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「とりあえず、まずはその冷えた体を温めよう」
 自室にホーリィを連れ込んだユーデクスは、真っ直ぐに浴室へ向かい、浴槽に張ってあった真新しい湯を沸かしなおす。
 その準備のよさに呆然とするホーリィに穏やかな笑みで脱衣を促し、ユーデクスは脱衣場から姿を消した。
 浴室を借りるのは初めてではない彼は、大人しく服を脱ぎ落とすと、浴室に足を踏み入れる。エアコンで暖められた空気にホッと安堵の息が零れ、肩の力が抜ける。
 体を洗っていると、再び脱衣場にユーデクスが戻ってきた。
 がさごそと衣擦れの音がして、突然浴室の扉が開く。
「……ユーデクス!?」
 泡を洗い流す湯を掛けていた、ホーリィの手が止まる。
 湯を借りたことは何度かあるが、こうして入浴中に入って来たことは一度もない……というより、風呂を共にしたことは一度も、ない。
 目を丸くする彼に、全裸の乱入者は悪びれもせずにっこりと微笑んだ。
「背中を流してあげようかと思ったのだけれど……もう洗い終わったみたいだね」
「あ、あぁ、すまない」
「ふふ、謝らなくてもいいよ。変わりに髪を洗ってあげよう」
「え、えぇ!?」
 抵抗する間も拒否する間も与えず、シャワーヘッドを手にしたユーデクスは湯の温度を確かめて満足げに頷く。
「ほら、目を閉じて」
 淡い金色の髪を軽く濡らし、手際よくシャンプーを泡立てた手が優しく頭に触れる。
 ぎゅっと目を瞑るホーリィに笑みを零しながら、ユーデクスはマッサージのような絶妙なタッチで頭皮を洗っていく。
「流すよ」
 暫くして、宣言と同時に当てられる、暖かいシャワー。
 泡を綺麗に落とすと、今度はリンスだと言って髪にぬるりとした液を塗られる。馴染ませるように、じっくりと。
 髪の一本一本を優しく撫でられているような、そんな気さえするほどの丁寧さで。
「……こんなものかな。流すからね」
 そう言って、再び当てられるシャワーにホッと息を吐く。
 しっかりと洗い流されて、さっぱりした気分で、ホーリィは渡されたタオルで顔を拭いた。
「たまには、髪を洗うのもいいものだろう?」
「……確かに」
 天使は基本的に入浴を必要としない。体に付着した汚れは弾いて清めることが出来るからだ。
 ホーリィも、ユーデクスが地上に降りてくるまではそうして穢れを落としていた。
 入浴に穢れを落とす以外の効果……癒しの効果があると知ったのは、ここ百年ほどの最近の話。ユーデクスに教えられてから。
「さて、次はちゃんと温まって……風邪を引かないように」
「その前に、私も貴方の髪を洗おう」
「それは嬉しいね。でも、私の髪は中々手強いよ?」
 仕返しのつもりが逆に笑われ、ややムッとして、ホーリィはシャワーを手にする。
 先ほどの手本を参考に、長く豊かな黒髪にお湯を当てて、軽く濡らす。
 シャンプーを手に取り泡立て、黒髪に指を通した。
 泡立ちが決して悪いわけではないが、長い黒髪全体を洗うのは確かに骨が折れる。さっきしてもらったように、頭皮をマッサージしようにも、長い髪を上にまとめてしまっては、中々指が頭皮まで届かない。
「うぅぅ」
 思わず唸るホーリィに、ユーデクスは笑い声を上げた。
「無理しなくても大丈夫だよ。後で弾くからね」
「……なら、なんで私の髪を洗ったんだ」
 しかも、あれほど丁寧に。
 友のもっともな疑問に、ユーデクスは平然と返す。
「勿論、君に触れる口実だよ」
「………………」
 開いた口がふさがらない。
 やがて返された言葉を理解するに従って、ホーリィの顔がどんどん赤らんでいく。
 このままでは、湯に浸かる前に逆上せてしまいそうだ。
「も、もう流すからっ!」
 これ以上恥ずかしい言葉を放たれては敵わないと、ホーリィは暖かい湯を黒髪に当てる。
 とりあえず悪戦苦闘しつつもリンスまできちんと施した後、彼は一足先に湯船に浸かった。
 暖かい湯の中で気持ち良さそうに頬を緩めるその様子を愛しげに眺めながら、ユーデクスは己も体を洗い、決して広いとは言えない湯船に潜り込む。
「せまい」
「こうすれば、二人とも入れるだろう?」
 言いながら、ユーデクスは当然のようにホーリィの体を背後から抱きこみ、膝に座らせるように湯に浸かる。所謂、膝抱っこ状態だ。
「……どう考えても、おかしい」
 解せぬ……そんな顔をするホーリィに笑みを零しつつもしっかりと腕は放さぬまま、ユーデクスは湯に体を沈めて目を伏せる。
 それは湯の温かさを堪能するというよりも、体に圧し掛かる重みに、存在に酔いしれているといった方が正しいだろう。
 それを感じ取ったホーリィはそれ以上抗議することなく、大人しく膝に収まって湯を堪能することに専念したのだった。



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