お花シリーズ - すすき10

 妙に早足で歩く……それでも俺とようやく足を並べるぐらいだが……彩について、始終無言で廊下を歩いた。

 放課後でも大分時間が過ぎた校内は、生徒も教師も廊下ですれ違うことは少ない。殆どが、部活や職員室など、引きこもってしまうからだ。

 雨の日なら、体育系の部活が筋トレをしている事もあるのだが。

 だが、誰にも会わないほうが今はいいのかもしれない。

 どう見ても普通の状況でない生徒と教師など、注目の的だろう。

 結局、中庭まで人とすれ違うことなく到着してしまった。

「ごめんね」

 何をするつもりなのか……彩は、一言呟いて、すすきを一本手に取る。

 そして、その茎をちぎろうと奮闘し始めた。しかし、非力な彩では茎を傷めるだけで、撓る茎は丈夫になり、余計に千切り難くなる。

「やろうか?」

「だめ!」

 見かねて手を貸そうとすると強く拒否されて、ショックと共に手が出せなくなる。

 そこまで突き放されてしまった事実が、受け入れられない。

 それからも、暫く彩は奮闘して……ようやく微かな音を立てて、茎を取ることが出来た。

「先生」

 呼ばれて、ハッとする。

 彩は、真剣に……俺を睨みつけるように見ていた。

「これが、僕の気持ちです」

 そう言うと、すすきの……茎の部分を俺に渡す。

 俺は意味も判らず、しかし彩から差し出されたそれを拒む事も出来ずに呆然と受け取ってしまう。

 すると、彩は驚くほど無防備で、ホッとした表情を見せた。

「僕は、先生みたいに博識じゃないから、花言葉とかわかんないけど……あの花の言葉は違うから……」

「彩?」

 俺は、信じられない気持ちで、目の前で発せられる言葉を聞く。

 彩は、『あの花言葉は違う』と言った? 『あの花の花言葉は、関係ない』のだと?

「僕は……僕は……その……先生が、すき、です」

 真っ赤になって、彩が告白する。

 俺に、向かって。

 嬉しいよりも戸惑いが先に来て、俺は眉を寄せてしまう。

「……俺は教師で、嶋津は生徒だぞ」

「でも……っ」

「周りに嘘をついても良いのか?

 嘘をつくのは悲しい事だし……大変だぞ」

 脅すような言葉を吐いて、彩の気持ちを試そうとしてしまう。

 卑怯だとは思うが……それくらい信じられなくて、同時に期待をしていた。

「…………それで、先生と恋人になれるなら、僕、頑張る」

 そして、彩は俺の期待通りの言葉をくれる。ありえない、期待通りの答え。

 これは、夢だろうか?

「彩……」

「先生は、僕の事が嫌い?」

「…………ッ」

 そんな風に、上目遣いで不安げに聞かれたら、俺の理性など簡単に崩壊してしまう。

 俺は衝動のまま、小柄で細くて腕にすっぽりと収まる体を力いっぱい抱き締めて、その感触を確かめた。

 これは、夢じゃない。感触が、教えてくれる。

「……好きだ。生徒としてではなく、一個人として……彩が好きだ。愛してる」

 これほどまで、気持ちを込めた……本気の告白などしたことが無い。

 それくらい、この存在が愛しかった。

「よかったぁ」

 強張っていた体の力が抜かれ、俺の胸に寄りかかってくる。

 それが嬉しくて、俺は彩に触れるだけの、誓いの口付けをした。



 この告白が嘘ではないことを、証明するために。

 そんな、思いを込めて。


  
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