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そうしてユーデクスは、気がついたら冬の高原に降り立っていた。
白銀の景色が……その色が、恋しかったのかもしれない。
人気のない場所で、三枚ある翼のうち一枚を隠し、力を抑えて下層の気配に溶け込んだ。
見つからないように。【彼】との時間を邪魔されないように。
「…………」
ユーデクスは、自分の前に立つ一人の天使に、花開くように柔らかで幸せそうな微笑を向ける。
雪の結晶のような、純白の美しい天使。
眩い程白い、滑らかな肌。鳥の羽のように柔らかな髪。瞼を彩る長い睫。すらりと長い指の先には形の良い爪。背に広がった四枚の翼を構成する、羽根の一枚一枚。
ありとあらゆる細部にわたって、本物のような質感が作りこまれた、美しい雪像。
そして、優しく微笑むその表情は、記憶にあるものと相違なくて。
「…………」
白い天使が、微笑みを浮かべたまま、無言でゆっくりと腕を上げる。
立ちすくむ黒髪の天使に向けて手を差し出し、動きを止めた。
「……っ……」
ユーデクスは、微笑を歪ませ息を呑む。
分かっている……分かっているのだ。
これは、雪。
雪で出来た像。
動くのは、自分で力を込めたから。
自分が望むように動かしているだけの、ただの人形。
その中に、魂など存在しない。
存在するはずが、ないのだ。
なのに、その微笑が暖かくて。
あの幸せで優しい時間が、未だ自分たちの周りを包んでいるような錯覚を覚えて。
まるであの【処刑】が嘘のように思えてきて。
ユーデクスは、泣き笑いのような表情を浮かべ、白い手に自分の手を重ねる。
体温の存在しない手。
「冷たい、ね」
記憶にある【彼】も、ほんの少し、自分より冷たい手をしていた。
だが、自分に触れるその手はいつも優しさに溢れていて、心に暖かな温もりを与えてくれた。
「…………」
ふらりと、目の前の天使に引き寄せられるように、ユーデクスの体が傾ぐ。
白い腕の中に倒れこみ、求める本能のままに、その背に腕を回した。
「……ぁ……っ」
瞬間、崩れていく友。
脆い粉雪で出来た像は、身を預けることも、抱きしめることも許してはくれない。
伸ばした手をすり抜けるように、光の粒子となって風に溶け消えていく。
最期の時と同じ、静かな微笑を残して。
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