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 今回は随分と時間がかかったな。
 ティオリアはそんなことを考えながら、いつも通り天界に戻るや否や報告書を作成し、上司の天使に挨拶がてら提出を済ませる。
 突き放すようにフィリタスを地上に追いやってから、20年程で自分も役目を貰った。それから40年。流石に、彼はもう天界に戻ってきているだろう。場合によっては、再び役目を貰って地上に降りているかもしれない。
 どんなに否定しても、ほんの少し離れただけでも恋しく思う、美しく綺麗な天使。その姿を探して、ティオリア天界をうろつく。
 春の丘、夏の森、秋の湖、冬の高原。
 だが、何処にも求める姿は見当たらない。やはり、地上に降りているのだろう。
 とりあえず、役目の有無だけでも確認しようか……そう思って上部に引き返そうとしたとき、同じ時期に生まれた権天使仲間に会った。
 正確には、引き止められた。
「ティオリア!戻ってきたのか!」
「あぁ。さっきな」
 ティオリアは口下手で、フィリタス以外の仲間と話したことは殆どない。それどころか、名前も覚えていない有様だ。だが、目の前の仲間は彼の名前を覚えていたらしい。
 まぁ、本好きということで上司の気も引いているようなので、不思議は無いだろう。
「フィリタス、見たか?」
「いや、まだだ」
 やっぱり……と、目の前の天使は顔を曇らせる。
 逆にフィリタスはその美貌と無邪気な懐っこさで、生まれた時から仲間内に人気があった。ティオリアが天界に戻ると、先に戻っていた彼が仲間達に囲まれている……ということも珍しくない程度に。そういう時でも、自分の姿を見つけると真っ先に駆けてきてくれる姿に、優越感にも似た愛しさを覚えるのだが。
「あのさ……フィリタスが天界に戻ってきてないって噂、聞いたか?」
「……何?」
「あくまで噂だ。でも、50年経ってるのに、誰も姿を見てないって仲間内で噂になっててさ」
 50年。自分が別れてからずっと、誰も見ていないということになる。いや、別れてからということは、60年程か。
 フィリタスが自ら堕天などと言うことは考えられないが、何かあったと考えて間違いないだろう。
「…………噂、なんだな」
「おい、ティオリア?」
 バサリ、と大きく翼を広げたティオリアに、仲間が焦って声をかける。
「確認してくる」
「確認って……」
「上に決まってるだろう?」
 役目は神の言葉で直接与えられるが、勿論彼らを取りまとめる上位の天使も、部下達がどんな役目を与えられているのか把握しているはずだ。
 そんなことも解らないのか。と冷めた目で仲間を見やると、彼は翼を一度だけ大きく羽ばたかせて、一気に上層部まで飛翔した。



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