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流石に、ヤバイ。
キアランは、背筋に冷たいものを感じながら、己の力不足を認めざるを得なかった。
いつものように、売り言葉に買い言葉で飛ばされた先は、最近巷を騒がせている諸悪の根源。予想外に強大な悪魔を前に、いつもとは違う気迫に圧倒されて、言葉さえ紡げずに居た。
「クソッ」
ようよう吐いた悪態ですら、小さく震えていて、情けない。
こんなところで終わるのか。
こんな、何もできないまま、あの人に追いつけないまま終わってしまうのか。
「つまらんな」
悪魔は震える人間を嘲笑い、そう吐き捨てて静かに手の平を翳す。
そこに凝縮される禍々しい力を前に、若い祓魔師は、なす術も無く、ただぎゅっと目を瞑った。
「終りだ」
声がした直後、ザッと耳を掠める突風。
だが、それ以上の大きな衝撃が続く様子はない。
不思議に思ってキアランがは目を開ける。
視界に飛び込んだのは、黒く美しい毛並みを持つ一匹の大きな狼の姿。それは、悪魔と自分を隔てるように立っていた。
「新手……なんだ、悪魔か? 邪魔だてをするな」
予想外だったのだろう。苛立つように、大悪魔が狼に凄んだ。
しかし、狼はそれを無造作に受け流し、変わりにチラリとキアランを一瞥する。
橙金と青銀のオッドアイ。
見憶えのある……忘れもしない、あの『悪魔』の色。
それを証明するように、狼は一度黒い炎に包まれると、一瞬でその姿を見知った男の姿へと変えた。
「お前、は……リコリス……!」
掠れた声で叫ぶ青年に、黒い男は場違いなほど穏やかな微笑みを返した。
「良い姿だね。少しは身に沁みたかな?」
「何しに、きやがった……!」
警戒心丸出しの若い祓魔師に、男は笑みを崩さず返す。
「君を、助けに来たんだよ。
あぁ、だが勘違いをしないように。これは、契約だ。
私と、君を大切に思う人間との、ね」
「な、に……」
言葉の意味がうまく理解できず、キアランは呆然と男を見上げる。
しかし、彼はそれ以上会話を続けず、今度は大悪魔の方に目を向けた。
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