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「ユーデクス……眠ってるの?」
 聞きなれた変声期前の少年の声が、浅い眠りを邪魔する。
 緩やかに意識を浮上させたユーデクスは、物憂げに瞼を開いて視線だけを声の方へ向けた。
 最初に目に飛び込んだのは、裾の長い緩やかな白い衣装。その向こうにチラチラと揺れている、薄桃色のフサフサした尾。
 視線を上げると、心配そうな色を隠せない翡翠色の瞳とぶつかる。
 薄桃色の髪と翼、少し色の濃い肌という、桜を思わせる配色の中、その鮮やかな緑の瞳は目を惹いた。
「……レイシオ……」
 突然の訪問者を認識すると、ユーデクスはゆっくりと怠惰な動きで体を起こした。
 はらはらと落ちる白い粉雪が、黒い髪に映える。光に反射して煌くそれを纏って、彼は半ば反射的に微笑みを作った。
「何か用かい?」
「少し、話をしたいなって」
 そう言って、レイシオと呼ばれた天使は桜色の髪を揺らして微笑んだ。
 その表情は、いつもの明るい物と違い、どこか翳りを帯びた気遣うような色が滲んでいる。
 獣人を思わせる少年の姿をした、四枚の翼を持つ智天使。
 外見年齢は自分よりも幼いが、実年齢は彼の方が上だ。
 そして、ユーデクスが、その半身と共に創られた時から、兄のように優しく見守ってくれている。
「ッ!」
 突然伸びてきた、華奢な手。
 それが目元触れようとしているのを認識し、ユーデクスは無意識に手で跳ね除ける。
 珍しく感情的な、激しい拒絶。
 レイシオは少し驚いた顔を見せ、直ぐに苦笑を零した。
「大丈夫。何もしないよ」
「……すまない……」
 慰めようとしてくれたのだということは、分かる。
 それでも、【傷】に触れられるのは嫌なのだ。
「それは消さないの?」
 レイシオの指摘に、ユーデクスは目元に大きく走る裂傷の痕に指先を寄せ、静かに瞼を伏せる。
 人間ならば一生残るであろうそれも、智天使であれば一瞬で消してしまえる。
 それでも、ユーデクスは敢えてその傷を残していた。

「これは、絆、だから」

 最期に交わした刃の痕。
 唯一自分に残された、【彼】が存在した証。
 自分と【彼】の、たった一つ残された、目に見える……触れられる、絆。

「僕はね、少し後悔してるんだ」
 小さな傷に縋る弟を、レイシオは痛ましげに見る。 
 そして、懺悔のように呟いた。
「……君に、役目を譲ったことを」



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