同じベッドの隣同士で座り、二人してグラスも使わず酒を飲み始めた。
自分のベッドに座ろうとしたところで、なぜか突き刺さる視線で睨まれたものだから謹んで隣に座らせていただいている。
素面ではありえない言動が多いが、こんなに心臓に悪いことが多発するならいっそいつも通りでいて欲しかったと、思わず額を押さえるレイヴン。
そんな勢いのままレイヴンが一本を飲みきるその間に、ユーリは既にその次を開けようとしていた。
普段は本当に遠慮しているらしい。ユーリのハイペースぶりは空恐ろしいものがあった。下手な人間なら急性アル中でぽっくり逝きかねない。
自分もそれなりに強いと思っていたが、ユーリときたらザル越えてワクなのではなかろうか。
飲むとなったらいつもこんなもの、とはユーリ自身の発言だが、その『いつも』につき合わされているであろう人物の顔を思い浮かべ、思わずご愁傷様と呟いた。こんなのがもう一人いるとは、あまり考えたくなくて。
甘党で酒豪。
ユーリなら、ホールケーキをつまみにぐいぐいボトルを空けそうだ…と考えたところで、先ほどのリキュールの甘さを思い出しレイヴンは慌てて瓶に口を付けた。
いつもならグラスでタイミングと量を測りつつ飲むものがこのありさまなものだから、かなり酔いが回っていると自覚がある。
「あー、そろそろペース落とすかねえ…」
ぼんやり呟いたところ、ユーリにまた睨まれる。
「別に飲むのやめるってわけじゃないわよ、そんなに睨まないでちょうだい」
「あ、そ」
納得したかひとつ頷くと、ユーリはレイヴンの腰に手を伸ばした。今度はなにをされるのかと様子を窺っていると、
「ちょい借りるな」
「ん?」
瞬いたレイヴンの腰から短剣を抜き、無造作にワインの鉛封を一部切り取る。
と、そのまま短剣を月光にかざす。反射する白い光に目を細めつつ、翳すように刃をゆっくり眺め始めた。
「どしたの」
「いい手入れしてんなーと思ってさ」
「…まあ、生命線だからねえ。武器の手入れは基本でしょ?」
「まあな」
ユーリはどこか嬉しげに笑い、くるっと手の中で回して柄をこちらに差し出した。
「手元が狂って、鞘じゃなくておっさんに突き刺しても困るから」
「…それ、おっさんだって困るわよ」
受け取った短剣を鞘に戻すと、その間にユーリがごそごそと場所を移動している。
こちらがとっさに反応できない隙を狙っているとしか思えないタイミングだ。
で、移動した先はというと。
「…ちょっと青年。重いってばー」
「文句言うなっての」
ずっしりと背中が重い。物理的に。
何を思ったかユーリは狭いベッドに上がりこむとレイヴンの後ろに回り、のしっと背中を預けてきた。
互いの背を合わせる体勢で、これならどんな顔をしてもユーリに見られなくて済むとレイヴンは安堵しながら、同時にユーリの顔を見られない物足りなさも覚えている。
ユーリにどつかれるようなことを言えば顔が見られるのかしら…と考え、次の瞬間には何考えてんだ俺、と肩を落とした。
自虐的な行動に出てまで、自分はそんなにユーリの顔が見たいのか。
「何一人で百面相してんだよ」
顔も見ていないのに突然ズバリと指摘され、なんでっ、と慌てる。
「背中が反ったり丸まったり肩が落ちたり、わかりやすすぎなんだよ」
「あ、そういう根拠ね…」
こういう体勢だからこそダイレクトに伝わってしまった、と。
指摘されればそりゃそうだ、とまた肩が落ちた。
自分が今までに培っていた冷静さだとか慎重さだとかはどこへ行ってしまったのか。
もっとも、命を拾われて以降のユーリを相手に、そんなものがうまく発揮できたためしはあまりないのだが…。
口の中だけでぼやくように一人ごちると、ユーリはさもおかしそうに喉を鳴らす。
「おっさんって、最近結構わかりやすくなってきたよな。
前は本当に胡散臭いだけだったのに」
「だけって…ひどくない?」
口を尖らせると、見てもないのに「うぜぇからやめろ、ソレ」と後頭部アタックを食らう。
少し大げさに痛がれば、背中を預けたままユーリがケラケラと笑い転げた。
こんな笑い方をするユーリは大層珍しい。いや、初めて見たように思う。
爆笑する姿ですら今まで一度見たかどうかだというのに、こうまで開けっぴろげに笑うなどユーリの印象にない。
そういや、酔っ払う姿すら初めてなのだから当たり前といえば当たり前なのかね。
溜息交じりで足元に転がった空ボトルを眺めてから、レイヴンは天井を見上げる。
自分の知らないユーリの姿。また時間が経てば他の顔も見られるのだろうか。いや、見たいような見たくないような…。
「いいか、おっさんよく聞け」
こちらの当惑を知ってか知らずか、急に笑いを引っ込めたユーリが酔っ払い特有の棒読みに近い強気な調子で口を開いた。
「はいはい、なによ大将」
「一度しか言わねぇぞ。
オレはおっさんに甘えてるらしい。ビックリだな」
「…………、おっさんの方がビックリだわよ」
言った本人が驚くのはどうなんだと思いつつも呆然と呟くと、レイヴンの驚きようにユーリがまた楽しげに笑う。
自分がユーリに甘えているのだろうという自覚はかなりあったが、ユーリからの甘えがあったとは考えてもみなかった。
ユーリから仲間に対してある種の甘えは確実にある。その点は自他共に認めるところだろう。
だが、今の発言はそういったものではなく、個別に対する心理的比重…と見てかまわないだろうか。
凭れてくる背中からするっと力が抜けて、くったり預ける気配がした。
口頭だけでない甘えに、レイヴンの心臓が小さく跳ねる。
「例えば、戦ってる時にな。おっさんが後ろだとなんか安心すんだ。
リタやエステルだと、やっぱ援護しなきゃって気ぃ張ってんだけど。
や、だからって油断してるわけじゃねえけどよ。
でもおっさんに背中預けてっと安心してんだよなー。前だけ見て戦ってられるっつーかさ」
ユーリが自分についてこれだけ饒舌なのも初めてだろう。
初めて見るユーリの姿が多すぎて脳が飽和状態になりかかっているが、酔ったユーリからの発言意図を聞き逃すまいと必死で頭を働かせる。
「ジュディとは並んで戦う感じでさ。
もちろんジュディにも背中預けてんだけど…おっさんのとまた違うんだ。上手く言えねぇんだけどな」
ジュディスには対等な信頼、自分には…委ねる信頼と解釈しても良いのだろうか。
ユーリは、文字通り前線をひた走る戦士だ。そのありようといい、生き様といい。
自身を含む皆の平穏を望む気持ちは強いが、ユーリの精神は平時に埋もれることを許さない。
剣をとり、何かを守るために敵と戦う。
下町で腐していた時もそれに変わりはなかったろうが、帝都という小さな器から解き放たれることでユーリ本来のあるべき輝きを手にしたといってもいい。
ドンやバルボスに先が楽しみだと言わしめた男。始祖の隷長だろうがなんだろうが、何にも臆することのないその精神。
いつだったか、自分が見込んだ男とはっきり伝えはしたが、そんな男から頼られているというのは最高の賛辞といえる。
――自分はこんなろくでもないヤツだというのに。
怠惰も道化も無気力も裏切りも、ユーリはすべて見ているはずなのに。
ユーリからの信頼なんて……なんて、もったいない言葉なのだろう。