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「ティオ、何ぼーっとしてるの?」
突然声を掛けられ、ティオリアはハッとして膝元を見下ろした。
かくして其処には、不思議そうな顔をして見上げる、美しい天使。記憶と全く変わらない、純粋で真っ直ぐな瞳が、自分を映して微笑む。
「……起きたのか」
「うん」
良く寝たーと体を起こし、翼を伸ばして太陽のように眩しい笑顔を見せる。
「ねぇ、さっき、何を考えてたの?」
小首をかしげる愛らしい癖はそのままに、記憶よりもずっと流暢に言葉を発する。
天使として役目を与えられてからは、この天使も比較的直ぐに言葉を覚え、知識もそれなりに吸収していった。が、いかんせん根が素直すぎるのか、間違った覚え方をすることも多く。
「お前、まだ天使の頃、俺に言った言葉を覚えてるか?」
覚えてないだろうな、と思いながら、ティオリア本を閉じ、聞いてみる。
まだ自我がはっきりしていない頃、人形のように役目を果たしていた頃の話だ。
普通の天使なら、まず覚えていないだろう。
「何?全然覚えてない」
「俺のこと、好きって連呼してたんだぞ」
ティオすき!すきー!
あの頃、意味を殆ど理解しないまま、人間の言葉を真似ていたらしく、顔を合わせるたびに延々聞かされた。
今ほどではないが、それなりに人間の文化を理解していたティオリアは、面食らって箝口令の如く言い聞かせた程だ。
自分以外の天使に言わないように、と。天使が最も愛するべきは、神であるから、と。
勿論、天使として生まれたフィリタスが、神よりも自分を愛しているとは微塵も思って居なかったが、うっかり他の天使に聞かれて誤解されたら大変だと。
「一体いつの話!? そんな昔のこと、覚えてないよ!」
大声を上げて首を振るフィリタスに、ティオリアは珍しく声を上げて笑う。
「大体、ティオは記憶力良すぎ! 生まれた時からのこと、全部覚えてるんでしょ?」
「全部じゃないぞ。一部だ」
そう。役目のために地上へ降りたことは覚えていても、役目の内容は全く覚えていない。生まれた当時の上司の顔も、今でも付き合いのある天使以外の仲間のことも、あまり覚えてないのだ。
ただ、フィリタスと出会った時の事。彼がとんでもない魔力の持ち主であると知った時、少しでも彼に近い階級に上がりたいと、知識を得ようと決心した事。それは、今でも昨日のことのように思いだせる。
そして、その決心は今も揺るがない。この美しい天使と、少しでも長く、隣りに並んでいられたらと、今もこうして知識を溜め込んでいるのだから。
それが、身の丈以上の魔力を消費し、寿命を縮めることになるかもしれなくても。
この純粋な天使を、守りたい。笑顔を、近くで見ていたい。
「フィリ」
「何?」
「今でも、俺のことが好きか?」
気まぐれが、口を付いて出る。何よりもその質問に驚いたのは、自分。
ティオリアはそんな内心の動揺を悟られまいと、出来るだけ平静を保って答えを待つ。
いや、保つ暇もなかった。
「当たり前でしょ? 天使の中で、ティオが一番好きだよ!」
即答だった。満面の笑顔で、迷いもなく答える純粋な心が、何故か眩しく胸を刺す。
嬉しいような、痛いような。その感覚に滲む不安に気付かないふりをして、ティオリアは何とか作った笑顔で、そうか、とだけ返す。
『天使の中で』、一番好き。
胸の中で、反芻しながら。
「ティオは?」
問いかけに、ティオリアは静かに微笑んで答えた。
「……好きだ。当たり前だろう?」
どんな天使よりも。
どんな人間よりも。
どんな……よりも。
胸に浮かんだ言葉は、不自然に歪んで認識されることは無かった。
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