= 2 =
「珍しい所にいるね、ユーデクス」
一面の白い銀世界に、バサリと羽音を響かせて、真っ白な天使が降りてくる。翼や衣服だけではない。髪も、その瞳も白色を基調としていて、一見すると雪の化身のように美しい。
「……アイゼイヤ……」
ユーデクスは正面に舞い降りる天使に気付くと、その顔に笑みを刷いた。
ふんわりと、花が綻ぶように、穏やかな幸せを見つけて湧き上がる喜びのままに。
現れた天使の背中の翼は自分と同じ二対……所謂智天使と呼ばれる上級天使。下層には下級天使が多いので、智天使二人が肩を並べる様子は目を引くだろう。まして、白い天使と黒い髪の天使という、対照的な二人ならば尚更。
だが、ユーデクスはそんなことを気にした風もなく、木の幹に凭れさせていた背を浮かせ、座ったまま傍らの白い雪を少し掬い、目の前の天使に見せるように掲げた。
「君と、同じ色だ」
にこにこと笑って、そう評する。
冷たくはない。実体化していない天使の感覚は鈍いのだ。このような雪だけの銀世界に居ても、寒さは殆ど感じない。
地上に降りたこともない天使なら尚更だろう。寒いという感覚さえわからないのだから。
言われた側は、少し驚いたように目を見開いた後、温和な笑みを見せた。その笑顔は、ユーデクスのような純粋無垢……というよりは、様々な感情を持つ者特有の、優雅で思慮深い印象を持たせる物。
「ふふ。確かに、白い」
笑みと一緒に得られた言葉に満足して、ユーデクスが雪を乗せた手を傾ければ、さらさらと粉雪が風に乗って舞い上がった。それは空からの眩しい光に照らされ、キラキラと煌いて見えて。
光の帯を楽しそうに見送るユーデクスに、白い天使……アイゼイヤは、微笑んだまま問いかける。
「ユーデクス。貴方は、雪がどうやって地上に生まれるか、知っているかい?」
「……? 雪は、大気中の微粒子を核としてできた氷の結晶が成長したもの、だろう?」
問われた側は、左右異なる色の澄んだ瞳を不思議そうに瞬かせながら、頭の中に浮かぶ知識を、そのまま言葉にする。
完全に理解しているわけではない。こういうものだ、という知識が脳内に存在しているだけ。
それでも、神から得た知識に間違いはないので、回答としては間違っていない……筈だった。
「その通りだよ。だが、天界と違い、地上では雪は突如現れるものではないし、永久でもない」
「?」
友の言いたい事が理解できず、黒髪の天使はただただ首をかしげる。
そんな天使を楽しそうに見やり、白い天使は上を……眩い光の存在する上を指差した。
「空から、降ってくるのだよ」
笑うアイゼイヤに、ユーデクスは益々首をかしげる。
『降る』という事象が、良くわからないのだ。
「……ふって、くる?」
「白い結晶が、黒い雲の隙間から地上へと落ちてくる。なかなかに綺麗な光景だ」
「綺麗、なのか」
ユーデクスの目が、言葉に反応して興味に輝いた。
綺麗なものは、好きだ。
甘い香りのする、様々な色に溢れた春の丘。
青々しい生命力に溢れた夏の森。
赤や黄色に彩られた湖畔に囲まれる中、キラキラと輝く秋の湖の水面。
この一面白い冬の高原も、時折キラキラ雪の粒子が光り、湖面とは違った美しさがある。
でも、一番好きなのは、穏やかに微笑む目の前の友の姿。彼の存在。
綺麗な、綺麗な……白い、天使。
「……見てみたい」
雪に彩られる友の姿は、さぞ美しいだろう。
見たことも無い『降る雪』を想像し、ユーデクスは微笑む。
「ふふ。貴方なら、そう答えると思ったよ、ユーデクス。天使の生は長い。貴方も、いずれ見ることが叶うかもしれない」
優しく笑う友に、ユーデクスは微笑みを返して頷く。
自分に与えられているのは、天界を出ることなど想像もつかない役目だけれども。
いつか、いつか叶うならば。
「その時は、君も一緒に見られるといい。アイゼイヤ」
<< back || Story || next >>