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生まれた時は、まだ、それほど知識に貪欲ではなかったと思う。
ティオリアという固有名を与えられ、自我を持った時、己の内にある魔力を知る。そして、自分が最終的に上れる階級を認識する。
俺が認識したのは、権天使。下級第一位。
下級第三位の天使として経験を積んだ後に一度昇格して、それだけ。下級第二位は名ばかりで、所属する天使はいないので、権天使は実質下から2番目の地位になる。
そして、昇格した後は、魔力が尽きて存在が消滅するまで、その階級で役目を全うする。
それに不満も何もない。それが、神から与えられた自分の一生だ。
役目が与えられるまで、天界で自由に過ごして良いと言われて放たれた春の丘。ティオリアは、そこで運命の出会いを果たした。正確には、突撃された。
丁度花畑に足を下ろそうというところで、後ろから突進を掛けられたのだ。
間抜けなことに、彼は花畑に盛大に突っ込んだ。いくら美しい匂いだからといって、流石に様々な種類の匂いを一度に嗅げば、顔を顰める。
天使らしくない、この突進の相手を確かめようと振り返ると、それは眩しいくらいの純粋な笑顔で彼を見ていた。
透き通るように美しい、太陽の光のような金髪が、フワフワと風に遊ぶ。青い空色の瞳は、呆けた顔の天使を真っ直ぐ映して、まるで鏡のように曇りがない。
いつまでも動かないティオリアを心配するように、象牙のように白く美しい暖かな指が、頬を優しく撫でてきた。
「……下級天使、か?」
半信半疑で問いかける。生まれたばかりの最下級の天使とはいえ、ティオリアと比べると、その美しい顔を彩る感情は随分と曖昧で、自我が不安定な気がする。
だが、自分のすぐ後ろから来たということは、自分の次に名前を与えられたとしか考えられない。
美しい天使は、にこりと笑って無言で頷いた。
「名前は?」
問えば、目の前の天使は少し考え込む。与えられたばかりの名前すら覚えてないとは、何とも不完全に生まれてきたものだ。
もっとも、生まれたばかりの天使の役目は神の意思を人間に伝えること……いわば伝達だけである。それも、人間に対峙した際、脳裏に浮かんだ言葉をそのまま発言するだけの。
そんな天使でも、もう少し経験を積めば、きちんとした自我を持つようになる。そして、守護天使になったり、下級悪魔との小競り合いに出兵したりという役目を与えられるのだ。
「……ふぃり……?」
長い沈黙の後で呟かれた言葉は、酷く頼りなかった。だが、その声はまるで夏の風に揺れる鈴のように、軽やかで耳に心地よい。
「フィリ、か」
何で疑問系なんだ……そう呆れながらも、ティオリアは聞いたばかりの天使の名前を反芻する。天使にしては、随分と短い名前だな、と思いながら。
「俺はティオリアだ」
「……てぃお?」
首をかしげて繰り返す美貌の天使に、ティオリアはもう一度名前を繰り返す。
「……ティオリアだ」
「てぃお!」
満面の笑みで言われても、正しくない。
天使は、基本的に咬むということとは無縁だ。そのため、人間のように略すという習慣がない。無礼という認識が生まれないほど、当たり前のこと……なのだが。
「ティ オ リ ア だ」
「……てぃお……」
やや強めの口調で繰り返せば、目の前の天使は戸惑った顔で繰り返す。
少し怯えた様なその感じに、ティオリアの胸に罪悪感が沸く。だが、此処で正しく覚えさせなければ、後々他の仲間との交流で苦労するのは目の前の天使だ。
「リア」
「りあ?」
「……ティオリア」
「……てぃお……」
目尻に涙を湛えられてしまっては、もうティオリアに勝ち目はない。
それほどに、愛らしい無垢な涙は強かった。
「もういい……ティオでいいから」
「ティオ!」
「うわっ」
翼を広げ、ぎゅっとしがみ付かれる。初めて感じる他者の温もりに、ティオリアの心は無意識に安堵していた。
陽だまりのような温もり。今の彼なら、そう表現するに違いない。
生まれたばかりで、右も左もわからず、広い楽園に放たれて……ほんの少し、心細かったのかもしれない。
「フィリも、正式な名前じゃないんだろうな」
腕の中の天使を抱きしめながら、ティオリアは誰にともなく呟く。
きっと、覚えられなかったので、勝手に略したにちがいない。
今度、上司に名前を確認しよう、と思いながら。
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