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「……ユーデクス?」
 手を伸ばして触れると、想像より冷えている柔らかい髪。闇を湛えた自分とは違う、光に満ちた髪。その滑らかな絹糸を梳くように、男は後頭部へと手を回し添える。
 訝しげに此方を覗く月色の瞳に、黒い影がさす。近づくほどハッキリと見える瞳の中。そこに映る男の顔は、無防備な獲物を前に、嗤っているようで。
 彼は、獲物を逃がさないよう、素早く引き寄せて唇を塞いだ。
「……んんっ!?……んっ、は……ぅっ、んぅ……!」
 男は抵抗する青年の体を抑え込み、差し込んだ舌で思うままその口腔を嬲る。唾液の一滴、僅かな吐息さえ逃さぬよう、激しく貪るように。
 同時に、青年の内にある聖なる力を引きずり出し、屠った。
 甘い。
 なんという甘美な露。
 飢えて乾いた体に、力が染み渡る。
 力に満ちていく男と相反するように、徐々に青年の抵抗が弱くなってきた。力を吸われているのだ。当然といえば当然だろう。
 己の体すら支えることもできず、青年が男の胸に縋るように倒れこむ。
 そうして漸く男は、贄の唇を解放した。
 名残惜しげに引く透明な糸が、闇夜の僅かな光を反射する。
「……どうし、たん、だ……ユーデクス……?」
 潤んだ瞳を隠すことも出来ず、絶え絶えの呼吸で、吐息のように問うてくる青年。憐れな子羊に、男は哂いを返す。
 足りぬ力を補っているだけ。いわば食事と同じ。獲物を屠るのに、理由を考える獣がいるだろうか。
「まだ……足りナイ」
 男は青年の体を床に乱暴に押し倒し、抵抗しようとする両腕を難なく頭上で一まとめに押さえつける。
「……やめ、っ……ユーデクス!……んっ」
 懇願するような静止を無視し、覆いかぶさるように組み敷いて、再び唇を塞いだ。
 更に力を奪われ、徐々に抵抗を弱め、弛緩していく体。
 男の長い黒髪が、肩から落ちてパサリと床を打つ。まるで外界から彼らの行為を隠す簾のように、二人の顔に影を落として。
「……、ふ……ぁ……んむっ……ぅ……」
 部屋に響くのは、濡れた艶やかな音と、苦しげに喘ぐ声。

 素晴らしく体に馴染む、心地よい力。
 真白き光。聖なる力。
 覚えがある。この存在。
 脳裏をよぎるのは、その姿を見るだけで……傍らに立つだけで満たされた、あの白い天使。
 初めて見た瞬間から……否、神に創造された瞬間から『私』の世界を構成していた、愛しい『友』。
 あぁ、彼は……彼、は……?

「神ノ、救……い?」

 一見穏やかな笑顔。だがその中で、彼は確かに私を嘲笑う。
 貴方は、大切なものを、その手で壊してしまうつもりかい、ユーデクス?

「……アイ、ゼイ、ヤ……」
 この手、で?
 繋がっていた唇を離し、体を僅かに浮かす。
 組み敷いた腕の中、ぐったりと横たわる存在を認識した瞬間、『ユーデクス』は青ざめた。
「ホーリィ!」
 涙で滲んだ虚ろな瞳。目の前に居るのに殆ど感じられない存在感が、彼の衰弱具合を物語っていて。
 まるで録画した映像のように近くて遠い記憶を辿れば、確かに彼の力を奪ったのは自分自身。
 あ、ぁ……私は……私は何てことを……!



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