ここ最近、ノードポリカで時間を過ごすことが少しずつ増えている、凛々の明星+αご一行様。
 『戦士の殿堂』の本拠地でもあり、人の流れが盛んな土地には色々な情報があふれているため…というのは半ば口実だ。
 たしかに、情報集めも物資補給もやってはいる。
 だがしかし、最大の目的は――。


  ****


 闘技場が大きなどよめきに揺れた。
『ベルセルク!! ユーリ・ローーーーウェル!!!!』

「今日もあっさり100人斬り達成しやがった!しかも、また出てきたぞ?!」
「あいつ、何者なんだよ…!」
「凛々の明星ってギルド、聞いたことねぇぞ?一体どんなギルドなんだ!」
「あなどれねぇ…」

 観客席の男たちが、興奮した様子で口々に叫びあうそばで、声援をあげる少年少女たちと引率のごとき美女と中年が各一名。
「ユーリ、まだまだ余裕だね!」
「でも、さっき怪我してましたが大丈夫でしょうか」
「あの程度、どうってことないでしょ。
 どうせいっつも突撃しまくりなんだから」
 興奮しきりのカロル。
 心配しながらも、くるくると表情を変えて応援に励むエステル。
 そして、口ではなんでもない風を装いつつ、何か動きがあるたびに思わず身を乗り出すリタ。
 三者三様の観戦風景を、一歩下がったところから年長組がほほえましく眺めている。
「あーー…、青年は元気だねぇホント」
「でも、あんまり勝ち続けるのも考え物かしら。この前よりオッズが下がってしまって」
「あら、ジュディスちゃん賭けてたの…」
「確実に勝つとわかっていることに、投資するのはおかしくないと思うのだけど」
「…まあ、…そうねえ…、俺様も賭けとけばよかった」
 なんだかんだといいつつ、ここにいる全員がユーリの負けなど考えもしないらしい。
 目線都合で、自分達より高い場所から観戦しているらしいラピードも同じだろう。
 心配しているのはただ、特攻上等のわれらがベルセルクが、楽しみすぎて過剰に怪我をしないかということくらいか。
 先日、終盤で少々手傷を負ったらしく、血みどろのまま満面の笑顔で帰ってきたユーリは…どんな凶悪犯より大層怖かった。
 返り血なのか本人の血なのかわからず、その姿にカロルとエステルが青くなっていたのだが、当の本人は青くなった二人の心配を始める始末。
 止めても聞かないので、ハートレスサークルを延々詠唱し続けるのを、ユーリはフェアリィリングを装備したエステルのTPが尽きるまでずっと付き合っていた。
「俺、癒し殺されんのかな…」
 そんな呟きはエステルには届いていなかったようだが。

 と、闘技場に高い金属音が鋭く響き渡った。
「ああっ!」
 カロルたちがはっと身を乗り出す目の前で、どういったはずみか、ユーリの手から絡め弾かれた剣が高々と宙に舞っていく。
「ユーリ?!」
「なにやってんの、あのバカっ!」
 悲鳴を上げた三人の表情がこわばる。
 ………が。
 周囲の歓声が、悲鳴にも似たどよめきへと変わったのは次の瞬間だった。

 ユーリが、弾かれた剣の軌道を目で追ったのは、ほんの半呼吸。
 間合いを取るどころか、好機とばかりに取り囲む対戦相手たちの懐に突っ込み、素手のまま狼破千烈襲で一気になぎ倒すと、舞い降りる剣の軌道へ身を投げた。
 飛び込みざま柄を握るや否や、華麗に身を捻り着地の勢いで爆砕陣を叩き込む。
 獲物を手放して危機一髪どころか、場にいた対戦者たちを瞬く間に全滅させてしまったユーリ。
 ひゅっ、と剣を一閃し、黒髪をかきあげ不敵に笑う姿はまさに剣神そのものであり、待機していた次の対戦相手たちは全身にびっしりと冷や汗をかいている。
 既に倒れ伏した対戦相手たちは、自分の身に何が起きたのか理解していたかどうか。

 津波のような歓声が闘技場を一気に包み、恐れと興奮で場内のボルテージは頂点に達した。
「すごい!すごいやユーリカッコイイ!!」
「ユーリ素敵です!!」
「やるじゃない!ま、まあ、心配なんかしてなかったけどっ」
 周囲の空気にあおられたか、ユーリの嬉々とし…いや、華麗な戦いっぷりに、年少組がテンション上がりっぱなしであるのに対して、
「相手も甘いわね」
「まったくだねぇ〜」
 微笑んだジュディスと苦笑したレイヴンは、相変わらず落ち着き払ったものだ。
「青年ってば、獲物持たなくても凶悪だからねえ…」
 剣を取り落としたユーリが、時間稼ぎとばかりに素手で相手をボコリ始めたのは…たしか、この間のギガントモンスター戦だったような…。
 無事に獲物を回収して、天狼滅牙で止めを刺したユーリのいい笑顔は忘れようにも忘れられない。
「いいわね、羨ましいわ」
 ジュディスが溜息をひとつ。
「私、素手ではちょっとつらくて」
「…ジュディスちゃん、いい蹴りしてるじゃないのよ」
「ふふ、ありがとう。
 でも本当は、拳技も覚えたいの。その方が幅が出るでしょう?」
 ジュディスの崩蹴月と風月の連鎖に、その見事な脚線美でもってひたすら蹴り上げ続けられる魔物の姿はいっそ哀れを誘う。それに加えて殴り…。
 二人とも、これ以上強くなってどうするのか。
 再び闘技場を揺るがす歓声にレイヴンがふと我に返ると、どうやら本日二度目の100人斬り、無事に達成したようだ。
「出場禁止になる前に、ほどほどにしたほうがいいんじゃないのかねぇ?」
「確かに、そうね。
 もしそうなったら、彼も残念でしょうし…私も困ってしまうもの」
「あ、ははは…そういう理由も、あっちゃったりするのね…」
 そういや青年の同類がもう一人いたわ、とレイヴンはあさってのほうを眺めて乾いた笑いを浮かべていた。


  ****


 闘技場の入り口でユーリと落ち合った一行は、賞金を受け取るとその足で街へと繰り出した。
 揃ってやや遅めの昼食をとり、各自の希望で一時解散となる。
 エステルとカロルは買出しへ赴き、リタはエステルに付き合うらしい。
 ユーリ・ラピードとジュディスはそれぞれ、いつも通りふらりと街へ姿を消す。

 さて、どうするかと悩んだレイヴンだったが、たまにはのんびりするのも良かろうと市場へ足を向けた。
 とりとめもなくそぞろ歩き、時折立ち止まって露店を冷やかす。
「時間潰し以外でぼーーっと歩くっての、どのくらいぶりかね」
 ふと、目を上げて…苦笑と共に首を振った。
 活気付く市場の人々の笑顔に何気なく触れること。ごくありふれた日常のささやかな楽しみを満喫することの、なんと贅沢なことか。
 大きく深呼吸をし眩しげに空を仰ぐと、レイヴンは鼻歌交じりで散策を再開した。
 途中の露店で酒を一杯調達し、木のコップ片手に宿屋への道をぶらぶら戻っていると、横路地からよろめくように出てきた老人とすれ違う。
 ふと気になり、人気の少ない路地奥の様子を窺ったところで、どうも剣呑な気配がした。
 もしや、と近寄り耳を澄ませる。

「――あんたら、確か闘技場にいたな。
 自分より弱いやつに手ぇ出すって、プライドってのはないのかよ…って、ああ、悪ぃ。ないもの求められても困るよな」
「なにを?!」
「なんだお前は生意気な…!」

「…あちゃー…」
 あまりに予想通りの展開に、レイヴンは額を押さえる。
 殺気立った4、5人に取り囲まれるユーリが、相手を挑発している。老人を逃がす目的で自分に注意を向けているのだろうが…それにしても、もうちょっと他にやりようというものがないのだろうか。
 集団がやっちまえ!といきまいてユーリに殺到する前に、気まぐれにちょいとくちばしを挟んでみる気になった。
「おいおい。待ちなよ、あんちゃんたち」
 コップ片手にふらりと物陰から現れた男に、ゴロツキ達がぎょっと振り返る。
「んだと?!仲間か!」
「そんなことはどうだっていいじゃないのよ。
 それよりさ、さっきまで闘技場にいたんだけどさー。見た?あのすんごい戦い」
「いきなりなんだ貴様! それがどうし…た…」
「すごかったよねぇ、100人斬りの連続挑戦ってさー。
 あんなのと顔あわせたら、俺様怖くて心臓止まっちゃうわ」
 レイヴンは大仰に身をすくめて震えてみせ、ちら、と奥に立つユーリに視線を投げた。
 当の本人は、面白くなさそうな不本意そうな、いっそどうでもよさそうな顔でそっぽを向いてしまう。
「そ、そういえば…」
「あのユーリ・ローウェルか…!」
 対して、会話の途中で気付いたらしいゴロツキたちは、見る間に青ざめて口ごもっていった。
 各々振り上げていた獲物がじわじわと下がって、腰が引けていく。
「お、お前らしゃっきりしろ!
 こんなヤツらにな、なめられて、やっていけると思ってんのか!」
 リーダーらしき輩がわめきだす。
 ありゃー、逆ギレかね。
 内心苦笑で、情けからかつい本音がこぼれた。
「相手の力量見極められないと、長生きできないよ〜おたくら」
「うるせぇ!」
 組しやすしと見たか、リーダーは小指の先で耳をかき視線をそらしたレイヴンの方へと突っ込んでくる。
(…予想通りとはいえ、なんというお約束…。しゃーないね)
 レイヴンはわざとらしく肩を大きく落とし、のんびり体を開く。
 飄々とした姿勢は崩さず、相手をギリギリまで引き付けて……コップの中身を顔面めがけてぶちまけた。
「ぐあっ?!」
 濃いアルコールをまともに食らい、目を押さえてよろけるゴロツキの懐へ入り込む。
 手刀で獲物を叩き落して、ひょいっと離れがてら落ちた鈍器をあらぬ方へと蹴りやった。
「あーあ、お酒がもったいないわあ…」
「こ、この!!」
 よく見えないままで殴りかかるゴロツキだったが、次にはあっと目を丸くする。
 殴りかかった拳が、なにをどうやったか簡単に流されたと見えた瞬間、銀の閃光と共にゴロツキの体がぐるぐるっと回った。
「な、なんだと…?!」
「あらら怖い怖い。ちょっとお行儀悪いんじゃなーい?」
 目を回し、軽い地響きを立てしりもちをついた男は、手を突こうとして急に顔をゆがめ手首を抱え込む。
「い、痛ぇ…?!一体なにしやがった!」
「別に何もしてないわよ〜?」
 いつの間にか抜いていた短剣を鞘に収めなおし、頭の後ろで手を組むレイヴン。
 リーダーは口笛を吹く男にくってかかろうとし――鞘ごと突きつけられた喉元の長剣に動きを止めた。
「いい加減、引き際が肝心じゃねぇか?」
「あ、う…」
「これからは、身の程ってのを考えて動くこった」
「おたくらもほれほれ、もう解散解散」
 目を眇めたユーリの台詞に乗っかり、レイヴンも完全に居竦んだゴロツキ仲間のほうへ、手をひらひらと振ってみせる。
 しりもちのまま後ずさったリーダーは手首を押さえながら立ち上がり、仲間に獲物を拾わせると、
「お、覚えてやがれ…!」
 お決まりの捨て台詞を吐いて、ゴロツキたちは転げるように姿を消した。