唯一有彩色 <11>
瞼を開くと見なれない白い天井が目に入った。左右を見やる。
見知らぬ部屋の壁。
だがそこに成れ親しんだ黒い異形の姿を確認する。
「リューク」
その声は空気を震わす程度に留まった。
だがリュークはそれに気付いて月のすぐ横までふわりと飛んでくる。
月にしか見えない黒い羽がはらはらと散った。
話しかけようと口を開いたが、Lがここに運んだと言う事実に慌てて周りを見回す。
そんな月にリュークから話し掛けて来た。
『監視カメラも盗聴機もないぞ』
探しておいたと言うその言葉に月はほっとして息を吐く。
「ありがとう。後でリンゴあげるよ」
『やった!』
喜びの声をあげるリュークに日常を感じた。
なんとか無事に助かった様だが、全く持って散々な日だった。
生命の危機を感じたし、腹に怪我まで負ってしまった。
「もうあんなのはこりごりだよ」
『そうか?楽しかったぞ』
暢気な言いぐさがリュークらしかった。
もっとも人の寿命を知るリュークには結末がだいたい分かっていたのだろう。
『しかし月がLの奴を庇うなんて思わなかったな。
あのまま殺させようとすると思った』
リュークの言葉は当然のものと言えた。
対立して邪魔に思っているのだから庇う理由など本来ならないはずだ。
ただあの時Lが基端に殺されると思ったら身体がかってに動いていたのだ。
それに今どちらも無事と言う事は、結局庇っても庇わなくても結果は同じだったろう。
自分が庇わなかったからと言ってLが死ぬ事はない。
なんとなく言い訳じみた考えだった。
ただ分かる事は元端にしてもそれ以外の人間にしても、Lが殺されるなんて絶対に嫌だ。
勝手に死ぬなんて許せない。
Lの死は月の手によってもたらされなくてはならない。
思考に没頭する月の耳に突然ノックの音が響いた。
月が返事をする前にドアが遠慮がちに開く。
奥から現れたLは軽く起きあがっている月を見て表情を和らげた。
「月くん……起きたんですね。大丈夫ですか?」
「竜崎、今回は助けられたな」
「いえ、私の方こそ助けられました」
言いながらLは月の横まで歩いてくる。
すぐそこに立つと、近くの椅子に腰を下ろす事もせず月をじっと見つめてきた。
上から見下ろされるのはあまり気分の良いものではない。
あまりに長い間見つめられるので、いい加減文句でも言おうかした瞬間。
突然Lは月にかけられていた布団をはぎ取った。
驚く月が何も出来ないうちに着せられていた病院服をめくりあげる。
「おい!何する……」
「血はもう出ていませんね」
腹に巻かれた真っ白い包帯を見てLはつぶやいた。
右手が動き月の傷口に触れようとする。
しかし傷が痛むと思い至ったのか直前でとどまった。
触られず痛みを感じずにすんで月がほっとする。
Lはぐっと月の目の前まで顔を近づけてきた。
突然の行動と話すときやけに顔を近づけるのはこの男の癖のようなものだ。
手をついたLの体重でベッドがギシリとしなる。
「月くん」
「なに?」
「月くん」
「……なに?」
「月くん」
「……だからなに?」
「失礼します」
Lの体を支えていた手が月の背に伸びた。
抱きつかれて耳を胸に押しつけられる。
「おい」
「しばらく我慢して下さい。安心するので」
「……前にもこんな感じで抱き締められたな」
だがしがみつくように抱きしめられるのは不快じゃなかった。
伝わってくるLの体温を心地よく感じる。
これは人肌と言う暖かさに感じる心地よさだけではない。
まるでこの腕の中にいればあらゆる事から守られるような、深い安堵感。
敵対者に抱く感覚じゃないと自分を罵る。
何故こんな風に感じるのだろうか?
「月くんが刺されて、大量の血が出ていて、どうすればいいか分からなくなりました」
思い出すと確かにあの時のLはいやに呆然としていた。
そのおかげで月は死ぬかという危ない思いをしたのだ。
「目の前に血が広がって、それしか見えなくなって……怖かったです」
正直な告白に思わず苦笑を漏らす。
大量の血が怖いだなんて、グロテスクなものを忌避する少女じゃあるまいし。
「腐乱死体の写真見ながらティータイムを送れる人間の言葉じゃないね」
「実際に見るのと写真で見るのとは大きく違います。
……あんなに大量の血を直接見たのは初めてです。
本当に死ぬかと思った……」
全てをパソコンを通じて行うLが実際に行動することなど稀な話なのだろう。
殺人事件の調査をするだけなら写真だけで事足りる。
Lがやっと胸から顔をあげた。
やけに真面目な顔で月の手を握り込む。
「だからお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい」
Lは一呼吸おいて宣言した。
「私の知らない所であなたが誰かに殺されるなんて絶対嫌です。
死ぬのは私の元で。
それ以外許しませんから」
「くっ、ははっ……何だよそれ」
思わず笑いがもれる。
Lの言い分は身勝手にもほどがあった。
死ぬ場所はLの元以外許されない?
それはつまりキラとして捕まえて殺してやるってことだろうか?
しかもそれ以外では死んではいけないだなんて言う。
なんでこんなにも自分と似ているんだろう。
月もLが知らない所で誰かに殺されるなんて絶対に嫌だ。
死ぬのなら月の手にかかって死ぬ以外は許せない。
お互い同じ事を考えている。
それに驚いた月はLにも同じ思いを指せようと口を開いた。
「じゃあ僕からもお願い。
お前の『お願い』をそっくりそのままお前に要求するよ」
月の言葉にLは一瞬きょとんとした顔を見せた。
だが自分の要求を思い出して月の言葉を理解したのか喉奥で笑う。
「分かりました。しません。誓います。もっとも……」
にやりと質の悪い笑みをLはこぼす。
「死ぬつもりなんてありませんから」
殺される気はないというLの宣戦布告に月も笑う。
「安心しなよ。僕もだから」
Lも月の宣戦布告に笑った。
いつも正しく月の言葉の意図を理解する。
こんな相手はLだけだ。
「あともう一つお願い」
月の言葉にLは不満らしき事を口にする。
「私は一つなのに月くんは二つおねだりですか?」
それくらいで文句を言うとは知ってはいたが我が儘な奴だ。
自分より上の位置にあるLの顔を見上げながら月は肩を竦めてみる。
「駄目?」
「駄目じゃないですけど……
で、もう一つのおねだりとは?」
結局折れたLに向かって言ったお願いは、ある人物の元に月を連れて行く事。
それを言うとLはいやに驚いた表情をした。
そして連れて行くのに難色を示したが、結局明日退院の後に直接そこへ連れて行く事に同意した。
その後もしばらく話しをしていたが「仕事がある」とLは病室を後にした。
それを見送って、Lが病室から完全に離れたくらいの時間が経った頃に月は言った。
「鞄とってくれないか?リューク」
それは月が連れ去られた時に持っていた鞄だった。
元端の車の中に放置されていたらしいそれは病室の片隅にひっそりと置いてある。
本来なら事件関係の物として押収されても仕方のないものだが、Lが気を使ったのか手を回して月の手許に戻してくれた。
それに関してはLに感謝をしなくては。
「Lの奴、これの中調べたかな?」
『少なくとも自分では調べてないみたいだ。
捜査本部の帰りだったから何も持ってないって踏んだんだろ』
調べるのならLの事だ。自分で直接するだろう。
Lがしていないというのなら大丈夫だ。誰もこの鞄に触っていない。
「油断したな、L」
くすりと笑って月は鞄の中からボールペンと財布にはいった紙切れを取り出した。