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風呂から上がると、ユーデクスはホーリィに真新しい下着と予備のバスローブを貸し、ドライヤー片手に暖房の効いたリビングへと向かう。
「どうしたのかな? ホーリィ」
足の重い友を振り返れば、彼は複雑な……やや不機嫌な表情でバスローブの袖を見ている。
その手は、半分ほど隠れていて……本人には不本意だろうが、とても愛らしく感じてしまう。
その上。
「……わかってはいた……わかってはいたんだ……」
現実を理解していても納得いかないのだろう。ブツブツと呟く彼に、ユーデクスはとうとう堪えきれずに噴出した。
まったく、本当に素敵な友だ。
「大丈夫だよ。君はまだ成長途中だ。階級が上がる頃には、もう少し、背が伸びているのではないかな」
「……本当に?」
「勿論」
ただし、どれほど伸びるかは、神のみぞ知る、だ。
そういえば、アイゼイヤは私と殆ど変わらない身長だったが……並ぶと若干自分の方が高いと部下が言っていたのを思い出す。
目の前のこの愛らしい天使が、彼と同じほどの身長になるとは限らないが、それでももう少し、今よりは伸びることだろう。
身長の話だけでなく、その心も含めた彼の成長を想像するだけで心が弾む。とても楽しみだ。胸中で呟きながら、ユーデクスは笑顔でホーリィを手招いた。
「おいで。髪を乾かそう」
ドライヤーを準備し、ソファに座らせる。
熱風で美しい髪が痛まないよう距離を調節しながら、丁寧に乾かし手櫛を通す。
勿論、術で水分を弾くことなど造作もないが、それでは面白くない。出来るだけ、この照れ屋な友に触れる口実を作りたい智天使は、殊更執拗に、時間をかけて世話を焼いた。
少しでも、自分の傍らで寛いで貰える様に。笑顔を、見せてもらえるように、と。
「熱くないかい?」
「問題ない……丁度いい」
穏やかというより、やや気の抜けた返答。
不思議に思って顔を覗けば、疲れからだろう。少し瞼が落ちかけているようだ。
その安心しきった様子に、クスと笑って、ユーデクスは優しく囁いた。
「眠ければ、眠ってもいいのだよ、ホーリィ」
「いや……私も、貴方の髪を乾かしたい、から」
「弾くから大丈夫だよ」
自分でも挫折した事がある程、長い髪だ。洗う以上に、乾かすのに苦労する。
それでも、ホーリィは首を左右に小さく振って、ユーデクスの顔を振り返った。
「私ばかりしてもらうのは、嫌だ」
「ふふ。なら、お願いしようかな」
睡魔の中にあっても尚、真っ直ぐな視線が、心が眩しい。
好意をありがたく受け取り、ユーデクスはキチンと乾いた髪を確認してホーリィと位置を交替する。ユーデクスがソファーに座り、ホーリィがその背後に立つ形だ。
慣れない行為だからだろう、恐る恐るといった感じで、ドライヤーが髪に当てられる。ギクシャクしながら髪に指を通し、癖のあって絡まりやすいそれをゆっくりと慎重に解そうとする仕草が愛しくてたまらない。
「本当に長い」
「無理はしなくて良いからね。私も以前、途中で挫折したよ」
「確かに、術を使ったほうが早そうだ」
「だろう? あぁ、でも前髪なら楽だと思うよ」
特に、こちら側は。そう言ってユーデクスが指で弾くように軽く上げたのは、青銀の瞳側の前髪。目の下の古い傷痕を晒すように、その部分だけが短くなっている。
いつものように穏やかに微笑んで、何でもないように言う本人とは対照的に、ホーリィは言葉を失い、手の動きを止めてしまった。
「ホーリィ?」
「……あぁ、いや……なんでもない」
「そうかい? 余りに長くて、乾かすのに疲れてしまったかな?」
ユーデクスはそう微笑んで言うと、ホーリィの手にするドライヤーをそっと奪い、電源を落として片付けてしまう。
「まだ、完全に乾いていない……風邪を引いてしまう」
「大丈夫。こうすれば、ほら」
ふわり、と何処からともなく風が吹き、半乾きだった長い黒髪は一瞬で乾いてしまう。水分を弾く術を使ったのだ。
それを見て不機嫌な顔をするホーリィに微笑みながら、ユーデクスは促して彼をソファーに座らせた。そして、自身もその隣に腰を落ち着ける。
「さて。……アイゼイヤの事を、聞きたいのだったね」
ユーデクスは穏やかな表情で、そう口にした。
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