パラレルお題
唯一有彩色      <9>
「なんだっ!お前」
 基端拓巳は見知らぬ人物の登場に明らかに動揺していた。
この物置きは今まで自分と芸術作品以外誰も入ることのなかった場所だ。
家族が教えたのだろうか?
彼らは自分の創作活動の理解者だと思っていたのに。
 とにかく反抗の意を持って、基端は持っていたナイフをLに向き直した。
それを見て月が叫ぶ。
「竜崎っ!」
「月くん、御無事でなにより。すぐに助けますからしばしお待ちを」
 月の声にも余裕の表情を見せるLを基端は睨んだ。
すぐそばに居る月は、本当に安堵した表情をしている。
安心しきっていて助かる事を疑っていない。



こんな表情見たことがない。



 自分の知る月はいつも自信に満ちていて、誰からも頼りにされていた。
クラスの人気者で、先生からの受けもよく、何でも1人でこなし、誰かを頼ったりなんかしなかった。
 そして自分はそれをいつもうらやましく見ていた。
誰からも無視されていた自分に声をかけてくれた時、羨望は尊敬に変わった。
久しぶりに会った時もそれは変わらず、女を助ける為に単身向かって来た月も昔のままだと思った。
 そして命の危機に陥っても月は他の女共のように泣き叫んだりはしなかった。
月はこんな時でも冷静で、自分は普段の表情を崩せなかった。
そのことを残念に思いつつもその凛とした強さに更なる尊敬を深めたのに……



こんな男1人のためにこれほど表情を変える。



 基端はナイフを月に向けなおした。
そっと近付いて首筋にナイフを当てて月の顔を観察する。
助かる直前に訪れた絶望の表情を求めて。
「月くん!」
 いきなり矛先が月に向かった事にLが焦った声を出す。
しかしナイフを向けられている月の方は表情を変える事がなく、逆に平然とした態度でLに呼び掛けた。
「お前が焦るなよ。すぐに助けてくれるんだろ?」
 恐怖など欠片もないようなきっぱりとした口調に基端は絶望めいたものを感じた。
今の自分は月の命を掌握する絶対者であるのに、目の前の男に死の恐怖を持ってしても勝てない。
月は全く死の危険を感じてないのだ。
 Lの方はというと月の言葉に軽く息を吐いた。
きっぱりとした口調に安堵を増す。
それで落ち着いたのかすっと彼を取り巻く空気が変わった。
焦りや不安が消え静けさを取り戻す。
彼特有の威圧感を伴った空気がその場を支配した。
「月くんを人質にしてどうするつもりですか?」
 Lの問いかけはゆっくりとしたものだったが、落ち着いていて異様な威圧感を放っていた為基端は言葉を詰まらせてしまった。
もともと月にナイフを向けたのは反射的行動に近い。
どう答えるか思案していると、ふと目の端に月を切断するために出した鉈が移った。
「夜神君を助けたいなら、お前は死ね」
 口に出してみるとひどく良い案に感じられた。
目の前の男が現れただけで、あんなにも表情を変えた月の事だ。
死ねば月はその完璧なまでに整えられた表情をやっと崩すかも知れない。
「そこの鉈を使って自分の首を落とせ」
 基端の言葉にLは息を吐いた。
しかし今度のは先ほどの自身を落ち着かせたものとは違い、呆れのような要素が含まれている。
「お断りします」
 Lがはっきりと告げた。
余りにも身勝手な言葉だが月は平然としている。
むしろ基端の方が動揺を隠せなかった。
「な、なんで……」
「簡単な事ですよ」
 Lは呆れたように説明をする。
「第一に私が死んでも君は月くんを殺すのでしょう?
もともと月くんを殺すはずだったんですから。
私がいなくてもいても関係ありません。
そして第二に……というより何より」
 そこでLは言葉を切った。
いやに意地の悪い笑みを浮かべている。
基端ではなく月に向けて。

「月くんより先に死ぬなんて真っ平御免ですから」

 放たれた一見すると冷たい言葉に月も喉奥で笑う。

「僕もお前より先に死ぬなんて絶対嫌だね」

 それを聞いてLは笑った。
満足そうな笑みだった。





「ふざけるなっ!!!」





 基端の叫びがあまり大きくない物置き小屋の中に響いた。
絶体絶命という事態にもふざけたようなやりとりをする2人に基端は激昂したのだ。
 理解不能のやり取りに血が上り、そのまま勢いに任せてナイフの刃を降り下ろす。
 月はぐっと体を曲げて基端の足をめがけて蹴りを入れた。
たとえ拘束されていても、ナイフを突きつけるためにかなり近づいていた基端になら容易に当てる事ができる。
 月の蹴りが命中し基端の身体がぐらりと揺れた。
その蹴りを合図にしたように基端に向かってLは突進する。
よろけたがなんとか体勢を整えた基端はナイフを持った手をLに向けて突き出した。
 勢い良く向かってきたナイフを軽く避けると、突き出された手を掴む。
それを強引に逆に捻りあげると身長差から基端の身体が宙に浮いた。
「ぐぁぁっ」
 情けない呻き声をあげた基端の手からナイフがこぼれ落ちる。
落ちたナイフは新聞紙の重なりを貫通して床に突き刺さった。
 Lはそれを確認していったん手を放す。
いきなり放り出されてよろけた基端の胸元を再度掴みかかり、そのまま下に打ち落とす。
 木や金属、細かい品が落ちる音が連続して響いた。
落下してくる品物に埃が舞い上がって、それを吸い込んでしまった月が何度か咳を繰り返した。
 Lに投げ飛ばされた基端は端に固めてあった荷物の山で気絶している。
あれだけ物(それも鉈やらノコギリなど危険な物が多く)が置いてあったのに、幸か不幸か気絶だけですんだらしい。
「汚い部屋ですね。服が汚れましたよ」
 別に汚れても構わないような格好のLが埃を払いながら言う。
Lは崩れ落ちてきた荷物を踏まないように間抜けな格好で避けながら、月の元に歩み寄った。
「借りが出来た」
 月が幾分不満げに呟くと、月とは対照的に上機嫌な顔のLが答えた。
「大きな借りが作れました。月くんに借りを作るのは楽しいです」
 そう言って月の拘束を剥がしにかかる。
決して乱暴にはせず丁寧に拘束を解く。
すべての拘束が解かれると、数時間ぶりの完全な自由に思わず肩の力が抜けた。
 立ち上がろうとする月にLが手を差し出して来る。
無意識の内にそれを掴み、立ち上がった後にLの手を借りてしまった事を後悔する。
振りほどこうと手を動かすがLはぎゅっと月の手首を掴んでいた。
「おい……」
「脈を感じます」
 そう言ってLは今度は月の胸に顔を寄せた。
月が呼吸する度わずかに胸が上下するのを感じる。
「生きてますね。月くん」
「……うん、生きてるよ」
 Lの体温の暖かさにほっとして、月はLを引き剥がすのを止めた。
「月くん、髪の毛……」
「何?」
「花が付いてます。赤いのが」
 それは基端が月の髪に飾った赤い花。
穢されているような不愉快な気持ちになり、月はそれを取り上げて床に叩き付けた。
「基端からの贈り物ですか?」
「基端?」
 Lの質問にあからさまに疑問符を浮かべる月に、Lは転がっている基端を指差した。
それを見て月が納得したという表情を浮かべる。
「あぁ、こいつの名前か……」
「月くんの同級生ですが、覚えていなかったのですか?」
「ものすごく仲が良かったならともかく
1年しか一緒にいなかった親しくもないクラスメイトの事なんて覚えてられないよ」
 月は正直に言った。
しかしその月の言葉に反応する者がいた。
ぼんやりとした意識の中で、基端が月の言葉を聞いていたのだ。
あんなに感謝して尊敬して大切に思っていたのに、
月は自分の事など覚えていない。意識していない。
その事実が基端を打ちのめした。
基端はゆっくりとあたりを見回し、自分が取り落としたナイフを目で捕えた。
その後の行動は早かった。
基端は揺れる頭を振払って起き上がり、突き刺さったナイフに向かって走り出した。
2人とも途中で基端の動きに気付いたが、時既に遅く基端はナイフを床から抜き取っていた。
基端は取り戻した凶器を月とLに向ける。




悔しかった。
自分が月にとって覚える価値もない存在だった事が。
いや、もともと自分が月にとってのその他大勢であっても
それでも構わないと思っていたはずだった。
事実、中学にいた頃から自分はその他大勢でしかなかった。
それどころか月がすべての人間を平等に扱う人だったからこそ
自分は月に救われたのだから。
そう、誰もが彼の前では平等だったのに!
それなのに月の横に立って、あまつさえ月の信頼を一身に受けるあの男はなんだ!?



「基端っ!」
 月とLが叫ぶ声を合図に、基端は凶器を手に走り出した。
しっかりとナイフを前方に向けて、目にはしっかりと憎い男を捕えて。


 ナイフにぐっと肉の感触が走った。
赤い鮮血が部屋にまき散らされ、至上の色がその場を包んだ。
L、大暴れ。
見た目は明らかにインドア派だけど
Lなら格闘戦だってきっと余裕でこなしてくれます。




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