お花シリーズ - 紫陽花4
閑散とした駅で、僕と先生が並んで立っている。
先生は携帯電話で誰かと話をしていて、構内には先生の声と雨の音だけが響いている。
携帯片手に立つ先生は妙に様になっていて、テレビCMを見ているような感覚に陥って……本当にカッコイイ。
ずぶ濡れで僕を追いかけてくれた先生。僕を怒ったけど、心配してくれたようだった。
嫌われてるわけじゃないのかな。
だとしたら……嬉しい。
不審者みたいな視線を、先生と地面とを往復させてグルグル考えていると、不意に先生の視線が僕の方へ落ちてきた。
「電車が止まったらしい。近くの駅に車があるから一緒に来い」
「え? でも……」
「いいから。今から家に電話をかけて迎えに来てもらうより、この方が速いだろう?」
確かにその通りだけど、良いのかな。
けれど先生は僕の躊躇いを無視して滑り込んできた電車に乗り、僕も慌ててそれに乗る。
あまりの濡れように座席に座るのが躊躇われて、僕達は人を避けるように、車両の隅に立っていた。
止まってしまったのはいつも僕が通過する駅から家側の路線で、先生の車─実際は弟さんのものらしいけど─は、その通過する駅においてあるらしい……と先生は説明してくれた。
弟さんはよく鍵をなくすので、先生もいつもスペアキーを持っているのだそうだ。
「アイツが自転車を使わず、車で駅まで行っててくれて良かったよ」
先生はそう笑って目的の駅で降り、僕を車まで案内してくれた。
濡れるのを心配する僕に、自分もずぶ濡れだから気にするな、って笑ってくれた。
拭く物を探したけれど見つからず、先生は仕方なくエンジンをかけると、同時に暖房を掛けてくれる。
「少し暑いかもしれないが、風邪を引かないようにな」
僕はシートベルトを締めながら、暖かい心配りに無言で頷く。
目のやり場に困ってただ真っ直ぐ前を見ながら、それでもちらちら見上げる先生の横顔はとてもかっこよくて、また恥かしくなって視線を逸らすのを繰り返す。
「あ、そこを右です」
「右だな」
確認するように僕の言葉を繰り返して、先生はハンドルを動かす。それを支える長い指が僕に触ってくれたら……と想像して、一人赤くなる。
そんな事を繰り返したら、見覚えのある大通りに出た。
「あ、そこの花屋です」
「嶋津の家は花屋なのか」
「はい。 送ってくださって、ありがとうございました。
あ、ちょっと待っててください!」
礼を言って車を降りた後、僕は慌てて先生を引きとめ、店に走る。
ずぶ濡れの僕に慌てるお兄ちゃんを無視して、僕は店の奥にある処分待ちの花を数本選んでバケツから引き抜いた。
処分待ちと言っても、花が開いて長く持たないからと店先から引いた、一番綺麗な盛りのものだ。
簡易包装をして、先生の所に戻る。
「先生、これ、貰ってください。花は開いちゃってますけど……」
先生に差し出すと、先生は驚いた顔で僕を見た。
「ありがとう。
でも良いのか? 店のだろう?」
「大丈夫です」
僕が笑うと、先生は安心したように笑って受け取ってくれた。
短い挨拶と共に走り去っていく先生の車を、僕は曲がり角に消えるまでずっと見つめていた。
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