「ククク…ハハ、ヒャハハハハ!! 待ってたぜ…、待ってたぜユゥウリィィィィィィイ!!」

 一行が唐突にザギの襲撃を受けたのは、補給に寄ったノードポリカに入る直前だった。
「げっ、あいつなんでこんなところに!」
 心底嫌そうに顔をゆがめたユーリの台詞は、仲間達の総意だろう。
 ヘラクレス戦で制御室から海に叩き込まれてもなお、まだ…ええと。
「すんごい執着よねぇ…」
「ちょっと、そういう表現で済む話じゃないでしょ?!
 気持ち悪いったらないわよーーー!」

 口にする感想は皆揃って似たようなものだが、相手の力量を量りそこなうことはなく素早く迎撃の体勢に入った。エステルとカロルが船から下りる直前であったため、二人はそのまま船とトクナガのガードに入り残る四人で迎え撃つ。
 相変わらずの狂気っぷりで、左腕のブラスティアで毒攻撃を仕掛けながら両腕の刃を縦横に振るうザギ。
 標的は、わかりきっているがやはりユーリが第一で、並んで戦うジュディスはともかく、後方援護のリタとレイヴンは二人を巻き込まないようタイミングを計りつつの攻撃に焦れる。
「あーもう、うざっ!!」
「ぐあぁ…っ!」
 ネガティブゲイトを叩き込み、ザギに一瞬の隙を作ったリタが次の詠唱を始めようとしたところで、

「お前ら、邪魔なんだよおぉぉ!!」
「リタっ!!」

 ザギが驚異の跳躍でリタに向かって身を躍らせる。
 即座に後を追うユーリだが、それよりレイヴンの援護が早かった。
「リタっち下がって!」
 短剣一本でザギの無茶苦茶な二刀を受ける。
 背に庇われたリタはリーチの違いもありレイヴンの不利と見て焦るが、さすがに潜った修羅場の数が違う。
 ユーリかジュディスが追いつくまで持ちこたえればなんとかなる…という意識もあっただろうが、それでも見事に凌ぎ切りあまつさえ隙を窺いすらしている。
「あなたの相手はこっちよ!」
「よそ見すんなって、いつもお前が言ってんだろ!」
 追いついた二人の波状攻撃が再び始まり、レイヴンも再度支援に回るべく詠唱を始める。
 そこにわずかの油断が生まれたのか…。

 ユーリらの一撃を受け止めたザギの振るった刀が、レイヴンの左肩に流れ落ちた――。

「っぐ……!」
「おっさん?!」
「おじさま!」
「……っの、ド変態が!!」

 悲鳴のような声が飛ぶ中一瞬凍りついたように立ちすくんだユーリが一転、烈火のごとき猛攻をザギに浴びせかける。
「いい加減くたばりやがれ――!!!」
 間断ない連携の最後に『漸毅狼影陣』を叩き込み、怒りをはらんだ瞳でギリッと睨みつけた。
 ここまで滅多斬りにされても倒れないのがザギがザギたる所以なのかもしれないが、さすがに限界がきたらしく
「次は最後まで上り詰めようぜユーリぃ!」
 嫌な予告を残して姿を消す。
 まだ諦めないらしい、と疲れきった面持ちの一同は深々溜息を吐いた。

 

「…まーったく、あの情熱は他に向けて欲しいわよねぇホント」
「っ、レイヴン大丈夫か」
「あー、大丈夫大丈夫。かすり傷よん」
 ユーリに笑って左手を振るレイヴン。裂けて血に染まった肩口が痛々しいが、平然と動かして見せるところからして、本当にかすった程度だったらしい。
「もう自分で治しちゃったから、嬢ちゃんの術もいらないくらいよ」
 ザギの姿が消えるなり、猛スピードですっとんできたカロルとエステルにも笑ってみせる。
「本当です? 無理はしないでちゃんと言ってくださいね?」
「わかってるってば、ね」
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑り、おどけてみせたレイヴンに一同はほっと胸をなでおろす。
 特にたった今共闘した面子はレイヴンの心臓魔導器が必ずしも万全ではないと薄々気付いているだけに、安堵も余計大きかったようだ。
「ったく、おっさんはおっさんなんだから、おとなしく引っ込んでれば良かったのよ」
 などとリタは憎まれ口を叩く始末。
「レイヴンに助けてもらったのに、その言い方は…って、なんで殴るんだよー!」
「うるさいっ」
 普段通りの掛け合いに、仲間の雰囲気も完全にいつもの調子に戻った。

「それにしてもあいつ、なんでここに…」
 ユーリの呟きを耳にして、たった今どつきあいをしていたはずの二人が顔を見合わせる。
「そりゃあ、最近流れてる噂からここに来たに決まってるでしょ」
「ここで待っていれば、高確率でユーリかジュディスが闘技場に来るかもしれないってことだよね」
「ま、そういうことね」
 腕を組み頷いたリタにじろっと睨まれ、ついユーリが首をすくめる。
「悪かったって。まさか、あいつまで噂を気にしてるとは…っていうか、そんなに噂になってるとは思わなかったんだよ」
「最近は自重していたつもりだけど、つもりでしかなかったということかしら」
 溜息と共にジュディスも反省の弁を述べたところで、今度はエステルとカロルが顔を見合わせた。
「もう終わったことは仕方がないですよ」
「そうだよ。それより早く入って用事を済ませちゃおうよ。
 あいつ前にも闘技場で乱入騒ぎ起こしてるから、『戦士の殿堂』の警戒もあるし街までは入ってこないと思うけど…」
 用心するに越したことはない、という結論に達し、今回は闘技場には参加せずおとなしくしていることを問題の二人も約束する。
 立ち寄りついでにノードポリカで一泊することにして、一行は街へと足を踏み入れた。


 まるで隊の殿を務めるかのように、後方を警戒しながら仲間たちの一番最後を行くユーリだったが…。
「――うん? どったの青年」
 ふと振り返ったレイヴンは、街に入る手前でじっと立ち尽くすユーリに気付く。
「…ユーリ。左手、怪我でもしてた?」
「ん? いや、なんでもねぇよ」
 傍に寄ったレイヴンの問いかけに、ふっと肩の力を抜きユーリがいつもと変わらない笑顔で皆の後を追う。
 そう?、と笑みを返しレイヴンもユーリに続く。
 振り返ったカロルたちに笑いかけ、レイヴンの背を軽く小突いてユーリが足を速める。
 レイヴンが大げさに痛がってみせれば、カロルやリタたちはまただという顔をして笑い、あるいは呆れて宿屋への道を歩いていく。
 ただ、ジュディスだけが探るような瞳でじっとユーリを見ていたが、首を傾げて「ん?」と問われると小さく首を振りそれ以上の問いは重ねない。
 そんなユーリの背を視界の隅に捉えたままでレイヴンは確信していた。
 ユーリもおそらくは知っているのだ。

 "どう振舞えば、仲間達に何も疑わせないままで済ませられるか"を。
 "どんな笑顔を見せれば、他者からの追求を封じられるのか"を…。

 いつものように凛々しく伸びた後姿の、僅かにこわばった左腕だけが心の暗いわだかまりを垣間見せている。
 だが、誰に問われてもその正体をユーリは口にしないだろう。
 言えるはずもないか、とレイヴンの瞳が自嘲に染まる。自分はなおさら、口にすることも許されないかもしれない。
 鉛を飲んだように胸が重いこれは、紛れもない自責と悔恨の念だ。

 自分が斬りつけられた瞬間の、凍りついたユーリの表情。
 『驚愕』
 『傷心』
 『衝撃』
 『慟哭』
 『怖れ』
 そういった感情が綯い混ざった色。
 きっとレイヴンだけが知っているはずだ。
 そして、忘れようはずもない…。




 それは、バクティオンで見たのと同じ――自分を斬らせた時と、同じ色を映していたのだから。