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「さて。私が話せるのはこれくらいかな」
照れる愛しい友の表情を満面の笑みで堪能していたユーデクスは、そう締めくくる。
そして、思いついたように手を叩いた。
それに反応して、ホーリィは逸らした視線を戻してくる。その瞳に、ユーデクスは温和で楽しげな笑みを浮かべた。
「ホーリィ、ケーキを作らないかい?」
「ケーキ? 今から?」
夜も更けたこんな時間に何を言い出すのかと、ホーリィは目を丸くしてユーデクスを凝視する。
天使は基本的に食事を必要としない。故に、尚更突然の提案が理解できずに、彼は呆けた顔を浮かべていた。
「本当は、出来上がったものを君と食べようと思っていたのだけれど……折角だし、今から一緒に作ろう」
材料はもう準備してあるから、とユーデクスは立ち上がると衣装ダンスへと足を向ける。
適当にセーターと綿ズボンを出すと手早く身に付け、脱いだローブをハンガーに掛ける。それからエプロンを用意すると更に別のタンスを漁り、薄灰色のセーターと紺色のジーンズを取り出し、3着をセットにしてホーリィに差し出した。
「そのままでは湯冷めしてしまうからね。着替えなさい」
「……ありがとう」
サイズの違いを危惧しているのだろうか。複雑な表情で服を受け取るホーリィに、どういたしまして、と笑みを残してユーデクスはキッチンへと向かう。
それを見送ったホーリィは、仕方なく衣服を身に着け始める。
「……一つ聞いてもいいかい? ユーデクス」
衣服に身を包んだホーリィは、何とも言えない表情でリビングから部屋主へ声を掛けてきた。
「うん? サイズが合わなかったかい?」
「……いや、逆だ。どうして私に合ったサイズの服が貴方の箪笥から出てくるのか、不思議でならないんだが」
「それは勿論、いつでも君を部屋に呼べるようにだよ。あぁ、その服はそのまま着て帰って構わないからね」
よくよく考えれば、風呂あがりに受け取った下着も自分のサイズのものだ。
……寝巻きや制服もしっかり用意してあるんだろうな、と半ば確信しながら、ホーリィはそれを確認するのは止めた。彼のこの用意の良さは、今に始まったことではない、と。
そして、彼はユーデクスの後を追うようにキッチンへと向かい、はた、と気付いてしまった。
「どうしてバスローブだけ、私のサイズと違ったんだ?」
「とても似合っていたよ」
「答えになってない」
「ふふ。少しサイズが大きいくらいの方が、可愛いだろう?」
「……聞いた私が馬鹿だった」
本当の事なのに、とニコニコと微笑みながら、ユーデクスは冷蔵庫から材料を取り出す。大人が二人立つのがやっとの広さのキッチンに入ってきたホーリィは、友の姿を見ると足を止め、物珍しそうにじっと眺めてきた。
「ホーリィ?」
「あぁ、すまない。エプロン姿もだけれど、貴方が髪型を変えるのは、珍しいと思って」
長い黒髪を一つに束ね、頭上で結わえる……いわばポニーテールの状態。出会って随分経つが、髪型を変えた友を見るのは初めてで、何故か軽い動悸を覚える。
「似合わないかい?」
「そんなことは無い……ただ、新鮮というか、新しい貴方を発見した気分で……楽しい、かな」
「ふふ、そうかい? 私は、こうして君と台所で並んで立てる事が楽しいよ。
……さぁ、準備ができた」
キッチンに並べられたのは、市販のスポンジケーキと生クリーム。砂糖とフルーツと、電動泡だて器を含む、いくつかの調理用具。
「スポンジから作るのは大変だからね。デコレーションだけをしよう。
早速、生クリームを泡立ててもらっていいかな? 最初はスポンジに塗るから、柔らかめにね」
「解った」
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