃりと曲がり、邪悪な炎を揺らめかせる。傷口からは底を見せない闇が溢れ出していた。
「ぐっ………その技、覚えたぞ…………!」
低く呻き、捨て台詞を吐くと姿が透き通る。そして蒸気のように昇って、掻き消えた。
ミニオンは去ったが、その手には武具が握られたままであった。まだ終わってはいない。
グレイの刀がジャミルに向けられる。ジャミルは動じる事無く、細剣をグレイへ向けた。
「さて、決着をつけようか」
瞳もまた、真っ直ぐに相手へ向けられていた。
「もはや言葉は必要ない。貴様を叩き潰さねば、気が済まないのでな」
揺れる事無く、迷いは見られない。初めから決まっていたかのように。
「ああ。避けられはしないな。受けて立つよ。悪いが、俺は生き残らせてもらう」
バーバラは無言で後ろへ下がり、剣を置いて行く末を見守った。
対峙する中で、胸の内で友へ語りかける。
ダウドへ。
ガラハドへ。
「これで良いんだな」
唇の動きだけが言葉を形作った。
「あああああああっ!!」
2人の咆哮が雄々しく響き渡り、ぶつかり合う刃が共鳴する。
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