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消滅したいわけでは、ない。
そもそも、天使に自ら消滅を選ぶ権利などない。
何より、私が消えれば、ホーリィは悲しむだろう。
あの笑顔が曇る所を、見たくは無い。
どうせなら、もっと明るい表情が見たい。
「……くっ、……」
今滅したばかりの魔物の骸を傍らに、負ったばかりの傷を止血する。
見上げた夜空に浮かぶ月は、漸く闇を抜け、光を取り戻しつつある段階。
聖なる力がいつものように降り注ぐまでには、まだ時間がかかる。
できる限り力を温存するため、傷の完全治癒はしない……できない。
天界の決まりのせいで実体化を解く事も出来ず、ユーデクスは独り、ビルの屋上に立ち寄り翼を休める。
「……まだ、休んでいるだろうね、彼は」
細い月の光に眼を細め、思い浮かべるは愛しい友。脳裏にその笑顔を思い浮かべるだけで、自然と頬が緩む。
あぁ、笑顔が見たい。会いたい。せめて、寝顔だけでも見られたら。
オ イ シ ソ ウ ダ ナ
「…………」
胸の内の獣に、ユーデクスは笑みを深くする。それは、穏やかな微笑みというには、あまりに自嘲の色が濃い。
やはり、会いに行くのは無理そうだ。今会えば、理性を失い、今度こそ完全に彼を喰らい尽くすだろう。
そうなれば……私は……きっと……。
あぁ、休んでいる暇もないようだ。
直ぐに与えられる役目に、神も天使使いが荒いと苦笑いを浮かべながら、彼は身を起こす。だが、その胸中を占めているのは安堵。
役目を果たしている間は、余計な感情に身を焦がすこともない。今は、何も考えずただ刃を振るっていたかった。
翼を広げれば、もう智天使の顔に笑みはない。
冷酷な神の断罪者が、波打つ黒い髪と、深紅に染まった御衣を翻し、真っ白な翼を羽ばたかせて夜空へと舞い上がる。そうして、対峙した魔物を太陽の瞳と月の瞳で射抜き、魅せられた魔物に容赦なく刃を振り下ろす。
その様子は、さながら天使を偽る死神のように見えた。
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