パラレルお題
唯一有彩色      <12>
 しんとした空気が人に威圧感を与える。
月は元端の収容されている警察署に来ていた。
 Lへの2つ目のお願いは元端と2人だけで話がしたいというものだった。
さすがにそれは通らなかったが、小さな部屋を用意してそこで監視付きでならと言う事になった。
今元端と話す部屋に行く為冷たい地下への階段を降りている。
 ここに連れて来てくれたLは警察署の外で待っている。
Lは直前まで月を病院から出すのに納得出来ないような表情をしていた。
 しかしそんなにひどい怪我でもないし日常を送るには全く問題ないものだ。
病院から出したくなかったのはどちらかと言えば元端に会いたがっているからだろう。
 示された部屋に入ると、そこには元端と監視役の警察官がいた。
貧相な机と向かい合った2つのパイプ椅子。
奥側の椅子に座る元端はうつむき、うなだれている。
月は警察官に示された手前側のパイプ椅子に腰掛ける。
「基端」
 月の声に基端は顔をあげた。
元端は目の前の人物に信じられないような表情をしている。
「夜神君……?」
 基端は襲った女性達に証拠を残していた。
言い逃れなどできるものではない。
犯人として捕まり意気消沈している男には猟奇殺人犯の様子はない。
ただ不安そうに月を見つめている。
「僕は君を殺そうとしたのに、なんでここに?」
「話をしたいと思って」
 その言葉に元端の淀んだ目が一瞬だけ光を取り戻した。
しかしそんな元端に蔑む様な表情で月は言う。
「やっぱり捕まったろ。君は裁きを受ける」
 物置き小屋でのやり取りを思い出してか、元端は苦々しく笑った。
「……そうだね。あの男を殺せないのは残念だ」
 元端の言うあの男とはLの事だろう。
月が元端と話がしたいと思ったのはその事だった。
元端は確かに月を殺そうとしていた。
それなのになぜ元端はLを殺そうとしたのか?
「夜神君はいつも皆に平等だった」
 その言葉に月は心の中で頷いた。
確かに自分は犯罪者などの憎むべき存在以外誰にでも平等なように接している。
「僕は夜神君の特別になりたかったけど
誰もが平等なら、特別になれなくても良いと思ってた……
でも夜神君にとってあの男は特別だった」
 Lが月にとって特別だというのは事実だろう。
Lは自分の敵でしかないが確かにその実力は認める所だ。
それだけの能力を持った存在なのだから、そこら辺にいる人間とは扱いが変わるのも当然だ。
「夜神君が大切に思ってる相手を殺せば、夜神君はきっと悲しむと思った」
 元端の告白は的外れな言葉だった。
特別な事は認めても良いが大切なはずない。
何故なら月はLを殺さなくてはいけないのだから。
だから大切だなんて思ってはいない。
「僕は彼が死んでも悲しまないよ」
 気がついたらそんな言葉が口から出ていた。
月はその声に自分で言い聞かせるような響きを感じ嫌悪を増す。
元端はその月の些細な感情を読みとったのか、自信たっぷりに言う。
「悲しむよ。絶対」
 否定の言葉を返そうとしたが、それは出来なかった。
大切だとか、死んだら悲しいだとかLとの関係はそんなものじゃない。
そんなはずない。
 月は一度腕時計を見た。
秒針が突き進み、例の予定時刻まで後1分もない。
もう面会の時間は終わりだ。
そうしてパイプ椅子から立ち上がる。
まっすぐに見つめると元端はびくりと身体を震わせた。
すぐ近くにいた警察官も思わずそっと息を吐く。
 月はぞっとする様な冷たい表情で元端を見ていた。
目には蔑みと憎しみが宿っていて、その美貌も相まって壮絶な雰囲気だ。
月はその形の良い唇をそっと開いた。
「君は殺人を犯した許されざる人間だ。
その事だけでも君は裁かれるに十分だけど……」
 そこでいったん言葉を切る。
月の言葉は抑揚なく冷静で逆にそれが恐ろしくもあった。
「何より君は竜崎を殺そうとした」



僕はそれを許さないよ。



 それだけ言って月はくるりと反転し部屋を出ようとした。
Lが自分以外の誰かにおめおめと殺されたするなんて許せるものではない。
だが当然Lを殺そうとしたやつの事とて許せるはずがないのだ。



「やっぱり大切なんじゃないか」



 元端の言葉を必死に心の中で否定する。
「さよなら」
それだけ言って月は扉を勢い良く閉めた。
元端の言葉も何も考えたくなかった。
これから扉の向こうで起こる事を想像して、Lを殺す瞬間の事を考える。
なぜかぐっと心臓に痛みを感じて月はうつむいた。
月の腕時計の長針がかちりと動く。
「ぐっ……・うっ、がぁっ!」
 閉められたドアの向こうからうめき声が聞こえた。
中にいた警察官が慌てる声も聞こえる。
様子がおかしい事に気付いた警察官達が次々に元端の居た部屋に向かってくる。
 月はそれら人の群れを無視して出口に向かおうとした。
心臓の鼓動が早くて痛い。
階段の前まで行くと上から声が降ってきて、さらに心臓を驚かせた。
「月くん」
「竜崎……」
 のそのそと降りて来たLは月の横に立って元端のいる部屋を見やった。
人だかりの中から担架が運ばれてくる。
「元端が心臓麻痺で死んだ様ですね」
「そうだね」
 月が同意の言葉を漏らした時、2人の横を元端の死体が乗った担架が通り過ぎて行った。
月はそれを一瞬だけ見やったが、すぐにLの方に向き直った。
「キラの仕業である事は間違いないですが」
 そう言ってLは月に対して何か含む所があるように見る。
挑発的なその行為も月は気付いていないように装おった。
「元端は未成年ですから報道等はされていません。
しかし昨日の時点でインターネットに顔写真と名前が流出していました」
 その言葉に月は口の端だけで微かに笑った。
元端の情報を流したのは月自身だ。
「これではキラの特定ができません」
「そう。残念だったね」
 白々しい月の慰めの言葉にLはため息をついた。
今回は負けだと認めたようだ。
改めて月の顔を見ると、何か気付いたのか突然月の顔に指をのばす。
「何?」
「涙が……どうかしましたか」
 言われてみると目が少しだけ潤んでいる様に感じた。
想像でしかない痛みに涙を流してしまったのだろうか?
Lの死亡を喜ばないで泣くなんてキラ失格だ。
 そっと涙を指先で拭われると、病院で抱き締められた時と同じような安堵感に包まれる。
同時に心臓もまた痛み出す。


なんでこんなに安心してしまうんだろう。
なんでこんなに目の前の男が死ぬのが嫌なんだろう。
殺したいのに殺したくない。


「大丈夫ですか?」
何も答えない月を見てLは怪訝そうにする。
答えないでいると余りにしつこく尋ねるので月は小さく言った。
「痛いんだ」
「怪我が痛むんですか?だったら病院に行きましょう」
「怪我じゃない……大丈夫だ」
 言い募るLを無視して月は階段を上ろうとする。
しかしそれは月の手をLが掴む事で阻止された。
「竜崎?」
「月くん、本当に大丈夫なら一緒に散歩して来ませんか?」
「散歩に?お前と?」
「はい。今日は春らしい日和で気持ち良いですよ」
 見た目からしてインドア派のLからの誘いは意外なんてものじゃない。
月が答える前にLは握ったままの手をそのままに階段を上りだした。
途中Lの手が握られた月の拳を解いて手を繋ぐ形に持って行こうと動いた。
 男同士で手を繋ぐのかと嘆いたが、だからといって嫌な訳じゃない。
指先から伝わる暖かさには確かに心地よさを感じてしまうのだ。
「竜崎、今僕はすごく悔しいよ」
「なにがです?」
「元端が正しかったみたいだから」
 本当にあの男の言葉を認めるのは嫌だけど、大切なのかも知れない。
「元端が何を言ったか知りませんが他人に影響されるなんてらしくないですね」
「別に影響されてなんかないよ。名前を教えてもらっただけだ」
「名前……ですか」
 キラ事件のキーワードであるその言葉に過剰に反応を示す。
相変わらずキラばかりの男だ。
「でもキラでも殺せそうにない相手だけどね」
 殺せるものなら殺してみたい。
自分の心など死ぬまで殺せるものじゃないだろう。



 外に出ると春の陽射しが柔らかかった。
最近の夏かと思えるような暑さが嘘のように、春らしい爽やかな風が吹いている。
「竜崎」
「なんでしょう、月くん?」
「お前、僕の知らない所で死なないんだよな」
「誓いましたから。月くんも誓って下さいます?」
「うん、誓う。……だからさ、死ぬなよ」
 他の者は当然として、自分にもそう簡単に殺されないで欲しかった。
手加減もしないし出来ないから、それだけ抵抗して欲しい。


前に進むしか出来ない関係では、それくらいしかこのままでいられる方法はない。


 このままで陽光の下をずっと歩いていければ良いのに。
叶わない思いを2人で抱いて今はただ歩いて行った。
暖かい光が2人に注いでいた。






end
ああっ、元からですがなんか最後の方は本当に支離滅裂な話になってしまいました。
とりあえずこの長ったらしい話もようやく完結と相成りました。
最初は前中後編くらいで終わるかな?と思ってたのが嘘のような長さです。
色々と拙い部分もありますが、
読んで下さった方、本当にありがとうございました!



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