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役目を終えて、仕事場である処刑場を出た時、不意に手をつかまれた。
見下ろせば、不安げな色を隠しきれない、縋るような一人の天使の顔。
自分の右腕とも呼べる、有能な直属の部下だ。
「アロマ?」
「少し、お休みになってください」
名を呼べば、彼にしては珍しい、お願い……というよりはやや強い口調でそう返された。
そんな彼に、ユーデクスはふわりと左右異なる色の瞳を細めて微笑みを見せる。
「大丈夫だよ。ちゃんと休息は取っている」
人間にとっては仮眠と呼ばれる類ではあるが、それでも休息は休息だ。取らないよりはずっといい。
だが、悲痛な顔で、アロマは首を左右に振った。
「いけません。
幸い、大きなお役目の話はありませんし、私でも代わりが勤まるようなものばかりです。
お願いですから、きちんとお眠りになってください」
「大丈夫だよ」
言葉を連ねる部下に、ユーデクスは変わらない笑みで繰り返す。
眠ってしまっては、夢が見られないではないか。
辿りえなかった、幸せな時間の続き。
たとえ瞼を開いた瞬間霧散するのだとしても、夢を見ている間は確かに、あの愛しさの溢れる優しい時間を、【彼】と共有できるのだ。
彼は儚い夢に想いを馳せながら続ける。
「【彼】が戻ってくるまで、消えたりしない。ちゃんと、待っていないとね」
穏やかな微笑み。
だが、その視線はどこか虚ろで、此処ではない何処かを見ているようで……目の前に居るのに雲を掴んでいるような、そんな曖昧で不安定な気持ちを抱かせる。
「……ユーデクス、様……」
言葉を詰まらせたアロマは、しかし自分の言葉が通じないと分かると思考を切り替え、ユーデクスを真っ直ぐに見かえした。
「分かりました。ならば、せめてお役目をお控えください。
私の分のお役目までとられてしまっては、私の存在意義が危うくなります」
最後は冗談交じりの苦笑に変わる部下の表情に、ユーデクスは一瞬驚いたように瞠目し、直ぐに頬をほころばせた。
確かに、最近下層に下りることも、自室で水鏡を見ることもしなくなったため、手持ち無沙汰で部下の役目を手伝う……奪ってしまうことも少なくなかった。
「それはすまなかったね。することが無いと、つい手を出してしまう」
「下層に降りてみてはいかがですか? 気分転換になると思いますが」
「下層、か……」
春の丘、夏の森、秋の湖、冬の高原。地上の季節を模した、美しい世界。
仮眠を取るには丁度良いかもしれない。
だが、どれも足を運ぶには気が進まない。
あまりにもそれらの景色に付随する記憶が優しすぎて、恋しすぎて。
現実を見てしまうのが、恐ろしい。
しかし、己を心配してくれる部下を、これ以上不安にさせるわけにはいかない。
ユーデクスはうっすらと霞掛かる思考でそう考えると、部下を安心させようと微笑を深めた。
「ならば、少しお願いしようか」
「はい」
ややホッとしたように頷くアロマに背を向け、ユーデクスは翼を広げたのだった。
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