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 契約が無ければ、簡単に相手を裏切るし、売ることもする。
 とはいえ、コレも長年囲ってきた配下だ。くだらない天使相手であれば、手を貸してもいいと地上へ来た。
 だが、この目の前の天使が相手ならば別だ。
「私は、君が気に入ったんだ」
 それが、一番の理由だよ。
 笑うリコリスの真意を測りかねるように、天使は暫く真剣な眼差しで凝視する。
 その視線を正面から受け止め、上級悪魔は思い出したように声を上げた。
「あぁ、そうだ。どうせなら、等価交換をしようか」
「等価交換?」
「そう。私は君がコレを滅する邪魔をしない。代わりに、君は私の要求を一つ呑んでくれればいい」
「それはできない。天使が悪魔と契約するのは禁忌だ」
 間違いなく、翼を落とされ、天界を追放される。
 だが、リコリスは穏やかな微笑を見せながら、首を左右に振った。
「契約ではないよ。ただの、等価交換だ。約束だと思えばいい。破るつもりの無い、約束だ」
「……お前が約束を守ると信じるに足る証拠は?」
「ないよ。君が信じるか否か、だ」
 天使はそれを聞いて黙り込む。
 リコリスの目をその穢れない眼差しで真っ直ぐに見て、その向こうにある真実を図ろうとするかのように思考を巡らせている。
 あぁ、何て眩しいのだろう。
 リコリスは焼かれそうなほど眩しい無垢なる輝きに耐えながら、視線を逸らさず真っ直ぐに見返していた。
 どれくらい、そうしていただろう。
「要求次第だ」
 天使は、搾り出すような声で言った。
 とりあえずは、信じる気になったらしい。
「此方の要求は、簡単だよ。君の名前を教えてもらいたい」
「名前?」
「そう。名前」
 天使は悪魔と違い、別称を持たない。あるのは、神から与えられた真名のみ。
 だが、天使の真名は、悪魔のそれとは違い、力を込めて呼ばれたところで、拘束力も何も持たない。それどころか、神によって与えられたその名によって、加護を受け、守られているのだ。
 故に、悪魔が名前を知りたがる理由が分からない。
「そんなものを知ってどうする」
「知りたいだけだよ。ただの好奇心だ。
 ……さぁ、此方の要求は告げた。後は君次第だよ」
「…………」
 再び降りる沈黙。だが、今回は短かった。
 直ぐに溜息が零され、呆れたような眼差しがリコリスを映す。
「ホーリィだ」
「ホーリィ……いい名前だね」
 聖なるもの。神聖なるもの。
 植物の【柊】もその名で呼ばれていた筈だ。



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