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「ひよっこではありません! 能天使の位を預かる身です!」
「能天使! こんなひよっこが能天使だって!? おいおい、天界も随分人手不足なんだな」
 大げさなほどの驚きの声。だがその中にはあからさまな嘲笑が含まれていて、当然馬鹿にされたと解る天使は怒りに肩を震わせる。
 何より、元々天使は……特に能天使クラスの者は、悪魔を天敵とみなして毛嫌いする傾向があるのだ。
「大体、能天使ってのは悪魔を滅するのが仕事だろ? なんで司祭サマと一緒に居るんだ?」
「あぁ、それはね、この二人が僕達と同じように、深い愛で結ばれているからだよ、プラリネ」
 いつの間に近づいたのか。椅子から立ち上がり、悪魔の腕を取り引き寄せて耳元で愛を囁く司教。
 ぞわわわわっと端から見てもわかるぐらいの震えと鳥肌を立てて、悪魔はその手を振り払い飛び上がった。
「あ、愛とかやめろ! 虫唾が走る!!」
「ふふ、照れちゃって、可愛いね」
「おい司祭! あれを何とかしろ!」
 夫婦漫才を繰り広げる司教と悪魔。天使はといえば、悪魔の言葉に聞き捨てなら無いものがあったようで。
「気安くジュレクティオに声を掛けないで下さい! 悪魔とは違って、彼は清く美しい存在なのです!」
 とか何とか叫んでいる。
「はっ!清く美しいね……まぁ、確かに魂は美味そうだけどな」
「僕の魂だったら、いつだって君にプレゼントするよ」
「だぁぁ!腕を掴むな!」
「う、うまそう……!? ジュレクティオ!下調べなど必要ありません!! こんな悪魔に穢される前に、今すぐ滅する手筈を整えましょう!」
 騒がしい執務室。常人には司教が誰かに何か囁いている……この場合は司祭になるのだろうが……ようにしか聞こえないだろうが。
 常人には見えない存在の姿も、声も聞こえるジュレクティオには騒々しくて仕方が無い。
「落ち着け、フィリタス」
 とりあえず一番長い付き合いの天使に静止の声を掛けてみたものの、すっかり頭に血が上った天使に届くことはなく。
「手筈だってよ!イチイチ神様のお伺いを立てないと動けないとは、能天使サマも大変だな!」
 悪魔に煽られて。
「いいでしょう、そこまでいうなら、今すぐ此処で貴方を滅して差し上げます!」
 天使が胸の前で手をかざし、攻撃術を組み出した。
 生まれた黄金の光の玉が、彼の手の中で徐々に大きさを増していく。
「ばかっ……やめろ!フィリタス!」
 静止の声を上げながら、ジュレクティオは咄嗟に懐の聖書を取り出し、僅かな時間で限界まで聖なる力を込める。そして、悪魔の傍らに立つ司教に向けてそれを放り投げた。
「コーティ!」
「はーい」
 阿吽の呼吸とでも言おうか。司教はそれをキャッチすると、足りない力を補うように力を練りながら、悪魔と天使の間に立ち、聖書を掲げる。
「フィー、やめろ!」
「滅せよ!」
 静止を振り払うように突き出される天使の手。
 放たれる太く長い光の槍。
 それは掲げられた聖書に触れると霧散し、砕けて周囲に飛び散った。
 室内に荒れる突風。舞い上がる無数の書類。それらを光の破片が貫いていく。
 ヒューっと吹かれる悪魔の口笛は、何に対する賛辞か。
 一呼吸置いてジュレクティオは、足元に飛んできた書類を拾い上げる。真ん中に空いた大きな穴。彼はさっと目を通すと震える手で、その書類をぐしゃりと握り潰した。
 穴の開いてしまったそれが、もはや使い物にならないのは明らかで。見渡せば、同じように無様な姿となった書類が、部屋中……歩く場所も無いほどに埋め尽くされている。
 ゆらりと周囲を見回す青い目は、完全に据わっていた。
「じゅ、ジュレクティオ……」
 力を放ったからだろう。我に返った天使は、ゾッと背筋を凍らせつつ司祭から少し距離を取って、それでも心配げに声をかける。
 声に反応するように、ひたり、と冷たい目で見据えられ、天使は恐怖に背をしゃんと伸ばした。
「フィー。……言いたい事は、わかるな?」
「す、すみません……つい、カッとなってしまって……」
 叱られ己の非を認めて項垂れる天使に、悪魔が嗤う。
「ははっ!天使が人間に怒られてるぜっ」
「なっ!元はといえば、貴様が私を挑発するから……っ」
 聞き捨てならぬと食って掛かった天使の言葉は、最後までいえなかった。
 なぜなら。
「フィー」
「はいっ!ごめんなさいっ!」
 絶対零度の低い声が突き刺さるから。
「お前はもう帰れ」
「……ジュレクティオ……!」
「帰れ」
「……はい」
 低い声で命令され、それ以上言葉を重ねることも出来ずに、すごすごと天使はその場から姿を消す。
 一度天界に戻ってしまえば、能天使といえども易々と地上に降りることはできない。魂が繋がったジュレクティオが呼ばない限り。
 尤も、執務室の様子は、天界からもしっかり視ることが出来るのだが。



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