お花シリーズ - 紫陽花3

 真弥の言う通り、外はバケツをひっくり返したような土砂降りだった。

 でも僕は走る気力も無く、雨に打たれながらとぼとぼ歩いていた。

 夏の始まりとはいえ、雨は冷たい。傘、もって来るべきだったな。

「笠寺先生……」

 僕は、このままのんびり歩いてたら、先生が後ろから追いかけてくれるかな、なんて、ありえない事を考えていた。

 そんな自分が女々しくて嫌になる。

 だから、先生は僕を避けるのかな。

 思えば、初めて会ったときから先生はどこか僕に冷たかった気がする。

 時折笑いかけてくれたけど、でもすぐに逃げるみたいに離れてしまった。

 疑いだすときりが無くて、先生は僕が嫌いだという事実を見せ付けられるようで悲しくなる。

 雨のせいか涙のせいか判らない歪んだ視線を下に落として、僕は機械的に足を動かしていた。

「わっ!?」

 突然、肩を叩かれて僕は声を上げて跳ね上がる。

 振り返ると、必死の形相の笠寺先生が立っていた。

「馬鹿! ……傘も差さずに! 風邪を引いたらどうするんだ!!」

 荒い呼吸の合間に怒ったように叫ばれて、傘を押し付けられる。

 傘を差していた筈の先生は、凄く濡れていた。

 僕は混乱しながら、それでも押し付けられた傘を押し付け返した。

「先生こそ、傘を差してください。僕は大丈夫ですから」

「大丈夫じゃないだろうが。こんなに冷えて!」

 先生は傘の柄を掴む僕の手を上から握りこむ。

 大きな手は、少し熱いくらいで、僕との違いが明確になってドキドキする。

「まったく……とんだ大馬鹿だな」

 先生はそう言うと、僕の手を握ったまま一方の手で僕の肩を抱いた。

 先生の手の中の鞄が、硬い感触と共に僕の背を押す。

「ほら。これで二人入れる」

 ピッタリくっついて歩き始めて、僕は立ち止まる事も出来ずにそれに従う。

 雨が世界を打つ音よりも、僕の心臓が早鐘を打つ音の方が大きくて困る。

 足を止めないよう歩くことに夢中で、先生が離れて初めて自分が駅に着いたことに気付くような状態だった。


  
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