お花シリーズ - すすき2

 僕は急く足を何とか宥めて、一つ深呼吸をしてから職員室に入った。

「しつれいしまーす」

 挨拶をしてぐるりと部屋を見回すと、案の定、笠寺先生がいた。

 僕は浮かれた気持ちで先生に近付く。

「先生、おはようございます」

「あぁ。おはよう、嶋津」

 にこにこ笑って挨拶をすると、先生もモデル張りの笑顔で挨拶を返してくれる。たったそれだけで、僕の心はもうドキドキだ。

 そして、そんな照れを誤魔化す為に……意地が悪いなぁと思いつつ、先生に指摘した。

「先生、今日電車乗り遅れましたよね?」

 すると、先生は恥かしそうに苦笑いする。

「見てたのか」

「あの電車に乗ってたんです」

「そうか……後一歩早ければ、一緒の電車だったんだな」

 その口調が残念そうで、ちょっと胸がドキンと跳ねる。

 先生も、同じ電車に乗りたいと思ってくれてたのかな?

 そうだとしたら、とてもうれしい。

「先生は、いつもあの電車なんですか?」

「いや。今日は授業の準備があって早く来たんだ。いつもはもう二本ぐらい遅い電車だよ。
 嶋津は日直か?」

「はい」

 笑顔で頷けば、偉いな、と先生が笑顔で褒めてくれる。それが嬉しくて、チョッピリ恥かしくて、僕は先生の机に視線を向けた。

 と、空の花瓶がぽつんと置かれているのが目に入る。一輪挿し……程度の、小さい花瓶。

「先生、その花瓶……」

「あぁ。花を生けたいんだが、なかなかタイミングがな。

 温室に行くと忘れてるし、気がついてもタイミング悪く暇がないしで……」

 温室とは、僕が正式所属している園芸部の部室のことだ。植物園張りの豪華な場所で、温室もあれば普通に庭園もある。

 いろんな花が咲いていて、花好きな笠寺先生は、顧問でもないのに毎日のように遊びに来ている。

 そうだっ。この花瓶に何か花を持ってきてあげよう。

 僕の家は花屋だから、綺麗な花が残っていることが間々ある。

 良く教室に持ってきたりするので、それを何本かあげたら、先生は喜んでくれるかもしれない。

 以前、花をあげた時に喜んでいたから……。

「嶋津は本当に笠寺先生と仲がいいナァ」

 突然掛けられた声にびっくりして後ろを振り返ったら、園芸部の顧問で僕の担任の木村先生が、僕達の背後を笑って通り過ぎていた。

 笠寺先生もびっくりしてる。

「お、おはようございます」

 自分の机に着いた木村先生に慌てて挨拶をすると、先生は笑って手招きした。

「嶋津、日直日誌持ってくついでに、コレも持って行ってくれ」

「わかりました」

 いつまでも笠寺先生にくっ付いているわけにはいかなくて、僕は後ろ髪引かれる思いで木村先生の所に行く。

 連絡なんかを色々聞いているうちに笠寺先生は他の先生に呼ばれてしまって、結局その日の朝はそれ以上話せずに僕は教室に戻ったのだった。


  
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