「さて、と…そろそろ本題に入ろうじゃねぇか。
 昼メシも食えねぇくらい忙しいってのに、こんなところでわざわざ待ち合わせなんて…何かあったのか?」
「………」
「今更だんまりかよ」
「君に聞かせて…いや、頼んでもいいのかどうか、正直今でも迷ってる」
「はあ? なんだよそれ。
 オレ、お前に信用されてねぇってことか?」
「ユーリ」
「わーってるって。そういうんじゃねぇってんだろ」

 硬い声で名を呼ばれ、ユーリは肩を竦める。
 思いつめたフレンの気を宥めようと思ったが、その程度の余裕すらないようだ。
「大体、メシの時間も惜しいんだろ。用があるなら、オレがお前の部屋まで行きゃあ済むんじゃねぇか」
「いや…。君が今、城内で姿を目撃されるリスクは避けたかった」
 低い声と共に視線を落とす親友の姿に、ユーリはいぶかしげに目を細めた。

「なんか、そんなにマズいことでも起きてんのか」
「ある問題が…、行き詰まりを起こしているのは事実だ」
「…物騒な例の噂は、本当ってことか?」
「知っているのか。帝都には今朝戻ったばかりだろう?」
「あー…。ギルドにとって情報は新鮮さが命っつって、聞いてもねぇのにまめに色々ネタを寄越してくるおっさんがいんだよ」
 胡散臭さ全開ではあるが、ござの値上がりといったどれだけくだらないネタであっても、決してガセネタは伝えてこないユニオンの元幹部。
 つい先日別行動になったが、それでもどこから聞きつけるのか教えても居ない滞在先へ手紙が届くあたりで、ユニオンの情報網と未だ男の持つ影響力にわずかながらそら恐ろしくもあったことを思い出す。
 と、そこでユーリは小さく唇を引き結び頭を切り替えた。
 今考えるべきは別のことだ。

「評議会が物騒だってな。ヤツらまた何か企んでるってのか」
 親友からこぼれたいささか苦い口調に、フレンはそっと息を吐く。
「いや、評議会そのものとはそれなりに順調だよ。今はね」
「今は?」
 まばたいたユーリに、フレンは小さく頷いた。
「星喰みと魔導器の一件について急を要したとはいえ、あれだけの大事を評議会抜きで決定したことに、機嫌を損ねた方が多くてね。
 特に、陛下と我々騎士団が、オルニオンでギルドと会合を持ちその場で結論を下したことに不満の声が大きかった。
 出発前に説明をして出かけたのだが、独断先行に見えたんだろうな」
「そんなこと言いやがってたのか…!
 そういやずっと前に、エステルが疲れた溜息ばっかついてた時があったっけか」
 貴族って野郎どもは…!と毒づく親友を、フレンが苦笑し宥める。
「いや、もうそれはいいんだ。
 ヨーデル陛下やエステリーゼ様が、説得と話し合いを重ねてくださった結果、今では大半が十分な理解をしてくれた。
 …まあ、少々強引な手を使ったこともあったけどね。それでも、ことによっては一部から前向きな協力もあるくらいさ」
「そっか…」
 また面倒なことを自分達に任せてしまった。
 うつむくユーリが、そう考えているだろうことは手に取るようにわかる。ユーリが口を開くより先に、フレンが静かに首を振った。
「君とオルニオンで話したじゃないか。
 お互いに手の届かないところがある、だからこそ僕たちはひとりじゃない、と」
「…そう、だったな」
 ユーリが苦笑交じりで視線をはずすのは、大抵照れている時だ。
 変わらないな、とフレンはほんの一瞬幼い日を思い出し、親友の今の姿にそれを重ねる。
 が、すぐに口元を引き締めた。

「問題は、大部分が一応協力的になることで、表立っては不満を口に出来なくなったことかもしれない」
「非常識な少数派、って立場になっちまったからか」
「そうだ。
 表に出せない不満はくすぶり続け、やがて陰湿さを帯び根が深くなる。
 ――この1ヶ月半で、評議会員が立て続けに4人亡くなった」
「一月半で4人…?!」

 予想を上回るその数に、ユーリは驚きを隠せない。
 鋭く見つめる黒い瞳にフレンも頷き返す。
「何らかの刃物を用いた殺害が2件、薬物による疑わしい死が1件。
 先のものはともかく、3件目は出所のわからない密告がなければ病死で片付きかねなかった。
 そして四日前、――転落事故でまた一人が亡くなった」
「その事故も、疑わしいってか」
「そう、これも単独であれば見逃していたかもしれない。
 しかし、亡くなった評議会員たちに共通点があってね…」
「……もしかして、前向きな協力派ってやつか?」
「さすが、鋭いね」
 にこりと微笑むフレンだが、瞳の色は真剣さを増している。
「付け加えるなら、どの会員の後継候補にも必ず、未だ頑強な慎重派が含まれていることだろうか」
「慎重派が嘘臭ぇな。大方、不満分子の口実だろう?」
「…ヨーデル陛下と一部評議会員の協力で、今のところ後継問題はなんとかしていただいている。
 ただ…」
「あんまりにも続きすぎるってことだな」
「ああ。
 限りなく疑わしい人物は何人かいる。でも、そのうち誰が裏で糸を引いているのかがわからない。具体的にどう動いているのかも…。
 騎士団としては、調査に死力を尽くしている。だが…まったく気配もつかめない状況で。
 このまま混乱が続けば、少しでも落ち着きつつある評議会との関係に亀裂が入る。今は、そんな場合じゃないのに…」

 悔しさに唇を噛む親友の肩を叩き、ユーリは流れるような動作で立ち上がった。
 落日の赤い陽を受けつつ隣にまっすぐと立つ影を、フレンはまぶしいものを見るように見つめた。
「ったく…、政治なんてものに首突っ込まされるのは遠慮願いてぇとこだが、お前が過労でぶっ倒れんのはもっと勘弁だな」
「ユーリ、協力してくれるのか」
「なに言ってやがる。そのために呼んだんだろう?」
「………すまない、君にまた危険なことを押し付けてしまう」
 悔しげにやるせなさそうに俯いてしまった金髪を、ユーリはノックするように軽く叩いた。
 反射的に見上げた青い瞳に、ニヤッと不敵な笑みが映る。
「さっきの言葉、そっくり返してやるぜ」
「あ、ははは…」




「…しっかし、どう動いたもんかな」
 ユーリは腕を組んで唸った。
 政治向きのことに関してはとんと縁がなく欲しくもなく、縁があってもラゴウやキュモールのように、最終的には相手の自滅行為とユーリの「何か憑いている」と評された事件遭遇率とが重なり合って、解決の糸口を見出したようなものばかり。…アレクセイもその範疇に入るだろうか?
 しかし、今回はそうは上手く話が転がらないかもしれない。

「地道に、ってのはあんまり向いてねぇんだけどな…」
「ああ、そのことだけど」
「ん?」
「実はシュヴァ…レイヴン殿が少し前から協力してくれているんだ」
「へ? おっさんが?」

 唐突に飛び出した名前に、ユーリがぽかんと口を開ける。
「3件目の第一報を受けた時、たまたまエステリーゼ様と魔導士殿と、彼もその場に居合わせてね。
 それで、その…エステリーゼ様が…」
「なーるほど、ね」
 おそらく、エステルの懇願の視線に負けたのだろう。あるいは、自分が出張ろうとするエステルを止めるためか。
 聞かずとも目に浮かぶようだ。
「そのへん、ちっとも変わんねぇな。
 やれやれ…まいったね、あの姫様にも」
 ギルドとの連携の関係で、たまにレイヴンが城へ顔出ししていることは知っていたが、なんという絶妙のタイミング。
 一体どういう成り行きでその面子が揃ったものか。そのあたりだけは尋ねてみようと思う。

「それじゃ、おっさんと合流すりゃいいか。どこにいるとか、何か聞いてるか?」
「レイヴン殿からの指定で、こちらから連絡をとりたいときには、必ずいくつかの決まった場所で会っている」
「どこだ?」
「今からの時間だと、『夜半。市民街外れの幽霊屋敷にて』ってところかな」
 フレンの言葉に、ふとユーリは考え込んだ。
「市民街外れ……市民街外れのって…。
 もしかして、フレンと小さい頃に探検に行った、あそこのことか?!」
「どうやら、そのようだね」
 勢い良く振り返ったユーリに、フレンもようやく寛いだ笑みを見せる。
 自分たちの共通の思い出の場所が、あの男の口から出た時の…その自分の驚愕がユーリのそれと同様であったことに、なんとなく安心する。
「なんで、あんなところに…」
「それは僕も尋ねたんだが、相変わらずののらりくらりで答えてはもらえなかったんだ」
「…いまだに、よくわかんねぇおっさんだな」
 肩をすくめて笑うと、夕闇降りる街へとユーリはあっさり歩き始めた。
「ユーリ…!」
「さっさとケリ付けちまおうぜ。またな。
 ああ、メシはちゃんと食えよ」
「気をつけるよ。
 君も…どうか、気をつけて」
 見送るフレンに、振り返りもせず片手を上げただけの挨拶を残し、ユーリの黒い背が闇に溶ける。
 親友からの包みを大切そうに取り上げたフレンは、しばらく再会の名残を惜しむように静かに立ち尽くしていた――。